216話 賞金首
大雪、猛吹雪。もうすでに見慣れた光景が目の前に広がっていた。
そんな中、一輪の花が咲く。
「これが、私たちが追い求めていた花か」
真っ白で小さなお花。その一輪の花は、それはそれは小さな花の筈なのに存在を放っている。
まるで、魔族の気配のようなものを。
「採取完了! あとは持って帰るだけだね」
それは突然だった。登山道の方から、足音が聞こえてくる。
それもたった一人。その時点で、二人ではないことは確定した。
「その花、渡してもらおうか。剣聖少女」
私を知っている。まぁ知っててもおかしくはないだろう。ただ、それにしては花の情報が早すぎる。
「あなたは誰かしら? 人に頼む態度ではないみたいだけど?」
振り返った瞬間、奴の顔を確認する。清潔そうではない顔で、無愛想な目をしている男が立っていた。
腰には剣を携え、その剣は人を斬っていると断言出来るほどの嫌な感じを身に纏っていた。
「別に名乗ってもいいか。俺は、冒険者を沢山葬ったガイスというものだ」
ガイス? どこかで聞いた名前である。どこで聞いたか思い出せないが、問題ないであろう。
何故なら、私の敵であることには変わりはないからである。
「私に剣を向けるなんて、とんだ死にたがりだね」
「流石は剣聖少女と言った所か。その余裕そうな顔、それを絶望に堕としたいもんだな」
次の瞬間、真剣が私を斬り裂こうと向けられる。素早く避けていく。
繰り出される剣技は、決して強いとも弱いとも言えないほどのレベル。
ただその一振りには、殺気が充分過ぎるほど篭っていた。
「そんなに殺気込めたって、当たるわけないでしょう」
「一殺一刀を軽々避けられるのか。やっぱ、こんなのでは無理か」
人の話を聞かない奴だな。ほんと嫌気がさしてくる。ただ、こんなやつでも私を殺そうとしてくれるのは嬉しいかな。
私だって殺し甲斐があるってもんだから。
「真斬り!」
当てにくる剣技と斬撃を合わせたやつか。普通に避けてたら、二撃目の斬撃の餌食になるってやつね。
「なんで避けてんだよ! 普通にそこは受け止めてもいいだろ!」
「いや、だって遅いだから仕方ないじゃん」
普通の奴なら、死んでてもおかしくないとは思う。私を相手にするのなら、そんな甘っちょろい技は捨てるべき。
「剣技ってもんはね、技なんかなくても強いのよ」
繰り出される一撃は、クレーターが出来上がったのである。
絞り出した声が微かに聞こえた気がした。
「力技じゃねぇかよ……」
「あのな、お前理解しろよ。今真剣で斬ってたら、この山ごと真っ二つだったんだからな。賞金首の奴隷さん」
きっちり魔法で隠していた。ただ、今の一撃で彼が倒れたことによって、魔法が消えたのである。
彼の首には、特徴的な輪っかが付いていた。
「コイツは自身も賞金首なんだろうけど、強い奴に買われてる感じか」
そんな時である。二人が帰ってきたのは。
「お、おかえり〜! 討伐ご苦労様、これ見てお花〜」
私は、先ほどの出来事が嘘のように、愛くるしい子供のような声と仕草で花を二人に見せたのであった。
次の瞬間、勢いよく後ろに下がられたのは言うまでもない。
「それよりこの状況を説明しろよ」
「賞金首なんだけど、奴隷の証である首輪をしてるんだよね」
「情報量が多いわ」
私もそう思う。
「それよりこコイツどうするの。イデリアに預けるの?」
「それも考えたんだけど、おそらくそれをやれば、村は襲われるだろうね」
二人は、不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「この首輪。個人的に付けられてるだよね、オーダーメイドってやつ。コイツの気配が首輪を通して相手に伝わってる」
本当はそれだけではない。おそらく、ここで彼の身元になるような物を剥がせばどうなるか大体の想像は付いてしまう。
「これなんだろう? 外しちゃえ!」
「あ、バカ!?」
気絶した体を空中に押し出し次の瞬間、男は爆発したのであった。
「二人とも怪我はない?」
「ないけどわたし。わたしのせいで」
完全にナズナが動揺している。精神の方も乱れが生じていた。
「ナズナ落ち着いてよく聞いて! ナズナがあの行動を取らなくても、彼は死んでいた。だから気にするな」
「酷い言い方をするんだね、剣聖様」
なんとも斬りたくなるような声。その声の主は、猛吹雪なんて諸共せず、自由気ままに飛んでいた。
「お前が私たちの狙う相手だね。それにしても大丈夫なの? こんな所に姿を表しても」
「心配には及びませんよ、それに私の目的は彼の始末でしたから」
一気に雰囲気が暗くなる。それもとてつもなく嫌な感じである。
今すぐにでも斬りかかりたい、その感情が溢れ出してしまいそうだ。
「本当は村を襲いたかったのに、なんで魔法界のトップが村にいるかな本当に」
「そりゃ残念だったな。でも、お前の居所は大体割れてたけどね」
少しばかり笑っていた顔が暗くなる。それにこちらを本気で睨みつけてくる。
それほどまでに、この状況は彼にとって最悪な状況なのだろう。
それに想定していなかったと推測出来る。
「なんにしてもここであなたは倒すわ」
「いや、君たちとはここでは戦わない。勝てない戦いってしない方がいいだろ?」
「本当にどこまでも腐っているのね」
彼が消えた同時に、道なき道を駆け上がってくる存在が三人。
どれも手だれた冒険者だった者だだろう。
「君たちは誰だか知らないけど、敵なら容赦しないから」
無言で襲いかかってくる。それもめちゃくちゃな剣の振り方である。
どんな形であれ、攻撃をしないとダメなのだろう。それだけ、彼らの尊厳が破壊されたのだろう。
本当に今すぐにでも斬り殺したい。あの男は、人間と呼べるものではない。
魔物になりかけの方が、案外説得力も沸くと思ってしまっていた。
(イデリア、そっちはお願いするわ)
(当たり前よ! 剣聖と管理者の逆鱗に触れたのよ、ただでは倒さないわ)
今は、ただ目の前の敵に集中するのであった。




