263話 成長
「おい、本質忘れてるだろ」
フェクトが、ため息混じりの声でそんなことを言う。そうして私自身抜け落ちていた記憶を取り戻す。
「あ、本当じゃん。完全に途中から忘れてた」
振り返ると全員、呆れた表情でこちらを見てくる。その目はとても冷たく、私の体に突き刺さるような視線である。
「ちょっと待ってて! 彼を無理矢理にでも起こしてくるから」
私は慌てて彼に駆け寄る。とても起こせる状況ではなかったが、ポーションを掛けた。
一本、また一本掛けるが全く効果を感じられない。
「ちょっと魔法使える人いないの!? ちょっと手伝ってくださいお願いします」
誰も使えるものがいない。それに気がついたのは、言ったすぐである。
「建物は俺がどうにかする。他は、アリアの尻拭いしてやってくれそ」
フェクトはそう言って、建物の周りに結界を張る。そうしてフェクトは自分の世界に入ってしまう。
他のみんなは、ポーションを掛けたりしてくれているがなんら校歌はない。
それほどまでに、先ほどの戦闘は相当な負担が掛かっていたのだろう。
「スベンさんを取り返させ!」
そんな声が聞こえてくる。おそらく他のところに居た殺し屋とかだろう。
ものすごい形相で、こちらに向かってきているのが気配で伝わってくる。
「荒事は私の領分。今度は手加減ちゃんとするから任せて!
ってそんな不安そうな顔で見ないでよ〜」
先ほどのことがあってか、最初までの信頼なんてなかった。
私は、木剣を強く握りその時を待つ。そうして現れた瞬間、その威厳を取り戻すかのように私は剣を振るう。
殺し屋たちの悲痛な叫び声が街に広がる。そうして片付いた時には、彼は目覚めていたのだった。
「……とんだ最悪な目覚まし音だぜ。ここは地獄かよ」
スベンがゆっくりと起き上がりながらそんなことを言う。先ほどみたいに、暴れることもなく落ち着いている様子なのが伺える。
「あ、起きた! あそこの解除してほしいんだけど」
スベンは嫌そうな顔をしながらも、文句も言わずすぐに解除する。
試行錯誤していたフェクトは、膝から崩れ落ち何か叫びたがっているようにも思えた。
「フミ、お前は殺し屋だろ? でももうお前の席はないと思った方がいいぞ」
「分かっています……それぐらいのこと」
フミは後悔している様子なのは誰が見たって分かる。でも、この結果をすでに受け入れている以上、何も変わることはない。
フミは一歩踏み出し、スベンの元に駆け寄る。
後悔した顔からキリッと変わり、スベンに勝負を申し込んだ。
「掟の試験、お願い出来ますよね。私の師匠」
「真面目なお前ならそう言うよな。勝負は明日だ、俺はもう満身創痍なんでな」
フミは一礼した。覚悟を持って挑むという、熱く儚い気持ちがヒシヒシと伝わってくるのであった。
そうして翌日。国の周りを囲む平原でその勝負が始まったのだったのである。
「師匠、一撃で終わったらすみません」
「それまでだったってことだろ」
二人の武器は同じナイフだ。彼女の憧れを尊重しているのが伝わってくる。
ナイフ同士が火花を散らす。最初に攻撃したのはスベンである。
私にやったように、後ろから首を刈り取るあの一撃。
その一撃を弾かれたスベンは、とてつもなく嬉しそうな顔をしている。
教え子という特別な関係性。そのことを知っているか知らないかで、この戦いは意味が違う。
私はそんなことを思う。
「たった一撃弾いただけでいい気になるなよ。お前の真骨頂を見せてみろ」
言われるがまま、ナイフが光に照らされる。
「殺し屋が聖なる刃っておかしいですけど、私の聖なる刃、あの時を超える一撃を打ち込んで見せます!」
ナイフから放たれる魔法。それを丁寧過ぎるほどに、一つ一つ斬っていく。
それだけじゃない。成長を確認するかのようにだ。
「もっとで出来るはずだよな。俺を楽しませて見ろ、俺がいつも言っていることだろ」
「こんなものではありませんから!」
深く入り込み、一気に掛け出して決める一撃。案の定彼は、後へ下がってしまう。
今の私をもっと見てくれ……そう訴えかけてくるような一撃。
それが師匠によって嬉しいことだと、彼女は知っている。
より深く、より精度良く決めていく一撃。それは彼を押すには、充分過ぎるほどに成長していた。
「私と戦う時も、あれぐらい本気だったら楽しかっただろうな」
「アリアはいつでも楽しんでるニャー」
「そうかもだけど、まだ私さあの子と本気で戦ってないんだよ」
自分の中で沸き立つ闘志。メラメラと燃え上がる気持ちには嘘は付けない。
でも今はそれを、押し留めるのが私の試練だ。
「どうした? もう無理とか言わないよな」
さっきのが嘘かのように、いつの間にかに逆転されていた。
地面に叩きつけられ、うめき声をあげるフミ。そんな彼女の目は、まだ死んではいない。
「ここで諦めるわけないでしょう。ここは死の勝負、私を甘く見ていると終わるのは師匠ですよ」
単調な飛び上がり。そこから繰り出させる一撃は、甘いものだが確かな効果はあった。
首を咄嗟に避けたためか、足が少し宙に飛び上がっている。
「私の全てを捧げる。これで死んでください、師匠」
振り翳したナイフを元に戻すように動作させる。ただ一点違うのは深さ。
そうして振り戻されたナイフは首筋に当たる。
次の瞬間、血を流しながら地面に倒れ込むスベン。殺し屋の掟試合は、こうして幕を閉じたのだった。
「フェクト」
「もうやってるよ、助かる見込みはねぇからな」
斬られた箇所は、黒いオーラが包み込み惹きつけられてしまうような存在感を放っている。
「何をしているの? これは私の戦い、あなたたちには関係ないでしょ!」
「関係はないよ。これはただのフェクトを成長させるための実験場だよ」
冷たい言葉を投げかける。そんなことを言われた所で、彼女は何も変わらない。
フェクトの準備が出来たようだ。
「すまねぇが死なせないぜ。魔神の回復を味わってみな」




