292話 夜の散歩
夏の暑さがチラリと見せ始める季節がやってきた。そんな中、私たちは今日も箒で旅を続けていた。
心地よい風に吹かれながら旅をする。それは心の落ち着きをくれ、自分を見つめ直すきっかけもくれるだろう。
「アリア、そろそろ休憩取るか? ナズナも寝てるしちょうど良いと思うけど」
フェクトは、ハンカチで額に当てながら話しかけてくる。確かに今日は暖かいし、飛び続けて数時間経つ。
「そうだね。そこの木陰に降りて休憩しようか」
フェクトの顔色は一気に良くなったように見えた。箒を自由自在に操作させ、木陰に降り立つ。
そうして笑顔を浮かべ、ゆったりとした顔になっていた。
「休みたかったら早めに言って良いんだから。体調崩したら元も子もないんだから」
「それもそうなんだけどよ、アリアが楽しそうに箒に乗ってるからそれ見てたら、言い出させなくてな」
体の体温が上がる。顔が少しばかり赤くなってしまっていた。
「そんなこと言ったって、何もないわよ」
「別に思ってること言ったまでだからいいよ」
本当フェクトに油断を見せてはダメだと思う。いつ何時、こう言った発言をされるか分かったものではない。
少しでも気を抜いていると、流石に私だって顔を赤らめてしまう。
「アリアーなんで顔が赤いニャー? 暑かったのニャー?」
「え、えぇそうよ。今日は暑いからね」
瞬時に嘘を付いてしまった。ナズナもこんな時に起きないでよと心の声が漏れ出しそうになった。
木陰に座り、ナズナを膝に乗せる。寝息をたてるナズナを撫ぜながら一息した。
そうしてそのまま私たちは、眠ってしまったのである。
気が付いた時には、辺りは真っ暗であり満天の星が見えていた。
「うーんよく寝た」
最近色々なことがあって疲れていたのだろう。それもあって眠ってしまったのだろう。
ようやく周りを観られるほどには、目が慣れてきていた。二人を見ると、まだ眠っていた。
「二人とも起きて。ご飯食べる準備しよう」
そう言った瞬間、二人ともピクッと動く。そうしてもう一度「ご飯」と呟くと二人とも目が開く。
「二人ともこんばんは」
頭が回り出したのか言葉を返す。そそくさと立ち上がり、体を伸ばしていた。
「じゃあ、もう夜も更けてるし三人でご飯作るわよ」
そうして夜は更けていくのであった。
テントの中、私は中々寝付けずに居た。昼間に寝ていたのが原因だろうか。
全くもって眠くならず、ただゆったりと時間が過ぎていく。
左右に体を動かしたり、正面を向いても寝られる気配はない。ただガサゴソと動いているそんな感じだった。
昼間に寝てしまったのは変えられない。眠れないのなら、無理に寝る必要もない。
そんなことを思った私は、テントから出て箒に座る。
ぷかぷかと浮いている箒を、上空に上げる。そうして、私は夜のフライト散歩に出かけたのであった。
「星が綺麗だな」
そんなことを呟きながら、一口エールを飲んだ。酔って眠ってもいいのだが、それはそれで朝が辛い。
そんな目覚めはいらないと心の中で思っている。
ふと森に目をやると、何かが動いているのが分かる。それも相当大きい。
気配でも分かるぐらい強そうな感じがする。
「気晴らしに戦うか」
箒を地面の方向に動かす。降り立つと共に、剣を抜きプレッシャーを放つ。
それを感じ取ったかのように、静寂だった森を破壊するように木々を壊してこちらに走ってくる。
木々にぶつかっても全く怯まない。それどころか、よりスピードを上げてこちらに走ってくる。
「このまま突進するつもり? それだったら真正面で受け止めるだけ」
突く構えを取る。照準を定め、呼吸を整える。最後の木々を破壊し、こちらへ飛び込んでくる。
「私を誰だと思ってるの? そんな攻撃なら最初から向かってくるな!」
突き出した一閃は、魔物の顔面を捉え破裂する。吹き飛び四肢がバラバラになってそのまま消滅した。
「たったこれだけ? まだまだ眠れない夜は続きそう」
そう思いながら、木々を全て修復する。そうして森深くへ進み出す。
先ほどの魔物に相当住処を追われたのだろうか? 魔物の気配はあまりない。
歩けど歩けどただ静寂の森である。でもなぜだろう? 何かあると思って歩き続けてしまう。
何かの衝動に駆られるように、私は突き進んでいた。
「ウッド・ランス!!」
鋭利な槍!? 魔法で出来ているのが分かる。だが地面に突き刺さっただけでは終わらない。
「やっぱ地面から生えて出てきたか!」
剣で斬るが、根元となっているあの武器を斬らない限り収まらない。
それにいつの間にか、ドーム型の檻が出来上がっている。
「限られたスペースで対処って、本当にめんどくさい!」
その場所に少しでも長く居ると、そこから生えてくる。立ち止まらず、ずっと動いてないとダメだ。
「以下に最短距離でアソコまで行けるかってことなのね」
一度生えた場所には残り続ける。ここまでして、私と遊びたいなんて本当に度胸ある魔物。
「我に会いにきてくれてありがとう。お主は強い、だからここに導いた」
「あなたは誰?」
「そのままじゃ。ウッドマン、木に愛された魔物と思ってくれていい」
槍を手に取り、一気に危険度が跳ね上がる。思わず息を呑んでしまうほどに。
「種は蒔いた。短期決戦、あなたの得意分野でしょ?」
「私の得意分野で潰すってか。その心意気は好きだよ、でもね私をその程度で壊せると思わないでね」
リーチ力のある槍捌き。的確に狙ってくる辺り、相当鍛錬を積んでいる魔物だと分かる。
それ以上に、なんというかこの存在感嫌いになれない。
「我の攻撃だけではない。下かも要注意じゃぞ」
「言われなくても分かってますわ。私は剣聖だ、そう簡単には攻略出来ませんから」
ニヤリと笑う。私と同じ剣にしなくて本当に良かったと心から思えた。
なぜなら一撃で終わるから。短時間だが、少しでも遊べたことに感謝している。
「いくらリーチがあって威力の強い攻撃をしてても、私には届かない。これで終わりだよ!」
一瞬にして死角に入り込み、下から突き上げ勝負は決着した。
そうして、夜もまた目覚めようとしていたのであった。




