19話 元剣聖登場
すっかり季節は、夏になりました。さんさんと降り注ぐ太陽を浴びながら、箒に揺られ今日も王都を目指す旅は続くのです。
「それにしても暑いわね、どんなに結界があるっていっても暑いものは暑い」
夏の箒旅は、どんなに過酷になるか師匠から聞いていたが、想像以上だ。
周りには、草原が広がっているだけ。太陽を遮れるのは、頭に被せているつば広の帽子のみ。
マップで辺りを確認するが、ここの近くには草原があるのみだ。
このままでは、身体に影響を悪い影響を及ぼす可能性もある。箒のスピードを最大限まで加速させたのだ。
「いつまで経っても草原が続いてる」
かれこれ数時間は、箒で最大限に飛ばしている。村はあれどどれも廃村状態が何個か点在していただけだ。
もうすぐ夕暮れどきだ。
夜も暑さは続く。
「マジか……今あんたたちに構っている暇ないんだけど」
箒の真下には、魔物が集まってきている。ゴブリンの群である。
辺りに村や人の気配は感じない。放っておいてもいいのだが、それでコイツらにおそわれた事案が発生するのは、寝覚めが悪いというものだ。
「仕方ない殺るか」
箒から飛び降り、斬り裂いたのだ。
そうこうしているうちに、空は夕暮れになってきていた。
焦りが、顔にでる。
箒を飛ばすが、ずっと草原が続くばかりである。
そうして、草原のど真ん中で野宿する羽目になったのだ。
「暑い、これ冬どうしよう?」
ダイナール大陸の冬は、猛吹雪に見舞われることが多く、旅人は、困難な季節でもあるのだ。
それでも、好き好んで旅をするものもいるが、そういって旅立ったものの中には、死んだ人もたくさんいる。
「それまでにどこかの村か、国に着いておかなきゃいけない」
そうして、暑苦しい夜を過ごすのであった。
翌朝、目が覚めるとまだ太陽はまだない。
「まだ、少しは動きやすいか」
箒に乗り、今日も進んでいく。どこか、日陰になる場所を探さなくてはと思うのだが、今日も平原が目の前には広がっていた。
眠たい目を擦り朝ごはんを口にする。
太陽はいつの間にか、空に登ってきており辺りを暑く照らすのだ。
「マップ」
マップを展開させ、周りを見る。マップを動かしながら、見ていくと、森の表示が出てきたのだ。
ここから、それほど遠い位置ではなかった。
ようやく見つけた、森は相当大きいものが広がっている。それどころか、山が見えてくる。
「ここを抜けないと、人里はなさそうだな」
そうして、森の中を進んでいく。木々に太陽の光が阻まれ断然過ごしやすい。
箒をゆったりと進めつつ、ある地点から整備されていることに気がついたのだ。
「ここらに、村なんてないはずだけどな」
不思議に思いつつも、箒を進ませる。
「こんなところに旅人が来るなんて珍しいな」
全く気配に気が付かなかった。気配感知に頼りすぎていたつもりではない。
感覚でも研ぎ澄ましていたつもりだった。
「そこのおじさま、只者じゃないですわよね」
少し震えた声が、木々の風で揺れた音でかき消されてしまう。
それでも聞こえたのであろう。その白髪を生やしたダンディなおじさまが口を開いたのだ。
「そこまで緊張しなくてもいいわい、剣聖少女」
どう考えても、剣が疼く。
今すぐに斬りかかりたいと思ってしまう。
「さすがは、最年少で剣聖となった少女よ」
息を呑む。何度も落ち着かせようと、深呼吸も試すが意味をなさない。
この衝動は、師匠と初めて会った時ぶりだ。
「斬りかかってもよい」
その一撃は、意外な形で終わる。
「私の一撃が、止まってる……あなたもしかして」
「いい太刀だ、一閃」
今の一撃、やっぱり間違いない。私は、あの一撃を感じたことがある。
「もう気がついた様子だな、ワシはリングの師匠であり元剣聖だ。さぁ、もうちょっと遊ぼう」
そこからは、二人とも一歩も引かない攻撃が飛びあった。だが、そんな楽しいことは長くは続かないものだ。
「チェックメイトです」
アリアの一撃は、引退した老いぼれのおじさまでは長くは通用しなかったのだ。
剣は空中に舞、地面に突き刺さる。
「まいった降参だ、そういえば名乗ってなかったな、ワシはイタマイじゃ、よろしく」
手を差し出してきたので、私も握手する。
「剣聖少女アリアと申します、これからよろしくお願いします」
そうして、私は師匠の師匠イタマイと出会ったのであった。
「立ち話もいいが近くに家があるんだ、そっちで話そう」
そう言われて、着いていったのだ。先ほども思ったが、相当腕が立つのはわかる。
立ち振る舞いからして、強者の凄みを感じる。
先ほどの組み手、あれ以上の強さと師匠は戦っていたのだと少し悔しくなった。
時代の流れは、本当に残酷なものだ。
「そんな暗い顔をしてどした? 今を楽しむんだよ」
「――はい」
そうして着いた先で、お茶をしつつ世間話を楽しんだ。
「この先を越えるのだろ、それだったらワシも着いていこう、ある魔物と決着をつけようと思ってな」
ある魔物、それはピンと来なかったがイタマイさんが負けるわけないと思ったのであった。
この剣を止められるとしたら、師匠とイタマイさんしかいないと今だけは断言できる。
「絶対勝てますよ」
「歳だけど、いけるかな」
笑っていたイタマイさんは、どこか自信がないように見えた。
その自信のなさが、ダメな結果を生むかもしれないことを私は知っている。
それでもなぜだが、言い出すことができなかった。
覚悟の決まった人に、これ以上水を差すのはダメだ。そう必死に、思い込ませる。
それが、どれだけしんどいことだとわかっていても。
「山は、明日出発するぞ。今日は、妻の手料理を食べるがいい」
そう言って。裏に居たであろう奥様を連れてきてくれたのだ。どこか優しそうなその表情、ここ最近の疲れが一気に飛ぶような気がしたのであった。




