306話 獅子王の思い
ナズナが起きたのは、その日の夕暮れ時の頃だった。起きて早々、私の居た部屋の扉を勢いよく開けて入ってくる。
「起きて数十秒足らずなのに元気だね」
本に視線を落としていたのを止め、ナズナの方を見る。ナズナは、今にも泣きそうな顔であった。
どうして泣きそうになっているのかぐらい、私にも分かる。
その元凶だからだ。
「アリアあれ何なの? 何でわたしじゃなくてアイツを応援したの!!」
両肩をしっかりと掴み、物理的に勢いよく揺さぶってくる。椅子はキシキシと音を立て、近いうちに壊れそうな勢いなのが分かる。
「早く答えてニャー!!」
「そ、それだったら、今すぐこの揺れを止めることだね。流石に気分が悪くなってくるからさ」
そう言った瞬間に、先ほどのことがまるで無かったかのように途端に止まる。
緩やかに止まると思っていたのもあって、顔色は少々グロッキーとも言える顔である。
そんな顔なんてお構いなしに、ナズナは何度も聞いてくる。
「ナズナ少し落ち着いて。話せないよ」
そうして途端に鎮まる。一か百しかないのかとツッコミたくなるのをグッと堪え、私は話を始めた。
話を始めた時点から終わるまで、結構な不機嫌なままナズナは聞いていた。どうしても私がダガーの肩を持ったのが気に食わないらしい。
「そこはほらさ、ダガーに乗りかかる方が良いかなって思って」
「仲間なんだから応援してほしかった! わたし、アリアが応援してくれていると思って頑張ってたのに!」
「そこはフェクトにも言われたけど、もう終わったことなんだからさ、切り替えて行こう!」
それで終われば良かったのだが、話はまたややこしくなる。
その原因はダガーが訪問してきたことである。
「お取り込み中の所申し訳ない。獅子王様が食事の準備が出来たから来てほしいと言ってました」
「わざわざ呼びに来てくれたの? フェクトは部屋に居る?」
ダガーは首を横に振った。
「フェクトさんならもうご飯を食べていましたよ。呼んだけど来なかったから置いてきたなんて言ってました」
アイツ、私にナズナを任せて自分だけ安全地帯にさっさと行ったな。
そんな時だ。ナズナから放たれる殺気に気がついたのは。
「ダガー、今すぐわたしと勝負しろ。今度は一瞬で消し炭にしてやるニャー」
「え、嫌ですけど。身体中痛いですし、何より俺はもうスッキリしましたから」
次の瞬間飛び掛かろうとしたのを止める。
「これ以上は流石にダメだよ。今度は私自らお灸を添えることになっちゃうから」
「止めないでよアリア! ダガーは、確実に今倒しておきたいの」
「そんなことを言う子には、ご飯抜きにしてお留守番しててもらうわよ」
途端に黙るナズナ。どうやら食欲にはほぼ考えるまもなく、さっさと白旗をあげていた。
それを後押しするかのように、お腹の中から大きな音色が聞こえてくるほどだ。
そうして、私たちはこの状況を脱出出来たのであった。
「よう……遅かったなアリア」
「あなたが見捨ててなければ、もう少し早く来れたわよ」
パンを、呑気に頬張りながら言うフェクトに無性に腹が立つ。
想像の中でボコボコにしてるレベルである。
「剣聖様来られたのですね、中々来ないものだから心配しました」
「それは申し訳ない。それで話があるから私を急かしていたのでしょう?」
先ほどまでの温厚な空気感から、真面目な空気感に私たちの周りは一変する。
獅子王は私を凝視するかのように観察する。その顔は、とても食事の場とは思えないほどの表情である。
「さっさと話す方が楽だと思いますよ。獣人族の今後について大事な話なんですよね」
「そこまでお見通しってことですか。やはりあなたには全くもって敵いませんな」
そうして今後についてどうすればいいか相談された。だが生憎、私はただの剣聖である。
これからの獣人族がどうすればいいかなんて相談されても、私には答えられる手札なんて一枚もない。
それを相談するならイデリアの方が適任とも言える。
「このことはイデリアには言いました?」
「それとなくは相談しました。だが、イデリア様も剣聖様同様、言葉を濁していた感じでしたね」
「一つだけ言えるとしたら、獅子王が急に止めたら崩壊するのにそこまで時間は掛からないと思いますよ」
今の獣人族は、獅子王で成り立っていると言っていいほどだ。
それだけ、獅子王という存在がこの国に大きな影響を与えているということである。
獅子王が居なければ、獣人族は少なくとも今よりは発展はしていなかっただろう。近い将来歴史上から消えていたかもしれないと思っても、問題ないほどだと私は考える。
「今の獣人族は獅子王無しでは生きてはいけない所にいます。もし辞めたいのなら、ちゃんとやるべきことはするのをオススメしますよ」
「やはりあなたに聞いて良かったです。ナズナが旅に出る前と出た後では、色んな意味で変わってしまいましたから」
つい先ほどまで凛々しいと思っていた顔つきは、すっかり年を取ったおじさんといえるほどだ。
おそらくナズナが居なくなってから、色々なことがあったのだろう。
それをずっと溜め込み、どこかで発散することなく過ごしていた。
だがそんな時に、私たちのことを聞いたのだろう。そうして、あの獅子王が一緒にクエストを受けたのは、そういう心の迷いがあったからなのだろう。
どうにかして抜け出したい。そう思ったから、いつもとは違うことをやってみたくなったのだろう。
あの時の獅子王の顔は、本当に楽しそうだったと言えるだろう。
テレパシーでたまに聴く声ではなく、実際に目に見える範囲でナズナと話せたのが良かったのあろう。
「剣聖としてではなく私個人の意見は、気ままにやることをオススメしますよ。あなたは少し頑張り過ぎてますから」
「それも良いかもしれませんね」
そうして私たちは酒を酌み交わした。
「獅子王、あなたが長なのですから自分の好きなようにやってみてください。そうしたら何か見えてくるかもしれませんから」
そうして次の日の朝、そう言い残し私たちは旅に出る。




