197話 被害者代表
ボロボロな姿の男が一人、剣を手に握り出てきた。その目は、何も信じないと訴えかけているかのような目だ。
今の支えは、剣だけなのだろう。
「俺たちはお前ら住民を許すことはない」
話を聞いてくれそうではない。
周りを見ると、住民たちも記憶があるようで、なんとも言えない顔を浮かばせている。
男は、一歩、また一歩と近づいてくる。
「お前は、剣聖少女か。お前が倒したんだな」
「そうだよ、あなたはそれが分かっていても剣を置く気は無いよね」
首を縦に振り下ろした。男はニヤリと笑っているが、その目は笑ってはいなかった。
男は剣を構える。ただ一点、私だけを見ている。私はそれに答えるかのように、剣を鞘から抜き構えた。
「アリア、流石にそれは」
私は言葉を遮るかのように、フェクトの顔を睨みつけた。その瞬間、フェクトは不機嫌そうな顔で見つめたまま口をつぐんだ。
「あなた名前は? 私は剣聖の称号を持つアリアよ」
「いい名前だな。俺は金の冒険者資格を持つゴードンだ」
「褒めてくれて嬉しいわ」
次の瞬間、剣と剣がぶつかり火花が散る中、互いの剣は弾けあった。
ゴードンから伝わってくる剣は、憎しみ、憎悪、復讐が降り積ったかのような剣技。
それだけで、私の剣を弾こうとした。今のゴードンの原動力がより強く、高みへ連れて行ってくれるだろう。
「とてもいい顔だな、剣聖っていうのは、本当に俺たちの高みにいる存在だな」
ゴードンは一気に踏み込んでくる。その体では、そう長くは戦えない。だからこそ、私はゴードンの思いに応えなければならない。
「一撃の太刀」
「ごふ」
ガードしたはずだ。それなのに、体にはダメージが入った。
腹部から出血しているのが、服に血がついたことでより明確になる。
私、本当に今怪我してるんだ。そう思ったら、なぜだかより楽しくなってきたのだった。
「良いねぇ、でも私を殺すのならあなたでは無理だ」
ゴードンは、何かを感じ取ったか、後へ下がった。すごい汗だ。手で拭っても取りきれていない。
いつの間にか目は、右往左往としていた。完全に、落ち着きがなくなっているのが伺える。
それでもなんとかしようとしているが、おそらく限界に近いだろう。
それでも私は言ったのだ。
「何を怯えているんだい? 君はそんな人間ではないだろう」
息遣いの荒くなったゴードンをジッと見つめながら私は、剣を構え直した。
……
(あれではもう無理だろうな)
(そうだね、完全にアリアのペースになってる)
(血を流させたことによって、より全力で答えようとしてる)
あの状況では、もう彼は戦えないだろう。完全に怯えた目は、見ていてこちらが苦しくなりそうだ。
……
そんな時だ。地下の階段を駆け上がってくる音が聞こえた。そうして、地下にいた連中が地上に続々と出てきた。
「ゴードン、俺たちのことを思ってこれ以上無理をするな」
「剣聖少女様、ここはどうか終わらせてはもらえませんか? これ以上先をやってしまえば……」
私はこの時どんな目をしていたのだろう。私を見ている顔は、とても怯えた様子の目をしていた。
「黙れ。それを決めるのはお前たちではない。身の程を弁えろ」
「そうだ、ここは俺と剣聖様との決戦場だ。お前たちには関係ない」
ゴードンの目は、震えていた。とても怖いとこちらにずっと伝わってくる。
それでも彼は、自分の信じた道を突き進んだのだ。
「それを大切にするんだな」
私は木剣を振り下ろした。ゴードンは地面に倒れ込み、戦いは決着した。
倒れたゴードンを見ると、満足と言わんばかりの顔で笑っているようだった。
「住人たち! この件においてゴードンを処罰するのを禁じる! 少しでも怪し動きをしてみろ、その時私は許さない!」
翌日。私はいつものように遅めの朝を迎えるのであった。もう外は、この国の日常なのだろう。
活気に溢れた朝をとっくに迎えていた。
腹部の傷は、ポーションのお陰もありすっかり元に戻ってる。軽くストレッチを済ませ準備に取り掛かった。
部屋から出ると、二人とも同時に出てきて開口一番「遅い」と怒られる始末である。
私は苦笑しつつ、その場から逃げ出すように階段を颯爽と降りたのだった。
「剣聖様、あなたにお客さんよ!」
私は、ここの店主である女将さんに声を掛けられた。
女将さんが軽く仕草を行っている方に目を向ける。そこにはゴードンが居た。
ゴードンは、私が気がつくと深くお辞儀をしてきたのだった。
「あれゴードンじゃん、何か用事でもあった?」
私は明るく気さくに話掛けた。ゴードンの顔は少し、緊張しているように見えたからだ。
「剣聖様、昨日は本当にすみませんでした!」
戦いとはいえ、傷をつけてしまったことにそれなりに罪悪感を抱いていたのが伝わってくる。
私は、もう一度頭を下げている彼に向けて罪悪感がなくなるような言葉を掛けたのだ。
「あれは戦いだったんだよ、傷を付けるのは当たり前じゃん! それに、良い剣技だったよ、もっと高みを目指しなさい」
頭を上げたゴードンの目には、涙を必死に堪えていた。そうして、ゴードンは涙を拭い体を伸ばした。
「剣聖様に勝てるような強い剣士になります!」
「剣士は、そうでなくっちゃ! また戦えるのを楽しみにしてる」
そうしてゴードンは、宿を後にするのであった。私はその背中を暖かな目で見送った。
もしかしたら、本当にまた戦えるかもしれない。そう思うと、胸が熱くなるのを感じる。
そうして後へ振り返ると、ニヤニヤした顔の二人が椅子に座っていた。
「あんたたちどうしてそんなにニヤけているのかな? 返答次第では、剣を抜くことになるけど」
「いや脅さないでくれよ! ただアリアの成長を感じただけだよ」
「アリア、ほんと良い顔してるニャー」
二人はその後も、今日の中々起きてこなかった私に対して嫌がらせをしてくる。
そうして私たちは、朝食を食べに外に赴くのであった。




