375話 意外な人物
頭の中に何かが押し寄せてくる。それは強大な力であり、我々の力と互角に殺り合っている。頭の中で一体何が起きているのだろう。
私は、一呼吸をして状況を整理した。
(剣聖よその仲間たちよ、言葉が聞こえるか?)
声質はだいぶご年配であり、それでいて芯のある声が頭に流れ込んでくる。そうして私は、辺りを見渡して世界樹の方に目線を向けた。
(突然、驚かしてしまったかな。我は、世界樹なり。君たちに直接、話しかけている)
とてもではないが、信じがたいことではある。それでも私たちは取り敢えず話を聞くことにした。
(世界樹が一体何の様ですか? 何かを伝えたくて声を掛けてきたのですよね)
(ここを救ってほしい。ここは本来、聖域と言って立ち入れるのはほんの一握り。それが無断で彼らが暮らすようになってからというもの、我の力が弱まっている)
自分ではどうすることもできないから助けを求めているのだろうか。ただ、それは私たちも無断で立ち入っている連中と何も変わらない。
それでありながら、なぜ世界樹は話しかけてきたのだろう。頭の中で考えようとするが、意味がないと思い考えるのを止めた。
(それで私たちに何をしてほしいのですか? 追い出しなら私たちより適任がいると思いますけど)
私たちは所詮旅人であり冒険者だ。厄介ごとには巻き込まれたくないし、できれば関わりたくもない。それでも、この世界樹はそう簡単に帰してくれない。直感でそんなことを思う私がいた。
(我はここの奴等を追い出すために魔物を放った。そのまま何もせず立ち去ってはくれぬか?)
私たち三人は、恐らく同じことを思っただろう。その証拠に、横で笑っていたウッドは血相を変えて逃げていく始末。
それでも世界樹の言葉は、頭の中に入ってきた。それを拒絶すらさせてもらえないことにイラっとする。
(そこまで怒ることではないだろう? 我は実質的に言えば被害者。あいつらは勝手に住み着いた連中なんだ、木こり師とか言って、無断で木々を伐採していく不届き者だ!)
(喋るな。私は剣聖である。このダイナールにおいて管理者と共に偉い存在。不届き者でもなんでも、私は守らなければならない)
私は腰に下げていた剣を取り出し、世界樹に突き出した。そうして一度呼吸をして、目線を世界樹に向ける。
「世界樹でありながら魔物に頼るなんて言語道断。あなたからすれば長年の鬱憤ばらしになるだろうが、彼らは死ぬかもしれない。それを指を食えて見てろだって、そんなことができるわけないでしょ!」
自分でも制御できないほどに、私の気配は一気に森中に広がっていく。それに驚いたのか、鳥たちが勢いよく逃げ出していく。
それに加えて、魔物たちもまた逃げ出していく。ただ、それでも残ってる連中は、刻々と村の方へと歩みを進めていった。
(凄まじいプレッシャー。木だと言うのに我も少しばかりビビってしまった。だが一つだけ覚えておけ、彼らをここから遠ざけない限り、何度でも我は魔物を呼び寄せる)
「多分それはないと思うけどね」
私たちは転移をして元の場所に戻ってくる。目に飛び込んでくる光景は、思わずニヤけてしまうほどだ。魔物たちが、結界を壊そうと攻撃をひたすらしていた。
「丁度いいところに。剣聖様、あれらを片付けてはくれませんか? 報酬は沢山払いますから!」
村長も村人たちも私たちを見つめる目は、希望に満ち溢れている。そんな目をしていた。それを打ち砕いてしまうかもしれないが、私は条件を提示した。
「助けるのは別に構わないですけど、その代わりここから即刻出て行ってください」
私は淡々と言った。希望に満ち溢れていた目は、私たちをゴミを見るかのような目に変わる。明らかに変わる態度に、私は笑いそうになってしまう。
「どこか笑いそうになる所があったか! ふざけたことを言いよってからに」
「私たちはそれを承認しない限り、戦う気は微塵もありませんから」
私はフェクトの方に目線を送る。それに応えるかのように、フェクトは天高く飛び上がった。
右手には、尋常じゃない魔力の塊が集まっている。それを見て何かを感じ取ったのか、村長は荒々しく叫んだ。
「お前らそいつを殺せ!! このままでは村が終わるぞ!」
木々で暮らしている連中が勢いよく飛び出してくる。杖をフェクトに構え、魔弾をぶつけようとする。
「そんな攻撃遅いニャー」
ナズナは、一瞬で飛び上がっていたのだろう。勢いそのまま村人を制圧していく。
上では悲鳴が所狭しから聞こえてくる。村人たちはナズナによって倒されていった。
「悪魔が! なぜそんなことをする? お前らに私たちが何かしたか?」
「魔物を放ったのは世界樹だ。それにここは聖域と言って、力も持たず立ち寄ることすら許されない場所だ」
それで納得するなら、ここまで拗れたことにはならなかっただろう。
その証拠に、村長や周りの村人たちは武器を私に向けている始末。
「商売道具で人を殺すのか? お前たちはどこまで堕ちれば気が済むのだ」
「力を持つお前に何がわかる! 生きて帰すな!」
それは一瞬にして、終わりを迎えた。
「お前ら何やってんだ? 木こり師ウッド改め、魔法界所属魔戦のウッドがお前らを倒す。ガッハッハ」
え!? 何言ってのこの人。なぜこんな人が、ここでこんな生活しているの。
頭の中で水が沸騰するかのように、疑問がブクブクと暴れ出している。
「剣聖様。まさかあなたがここに来るとは思ってなかったですよ。イデリアの姉さんも教えてくれたらすぐにでも終わったのに」
「イデリアの姉さん? どう見てもあなたの方がだいぶ年上だよね」
「それはそうなんですけど、強さ的にな意味で言ってるで。それでも俺、魔法界では三番目の実力なんですよ」
は? なんかすごいことを聞いたような気がする。それをサラッと言ってるけど、なぜそれを今になって言うの。
そんなことを思っていると、吹き飛ばされていた村長が立ち上がる。
「お前はよそ者だったから、もっと警戒しておくんだった」
「警戒って、あんただいぶ圧力を掛けてたくせに。そろそろお話は終わりだ。一気に叩き潰す」
そうして、結界が割れたのであった。




