376話 世界樹と亀裂
パラパラと砕け散る結界。それは春の日差しに照らされ、儚くも綺麗だと私は思った。結界が消滅したと同時に魔物たちは一斉に飛び込んでくる。
目の色を変えて、私たちを今にでも襲おうと飛び出してくる。その姿に、村人たちは恐怖しその場に尻餅をついてしまう人もいた。
そんな中、あの男だけはあのようなことには興味なく、私たちに斧を向けてこちらを睨んでいた。魔物たちも、村長の周りには近づことはしなかった。
魔物から見ても、村長はとてつもなく異質な存在だと認知されたのだろう。それほどまでに、村長の気配に、直感で近づいてはならないと叩き込まれたようだ。
「ここでお前らを殺して、魔物を殺して、またここに住んでやる」
それほどまでにここは、異質な空間なのだと私は思った。人を変えてしまうほどの魔力。それを何日、何週間、何ヶ月、何年、何十年浴び続けていたら、そうなるのだろう。
不思議に思うこともあるが、それは今になって考えることではない。その思考を切り離し、私は目の前の男に再度目線を向ける。
「剣聖、お前のその目が気に食わない。お前は強さを持っているからそんな目ができるのだ。持ってない人間にとっては、嫉妬で狂いそうだ」
目が完全にキマっている。もう私たちの声は、男に届くことはないと瞬時に理解できる。それだけ、男にとってはここはそういう場所なのだとわかってしまう。
「ここで殺してもいいけど、それをやったら後々で面倒ですけど、どうします?」ウッドは、こちらに目線を向けて聞いてくる。
「殺さないわよ。私たちの声が届かなくても、村人たちは全員生きて捕まえる」
私の声は、いつもより力強く発せられたことに私自身、内心驚いてた。横目でチラッとウッドを見ると、満足した顔で笑っている。
「条件を飲まない限り助けることはしないって言ったこと撤回するわ。それ以前に仲間たちがすでに大暴れしてるみたいだから」
ウッドは私の言葉を確かめるために、木々の上の方に視線をやる。空を飛び交っていた魔物を勢いよく地面に叩きつけていく二人の姿がそこにはあった。
(二人とも存分に暴れなさい。その代わり、村人が死ぬことは許されないから)
(了解!!)
二人の声が同時に頭の中で聞こえてくる。そうして目線をまた戻すと、男がゆっくりと近づいて来ていた。足取りは重く、今にも倒れそうなほどだ。
頭から血を流しながらも、それでいて向かってくる根性は認めよう。それだけの強さがあるのならば、男はここで死ぬことはないだろう。
「処理は任せて、一瞬で気絶させてくるわ」
「剣聖様の剣技を近くで見られるなんて光栄です。それにしてもアレ、どう考えもここの魔力の影響が強そうですね」
男はここの魔力の影響を強く受けている。その影響で、体に異常が起こっているのは間違いない。
世界樹がこのまま何もしなければと思うが、それは世界樹の気分次第。
世界樹が魔力を一気に上昇させれば、間違いなく影響を受ける。
それは、滞在している人ほどその影響を受けるだろう。それをさせないためにも、私は男を倒さなければならない。
「剣聖の一撃、痛いだろうけど我慢してね」
木剣を取り出し、一気に間合いに入る。男は咄嗟に武器を振りかぶろうとするが、すでに遅い。
私は、渾身の一撃を腹部に叩き込んだのであった。
「――ガハッ!!」
吹き飛ばれ地面に倒れ込む男。男からは、先ほどまで感じていたプレッシャーは消え、魔物がエサと誤認をして突っ込んでくる。
「重要な人物なんだ。お前らに喰われてたまるか! 聖なる刃」
威力はフレリアと遜色がないほどに強く、一撃で絶命させていく。
「コイツらの護衛は任せてほしい! 剣聖様は、魔物の討伐をお願いします」
そう言うと、結界を展開させ籠城していった。私はすぐさま剣を切り替え、一気に魔物を討伐していく。
二人に負けないようにと、私は剣を振るう。そうして、それから十分も経たないうちに勝負は決着を迎えるのであった。
「とりあえず終わったね」私は少しばかり疲労感のある声で、二人に言った。
「数が多かったニャー、質より量って感じで大変だったニャー」
「しかも最初は、村人たちを守りながらだったから余計にだよな」
三人とも疲労感が顔からドッと滲み出ていた。それも束の間、私たちを呼ぶ声が聞こえてくる。
(我の刺客を倒せたみたいだな。じゃが、今すぐに出て行ってもらわないとまたすぐに送り込む)
(いい加減にしろよ。出ていくは決まってるんだから、少しの間ぐらい目を瞑れ!)
私は荒々しい口調で世界樹に文句を言う。それに対して帰ってきた言葉で、私と世界樹の関係には亀裂が確実に入ったのだった。
(我は充分待っておる。それをまだ少しの間、目を瞑れだと。何を考えておる? まさか、奴らをこのままここで住まわせる気はないだろうな)
(話を聞けよ。私はただ、私たちも疲労が溜まっているから休憩したいって言っただけだろ。なぜ理解ができない?)
(そう言って、お前たち人間は約束を破るではないか! 今すぐ出て行かないのであれば、より強い魔物を送るまでだ!!)
その力強い声が頭の中で響き渡る。頭がキーンと痛むが、このままだとすぐに本当に呼んでしまうだろう。
ここの違法住民には悪いが、今すぐ王都に戻った方がいい。
そう判断した私は、ウッドの所に駆け寄った、
「今すぐここから離れた方がいい。事情はこちらからも連絡しておくから、王都に行って!」
「剣聖様がそう言うのであれば」
ウッドは素直に従ってくれた。村人たちからは、私たちは恨まれるだろうが仕方ない。
ここで魔物を無駄に減らした所で何も意味を持たないのだから。
(これで良いわよね)
(あぁ問題ない。君たちは私を救ってくれた恩がある。だから、ここにいつでも来て良い権利を授けよう)
私の怒りはとっくに振り切れていた。それにすら気付かず木は、誇らしげな声で言ってみせた。
(冗談を言わなないでくれる? 面白くないから。世界樹さん、今度私を怒らせたらお前は絶命すると思え)
脳内に吐き捨てて私たちは、旅を再開させるのであった。
 




