283話 国の名はカーム
男はニヤリと笑い、こちらを見るだけで何もしてこない。私が一歩前に出れば、周りの仲間たちの魔力が上がる。
あくまでも自分の手を汚したくないということか。
「なんて外道なお人なんだか。それで、ここから逃げられると思ってる?」
「イデリアを呼ぶのは悪手だぜ剣聖様よ。今ゴタついてるだろ、剣聖様関連でよ」
思わず舌打ちをしてしまう。そのことを見越して、わざわざ私の目の前に現れたのだろう。
あのニヤケ顔、今すぐにでも殴り飛ばしたい気分になる。
周りにいた野次馬連中もざわざわして辺りがうるさくなる。ここで、これ以上騒ぎを起こすのはそれこそめんどくさいことになる。
「ここでは見逃してやる。さっさと荷物をまとめて出ていくんだな、次会った時は容赦しない」
「可愛い顔が台無しだぜ剣聖様。もう俺たちの用事は終わった所だ、精々革命が行われる国を見ていくといいぜ」
そうして彼らは転移で何処かへ行ってしまった。気配を直前まで追うが、ここを出た時点で分からなくなってしまった。
「とりあえず私たちもこの場から離れるわよ」
そうして、颯爽と屋根に飛び乗り箒で逃げるように去ったのであった。
そんな中、フェクトがあることに気が付いた。
「ここいらの建物は赤とかの派手な色が多いが、奥の方見てみろよ。なんか落ち着きのある建物が見えるぞ」
確かに言われてみたらそうだ。おそらく改革途中なのだろう。
それが上空から見ると丸わかりだ。
「あれってもしかして、革命を起こそうとしている連中の家じゃないかニャー」
「ナズナのいう通りだ。結界が張ってある、それもめちゃくちゃ強力だぜ」
王都の城や国々の領主の家で見られる結界はある。ただ、こんな普通な街の一角にそれに相当する結界って、ダークウィッチーズの仕業なのだろうか。
「とりあえず近くまで行ってみよう! 何か分かるかも知れないからさ」
箒を飛ばし、すぐさま結界の目に降りてきた。触れてみるとバチッと手を弾かれてしまう。
「このタイプってあんまり見ないよね。ほとんどの場合は守るために使われているからさ」
「確かにそうだな。これはこれは抵抗を示していると言ってもいいだろうな」
「でもこの結界をダークウィッチーが張ってるなら相当厄介そうだニャー」
確かにナズナの言う通りである。これをアイツらが張ったとするなら、確かにめんどくさいことになる。
これを壊せばおそらく、軍の奴らも好奇と踏んで、全軍を向かわすと考えていいだろう。
「お前たちそこで何をしている! 軍の雇われ冒険者か」
後を振り向くと、老人がこちらを睨みつけていた。
「それは誤解です。私たちは旅の者ですしあの考えには賛同出来ませんから」
「信じはせんが信用はしておこう。お主は、あの剣聖アリア様じゃろ」
どうやら気が付いたのか、そう問いかけてきた。私は即座に首を縦に振り下ろした。
「もしかしてその杖、仕込み剣ですか? 即座に斬れるように、いつでも肌身離さず持っているようですが」
長年使っているのだろう。色はだいぶ自分色に染まり手にも馴染んでいるようだった。
「この老耄と戦ってみるか剣聖様よ。ワシは強いぞ」
一気にプレッシャーが跳ね上がる。ヒリつくこの感じ、先ほどの結界に触れた時のようだ。
「どうじゃ、やる気になってくれたか? 一撃で良い、お前さんにぶつけてみたくてよ、ワシの全力を」
「フェクト、結界出してくれるかしら? 私は剣聖よあの思いに応えるために」
フェクトは、渋々結界を出してくれた。そうして私も剣を抜いた。
「さぁ勝負よ」
お爺さんに、この声は届いていない。集中しているのが分かる。
そうして一歩踏み出した瞬間、お爺さんは私の前から姿を消したのだ。
「一撃一閃・豪雷」
結論から言おう、勝負は私の勝ちだった。
「まさか簡単に弾かれるとは……思いもしなかった」
「タイミングがあってなきゃ、今頃ぽっくり私だって死んでたかもだよ」
それだけ速かった。目に追えるスピードではなく、感覚で弾いた感じだった。
無意識に近い感じそんな気がする。それに弾かなければ死が待っていた。
それだけ凄く強かった。
「ワシは魔剣士として昔活躍してたんだよ、小童に弾かれるなんて歳を感じたくないね」
「魔剣士? もしかしてこの結界を作ったのはあなたですか?」
すっかり抜け落ちていたのか、慌ててお爺さんは名前を言う。
「最近は物忘れも多くてな。名乗ってなかったのう、ワシは元領主のカームじゃ。今ではカーム爺と呼ばれておる」
とんでも発言が聞こえたが、これは触れて良いのだろうか。
見た目は本当にご老体そのものなのに、強さは本当に化け物級。
それに魔法使いとしても強いなんて、なんとも尊敬する人物だ。
「よろしくねカーム爺! わたしの名前はナズナ、格闘戦を得意としているんだよ」
「おーそうかそうか。それはまた強そうな。ほれ、飴ちゃんだ。これでも食べておくれ」
「わーい! ありがとうニャー」
その一連を見ていたフェクトも名乗り出した。
「俺はフェクト。魔神族だが、今はアリアの使い魔さ」
「この結界、とても硬く素晴らしいものじゃ。昔はそういう才能マンに憧れを持っていたが、今では尊敬の眼差しをしてしまうわ」
フェクトも仲良さげに話していた。
「改めて名乗るわね。剣聖アリアよ、カーム爺これからよろしくお願いします」
「まさか現役の剣聖に握手を求められる日が来るとはな。やっぱ長生きをしておくもんよ」
そうして結界の前に行き、結界の前に手を当てる。
「早速案内したかったが、少し待っててくれ。軍奴らじゃ」
そうして振り返ると、確かに軍の連中がそこには居た。
「さっきはよくもやってくれたな剣聖よ! ここではここのルールに従ってもらわねぇと困るんだよ!」
「何を騒いでいるかと思えば、図体だけは大きいだけの弱虫小僧じゃねぇか」
喚いていた男が一歩後に下がる。剣に手を掛けようとするが、相当震えているのが分かる。
「カーム爺さん……」
「どうした? いつも見たく、その剣を振り回してみよ。怖くて出来ないのか。それだったら剣を持つなこのアホたれ」
次の瞬間、肘打ちが炸裂するのであった。
「覚悟もないくせに現れるな。次、こんなことをしようもんなら、今度はこっちから攻め入るだけじゃ」
そうして逃げていく後ろ姿を見送りつつ、こちらを振り返ると笑顔だったのである。




