367話 ガードと朝食
翌朝。私が目覚めた場所は、リビングの床であった。暖かい床暖房が、どうやら眠りに誘ったようだ。
頭は、暑さでぼんやりとしており、まだ思考が上手く機能しない。
そんな中、体はバキバキになっており、身体中が痛いとその時ようやく理解する。
「今、何時?」
眠気がまだ続く目を擦り、辺りを見渡す。その周りには、仲間たちが眠っていた。
そんな中、キッチンの方から物音がした。何かを作っているような、そんな音である。
ふらつきながらも、固まった体をほぐすように立ち上がる。
そうして一歩一歩、歩みを進めていく。キッチンを見るとそこには、ガードが食材を切っていた。
真剣な表情、一定のリズムで食材を切っていく。それはまさに、料理人の顔つきである。
そんな姿に私は、その場に立ち尽くしてしまう。声を掛けるなんていう、無粋なことはできなかったのである。
それだけ、ガードは真剣で私が入り込める隙など一切ないのであった。
そんな時だった、包丁が止まる。ふと顔を上げ、こちらを見るなり驚いた様子もなく「おはようございます」とにこやかな笑顔と共に言うのである。
私はそれに釣られて朝の挨拶をする。
「アリアが最初に起きてくるなんて、少し意外だったわ」
「それは確かにそうだね。いつもならフェクトやナズナが起きてる頃だろうし」
現在二人は、フランスパンを抱きついて眠るフェクト。よだれを垂らしながら眠るナズナの姿が、床暖房の上にはあった。
「それにしてもあの子たちが起きないのは、まだまだ扱き甲斐がありそう」
まるで、おもちゃを渡された時のような笑顔を見せるガード。
その姿に、彼らには悪いがガードが楽しそうでなによりだと思う私が居た。
「反旗を起こされる前に程々にしてよ。その対処をするのは、私なんだから」
「それはないと思います。トータトン以外、私の敵ではありませんから」
「へぇーそうなんだ」
うん? 今、ガードは何を言った? 敵ではないとか言わなかった。私の中で何かが燃え上がるのを感じ取る。
「ガード」
遮られるかのように、ガードは言い放つ。
「勝負に関しては受ける気はないわよ。アリアからしてみれば、フェクトやナズナほど、強くないから」
キッパリと言われてしまい、私は口に出そうとした言葉を唾と共に飲み込んだ。
そんな話をしていても、彼女は料理を止めない。サラダを作り終え、パンを焼き始める。
その傍では、フライパンに乗ったオーク肉のバラの肉で作られた、加工済みベーコンが大量に焼かれていた。
「アリア、済まないけどお皿とか準備してくれる? おそらくこの匂いで、何人かは起きると思うから」
戸棚に置いてある食器を人数分をキッチンに置く。
サラダをそれぞれに盛り付け、サラダと水の入ったガラスのピッチャーに並べて置く。
そんな物音と匂いに釣られてか、何人かは起き始める。その中には、フェクトもナズナも混じっていた。
「アリアが起きてるなんて夢だろうか?」
「フェクトも準備して、早く朝ごはんを食べましょ!」
そうして全員が揃って朝ごはんを食べ終え、私たちは運動がてらギルドに向かう。
ギルドの扉を開けると、寒さで誰もクエストを受けたがらないのか、無造作に貼られたクエスト用紙に目が入った。
「流石王都って言うべきかな? 色々なクエストがあるみたいだけど、何か受ける?」
私は魔物を討伐する系を選び、二人に見せていく。
「これなんてどう? 雷帝竜討伐!」
雷帝竜――雷を操る竜。迫力のある見た目、圧倒的な雷の力、そのため誰も受けたがらないクエストの一種。
圧倒的な雷で、白銀の冒険者パーティを一瞬にして亡き者に変えたと恐れられていた。
「この白銀って、今よりもだいぶ弱いだろ? それに結界を貫通したなんて言う噂が立ったぐらいだぞ」
「その結界も今よりもだいぶ性能は違うと思うニャー」
ナズナに痛いところを突かれたのか、少しばかりイヤな顔をするフェクト。
そんなことはつゆ知らず、ナズナの攻撃は続く。
「魔神のくせに怖がってるニャー! 三人の力を合わせれば、そんなの余裕ニャー」
とある言葉に反応したのか、勢いよく立ち上がるフェクト。
その顔は、今にも吹き出そうなほどに赤くなっている。空気を吸い込み、準備万端に整える。
「誰が怖がってるって! ナズナ、今日はもう許さねぞ! 表に出ろ、俺がぶっ飛ばしてやるからよ」
「怖がりの魔神さんが怒ってる〜。あ、怖い怖いニャー」
本当に加減知らずに一撃が飛びそうだ。それもわかった上でやっているので、ナズナも意地悪だ。
その間に入るように、私は真剣を彼らの前に突き出した。
「ナズナこれ以上言うのは禁じるわよ。それにフェクト、少しは外の空気を吸って落ち着いて来て」
声色を変えず、表情も変えず、私は言葉を発する。それを聞いた二人は、恐るおそる怖いものを見るかのように、こちらを見てくる。
こちらと目があった瞬間、本気で悲鳴を上げていた。その後、すぐに二人とも謝りながら、逃げ出すのであった。
「ごめんなさいニャー!」
「俺も少しは悪かった!」
その反応に心底驚いたのは、私自身である。
全く怒ってるつもりなんてなかったのに、二人が涙を流しながら逃げるなんてと、目を見開いて驚くことしかできなかった。
数分後、二人は戻ってくるなりビクついた感じで私を遠くから見ていた。
「二人とも大丈夫? 私、そんなに怖かった?」
私は、不安げな声で二人に聞くと、二人とも勢いよく頭を縦に振る。
なんとも言えず、私も謝るのだった。そうしてギルドで話していると、イデリアが入ってくる。
「朝からほんとに元気よね。私は、昨日の処理に追われてたって言うのに」
「それはお疲れ様。疲れているみたいだし、寝てた方がいいんじゃ」
「別にこの程度、大したことではないわ。それより、何かクエストを受けるの?」
私は件のことを話した。イデリアは、クエスト用紙を見るなり、そこまで驚いた様子はなかった。
「せっかく帰って来ているのに、ゆっくりすれば良いのに」
「それはおいおいね」
そうしてイデリアは、眠たげな目を擦りながらギルドの奥へと向かっていくのであった。




