234話 喧嘩別れ
王宮の間は、今までに例を見ないであろう緊張感に包まれていた。
息を呑むのも一苦労。そういった感じである。
「剣聖様どのようなご用件でしょうか?」
王様は恐る恐る口を開いた。そんな一瞬の出来事さえも、彼らには気が遠くなりそうなものだろう。
「今回のカマイタチ騒動についてだよ。自分でも分かってるんじゃないの?」
王様は「やはり」と言いたげな表情でこちらを見てくる。だが、中々口を開こうとはしなかった。
「ダンマリを決め込む気かしら? たかがこの大陸の王が、その態度とは呆れるわね」
ただひたすらに沈黙が続く。それはまるで誰かを待っている、あるいは単なる時間稼ぎの様だった。
そうして、この間に続く廊下が段々とうるさくなってくる。
それを聞いてか、全員が安堵した気配を見せた。
「失礼します! アリアを迎えに来ました」
そこに現れたのは、イデリアである。さっきまで飛ばしていたのだろう。
髪型が崩れ、少し息が上がっている様子である。
「待っていたぞ、よく来てくれた!」
王様の顔は、顔に隠し切れないほどの笑顔を見せていた。心から安堵した雰囲気が醸し出されている。
「アリア帰るわよ! これ以上いた所で、アリアが思っている答えは帰ってくることはない」
「へぇー何? 市民たちが危険な目に遭っていたというのに、呑気に逃げたコイツを許せと言うの?」
イデリアは、何も言い返せなかった。これ以上言葉で表すのは無理だと考えたのだろう。
魔力と殺気がダダ漏れである。
「私は正しいことをしているまでよ。あなたがどんな行動をした所で、止める権利はないわよ」
「剣聖様落ち着かれてはいかがですか? 何もここで喧嘩腰にならなくても良いのでは」
どの口が言う。そんな言葉を私は言いかけた。言った所で、状況が変わるはずないのだ。
ここに来て分かったことだが、あの男は罪の意識が全くないからである。
「とりあえず今日は帰りましょう! 美味しいご飯でも食べに行こうよ」
「誰がテメェと行くか、一人で行ってろ! あとどの口が言ってんの、殺気がダダ漏れだけど?」
よりピリついた雰囲気は、とても王子たちには荷が重すぎたのか逃げ出すやつまで現れていた。
逃げ出すたびに、王様自身「私を連れてって」と言わんばかりで、逃げ出した王子の背中を眺めている。
「私的には認めてくれた方が良かったんですけどね。王族とあろうお方が、さっさと認めればいいものを。心底失望しましたわ」
そう言い残し、私は間を後にした。すぐにイデリアが追ってくる様子が分かっていたため、転移するのであった。
リビングに転移するとそこには、仲間たちと友人が集まっていた。
「派手にやらかそうとしてたみたいだな」
「何フェクト? それが何か問題あるかしら」
「いや別にねぇよ。アリアが王族も貴族も基本的には、嫌っているのは知っているからな」
そんなことを言いつつ、チーズが練り込まれたパンを頬張っていた。
「その様子だとすぐにでも王都を旅立ちたいだろ」
師匠には隠しごと出来ないなと改めて思うのだった。それに、二人ともどこか乗り気のようだ。
「アリアがここに居たくないって思ったんだろ。俺たちはそれに従うぜ」
「わたしも早く旅したいー」
そんな会話を繰り広げていると、毎度のことのように門のチャイムが鳴った。
ただそれには、誰も出ようとはしなかった。誰が来たかぐらい、見なくても分かるからだ。
そのチャイムは、一定のリズムで何度か鳴る。数分経過した頃だろうか、諦めたのかチャイムは鳴らなくなった。
「準備の方はもうすでに整っています。作り置きも入れてありますので、旅の方楽しんできてください」
「ガードには今回も迷惑を掛けちゃったね。今度帰ってきた時、一緒にお出かけしよ!」
ガードは、どことなく嬉しそうにしていた。
「シューミン、約束はまた今度でいいかな。それまでにもっと強くなってね。わたしを驚かせるぐらい」
「当たり前です」
そうしてキャンシーとともに王都を後にするのだった。見送りには、いつもの姿はない。
それも当たり前だ。私の行動が招いた結果である。あれには後悔もない。
だって私は自分の信念を貫いただけなのだから。
もし、イデリアとどこかで再会した場合はその時は殺り合う時かもしれない。
それもまた楽しそうだと思ってしまう私は、おかしいのだろうか。
「じゃあ行ってきます!」
そうして私たちは王都を後にするのであった。
アリアが旅だったその頃、イデリアは自室で仕事をしていた。
無心で溜まった仕事を片付けていく。それもいつも以上に早いスピードで。
ただどんなに仕事をしていても、集中してすることが出来なかった。
あの状況のことを悔いている自分がいる。謝りたいと思っても、彼女にそれが拒まれた。
あのチャイムで、出てこなかったのが何よりの証拠だろう。
そんな時だ、ドアが叩く音が聞こえたのは。
「開いてますよ」
そこに入ってきたのは、フレリアである。
「何か用かしら?」
私は、目線を机に落としたまま手を止めることもなかった。
「大した用事ではないんですけど、剣聖アリア様が王都を旅立ちました」
手が即座に止まった。まだアリアが行くには数ヶ月余裕があったはずだ。
そのはずなのにもう居ない。何がなんだか分からなかった。
「もう一度言いましょうか? アリア様が……」
「言わなくていいわ。わ、分かったわ。今は一人にしてくれる」
フレリアは「そうですか」と言わんばかりの顔をしながらその場を後にした。
謝ればいいと思っていたことが出来なくなってしまった。今から追いかけてももう追いつくことはないだろう。
そんなことを思うと、吐き気がしてきた。
自室からそう離れていないトイレに駆け込み、吐き出す始末である。
今朝までは、あんなにも仲良かったのにどうしてこうなった。
後悔の念に際飲まれていくのであった。
次回 旅再開




