223話 嫉妬
両者の気配が混ざり合い、体内でぶつかり合っている。それも相まって、魔力の高まりは異質なものになっていた。
「聖なる刃」
杖がない状況で、イデリア同様扱えている。これは敵としては厄介に近い存在である。
だがそんな彼でも、私の前ではただの魔物同然であった。
「どの魔法もより格段に強くなっているみたいだけど、私には届いてないわよ」
「くそッ!! 爆ぜろ」
動く瞬間だけ力を入れ、軽く避ける。
「で、まだ斬られ足りないなら、これでも良いだけど?」
私は腰に下げている剣を彼に見せた。彼は苦悩の顔をしている。
そんな時だ。まった魔神王の力が溢れ出そうとしていた。突然苦しみだし、地面に倒れ込む。
触ろうとしたと直後、私の手は祓われたのだ。
「触るな! これは、俺のもんだい。お前の力なんて、借りない」
「強がるのも良いけど、今の状況では数日待たずに死ぬわよ」
残酷な宣告だが、それは事実である。彼もそれはなんとくなくだが、理解しているのだろう。
それでもなお、敵に情けを掛けられたくない。その一心で祓ったと分かる。
「魔神王、このまま乗っ取るのは別にどうでも良いだけど、そんなことしてる暇あったら、早く復活すれば?」
「突然話しかけるな。お前などには関係ないことだろ、奴は渡さないぞ」
「あっそ」
次の瞬間、彼は宙に舞った。上空へと飛ばされ、何も抵抗など出来そうにはない。
「それだったら体を死なせるだけだから」
「お前、それがどういうことか分かっているのか!」
分かってやっているわよ。それしか方法がないからそうするだけなんだから。
冷たい目で彼の後ろ姿を見る。
今から終わる人間を見たところで、揺らぎはしない。
「それじゃさようなら」
彼よりも高い位置に飛び上がる。魔神王は必死の抵抗を見せるべく、結界を発動するがすぐに消えてしまう。
それもそうであろう。魔神王がそれを使った所で、本人でもないのに長い時間使えるわけがないのだ。
体にも拒絶され、死ぬ運命なのだ。
彼の顔はすっかり泣き顔で、先ほどとはまるで別人である。
「浄化」
剣で体を貫くように、手を体に当てた。彼の顔は、なんとも言えない表情で私を見ていた。
次の瞬間、彼は悲痛な叫び声をあげるのだった。
「これに耐えない限り、あなたは助からないわよ」
まだ意識があって良かった。あの子の時は、もう気がついた時には間に合わなった。
それだけが悔やまれる。
ああの時もっと早く気が付いていれば、私はあの子を助けられたのだろう。
そう何度も思ってしまう。でも今回は違う、まだ助かる余地があるのだ。
「リーランスはあなたが生きることを望んでいるわよ」
落ちていく体、悲痛な叫び声、それでも彼の顔から仲間を思う顔が浮かび上がったのだ。
私は彼をそっと抱き抱え、下へとゆっくり落ちていく。
「魔神王を痛ぶった甲斐があったよ。ほんと、助かって良かった」
心からホッとしてしまうのであった。
地面に着く頃には、彼は気絶していた。魔神王との戦いに、彼自身も買ったのだ。
そんな状態で眠っている顔は、犯罪組織をまとめ上げていた団長とはまるで想像がつかないほどの寝顔だった。
「愛くるしい顔だね。女性におぶって眠るなんて中々出来ないわよ」
私は彼をおぶり、寒い大地を後にする。冬の草原は、草木が寒い風に耐えながら、逞しく生きていた。
そうして整えられた道に出る。
「後少しで着くから、その間はゆっくりしててね」
王都の門を抜けると、見知った顔がそこにあった。みんな、呆れた表情をしているがどうしてだろう?
私が不思議に思っていると、フェクトが近くに来る。
「いつまで寝たふり続けてんだお前は!」
そう言って彼の額にデコピンをした。私は反応が少し遅れ、彼の額にカスってしまっていた。
「フェクト、突然何するのよ! こんなことをしていいと思ってんの」
「アリアこそ何言ってんだ。コイツは、おんぶされてから、すぐに目を覚してたぞ」
「それのどこが悪いのよ! 何、もしかして嫉妬でもしてんの、魔神様とあろうお方が」
「て、テメェ言ったな! 暴露したら、ここにいる全員、羨ましいと思ってるわ!」
フェクトは顔を真っ赤にして言う。
私は、鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな顔になる。ゆっくりと後ろに目を向ける。
イデリア、フレリア、ナズナの三人はこちらに目を合わそうとしない。
それになんだか、顔が赤くなっている。
「そ、そういことなので、下ろしてください」
「別に良いのに」
そう言って私は彼を下ろした。彼は少しふらつきながらも自分の足で立っている。
そうして彼は、ビシッと背を正してこう言ったのだ。
「全てをお話しします」
横顔から見る彼の目は、嘘偽りもない目だった。
「わ、わかりました。魔法界本部に案内します」
フレリアは彼を誘導しつつ、その場を後にした。警護用に、ナズナが後を追って行った。
その場に残ったのは、私とイデリアとフェクトである。お互い無言のまま、ゆっくりと歩いていく。
誰も話を切り出さないまま、数分が経った。我慢の限界に私は達してしまい、声を最初にあげる。
「あのさ、今回のことなんだけど壊滅は本当だと思う」
「そうでしょうね。元アジトがあった場所は、跡形も中消えてクレーターまで出来上がっていたそうよ」
それを聞いた途端、歩くのが止まる。私とフェクトを顔を見合わせ、お互い驚いた顔をしていた。
「アジト知ってたの!?」
「そりゃもちろん! 私たちを誰だと思っているの」
イデリアは自信満々に言う。
それでもなお捕まえられずにいたのは、何かしらの理由があるのだろう。
それを本当は聞いても良いが聞かないことにした。
おそらく、今回の出来事は異常事態だったのだろう。把握出来ずにいた理由も聞かないでおこう。
「とりあえずお疲れ様、イデリア」
「そっちこそお疲れ様、まぁでも今からあらいざらい吐いてもらうけどね」
イデリアはとてつもなくやる気に満ち溢れていた。




