271話 恥ずいこと
エールが届き、ひとまず乾杯を済ませた。ただ、元気なのは、私一人である。
「その暗さのままでいいから、早速だけど本題入ろうか」
「魔法の一件だろ。でもあれは今、エルフ族たちと話し合ってるんだから、俺たちに何が出来るんだよ」
フェクトらしい回答を見せてくれる。それに対して、思わずにやけてしまいそうになる。
「今、王都各地に私の分身を放ってるだよね」
酒場が一斉に静まり返った。仲間たちもどう返答したらいいのか分からず、戸惑いの表情を見せる。
「そんな顔をしないでよ。私を殺せるチャンスなんて、滅多にないんだから、誰かしらは挑戦してくるはずだから」
楽観的な態度に仲間たちは、呆れた表情を浮かべてしまう。
トータトンはすぐさま立ち上がり、出ていってしまう。
「分身を消す気なのかな。やめた方がいいと思うけどな」
「どうしてだ。普通に考えたらこの手が今とれる手やろ! 自分の命を蔑ろにするな」
「してるつもりはないよ。これ以上犠牲を出さないためだから」
フェクトは何も言えなくなってしまう。他の三人を見ると、それぞれ食べたい料理を注文している最中だ。
すぐに切り替えて、その時に備えるというのが伝わってくる。
「別に問題ないニャー。少しは落ち着いた方がいいニャー」
「何言ってんだナズナ。どんな魔法なのかもあまり分かってない中、それは流石に無謀だろう」
そんなたわいもない会話をしている時だった。途端に景色が変わる。
先ほどまで明るい店内に居たはずが、外に出てきていた。
「これが本人の意思なんて関係なく行う魔法ってこと? 人気のない場所だね。それに、私はこんな所を歩くようにはしていなかったはずだけど」
ある程度自由。そう魔法を掛けていたが、なるべく人気のない場所には行かないようにしておいた。
これも魔法の一種なのだろう。
「酒場で仲間といたはずなのにな。ここでお前は死ぬんだよ、剣聖アリア」
全身黒い布に覆われ、まるで夜に生きる殺し屋。そう思うことしか出来ないぐらい、印象が強かった。
「でも私ガッカリしてるんだよね。攻撃した瞬間にチェンジさせれば、確実にダメージ与えられてたのに」
「正直に言うが、それが出来ていたらとっくにやってるわ」
これから死ぬ相手なら別に言ってもいいと思ったのだろう。なんともアホなやつだ。そう思ってしまう自分がいた。
「じゃあ殺してみなさい、私を殺せると思ったから実行に移したよね」
次の瞬間、鞘から抜かれた剣が木剣に激突する。凄まじい力なのは間違いない。
だが、力で押しているだけで剣の技術はない。
「そういうことね。この力であなたは彼女の剣をぶち壊した」
「なぜお前の剣は全く壊れる気配がしないのだ」
先ほどまでの威勢なんて消え、今はもう後悔という言葉に、頭を支配されているようだ。
「そんなの簡単なことよ。私の剣がそれで潰れるなら、とっくに私はもう生きてないってことよ!」
弾きとばし、一気に体にトラウマを植え付けるかのように叩き込む。
筋肉を魔法で増量した所で、所詮それはただのハリボテに過ぎない。
急所に叩き込めば、どんな相手でも確実に怯む。
「さっきの威勢はどうしたの? 鳴いてみなさいよ、私を殺すんでしょ、やってみろよ!」
痛みで声も出せず叩きのめされたのであった。
「はぁー。まさか途中で入れ替えたな犯人の野郎」
あのテンション上がり過ぎて、途中恥ずいこと言っちゃった。
まさかの発言をしたことにより、ショックを受ける私。しかもその相手が、おそらく他の殺し屋。
「最悪なんだけど、それにしてもどこだよここ!!」
マップで調べてみると、食事をしていた酒場から遠く離れた場所である。
周りにあるのは、殺人があった場所とはまた違う畑。
「とりあえず入れ替えるか」
そうして酒場の分身と中身を入れ替えたのだ。みんな気が付いているのか、こちらを見てくる。
「そんなに視線を向けられた所で、何もなかったわよ。途中で犯人は入れ替わって逃げたし」
「そんなことは分かってる、無事で良かったよ」
フェクトの温かい言葉に私はホッコリしつつ、エールに一口飲んだ。
ジョッキをテーブルに置き、私はあったことを話した。
「トータトンには後で伝えておきますわ。それにしても、厄介なものですよね」
「そう思う。これ以上の犯罪行為は流石に見逃せない。全力で捕まえるわよ」
その頃、魔法界本部では話し合いが続けられていた。
……
「今回のことを踏まえ、王都全域に分身禁止令を出しましょう! 少しでも対策しなければなりませんから」
「イデリアちゃん。とりあえずそれで良いともうけど、アリアちゃんは勝手に動いて、接触したみたいだよ」
私の顔は次第に、青ざめていく。最悪な想像も一瞬してしまうぐらいには、動揺が広がってしまっていた。
「犯人には逃げられたみたいだけど、こうして入れ替わり騒動が起きてる以上、王族に関してはどうにかしておいてね」
「分かってるわ。アリアって、おてんばすぎるのよね。なんで、やっちゃうかな」
会議が終わり、緊張の糸がプツンと切れたのか、愚痴ってしまう。
人がどれだけ心配しているか、あまり理解している様子がない。
それだけで、先が思いやられていく。
「アリアちゃんは強いし、心配ないと思うけど。イデリアちゃんは少しは気楽にやりな」
「そうかもしれないけいど、流石に心配するわよ」
そんな話を、エルザとしつつ私は席を立った。そうして、今の様子を確認するため、その場を後にした。
そうして外に出ると、ものすごい形相でトータトンと遭遇を果たすのだった。
「どうしたのトータトン。血相変えて何してるのよ」
「アリアの分身を消してるんだよ! あの方、このようなことこそ、我々に命じてほしい限りだ」
「そうかもしれないけど、アリアはもう犯人と戦ったわよ」
トータトンの驚き顔。疲れ切った体にとどめをさしたのか、そのまま倒れ込んでしまうのだった。
恥ずかしくかなっていたアリアだが、これは書き直した文書のため、最初はもっとすごいことを言っていた。




