175話 ダークエルフの剣士
夏の陽気が続く今日この頃、私は目を覚ました。見知った天井を眺め、ただぼやけた頭で朧げに思い出そうとしていた。
確か……私はフェクトに魔力を与えて湯船に沈んだ。今は宿のベッドの上だ。
ナズナが運んだのだろう。
力を込めて、倒れていた体を起こす。体は疲労感、倦怠感を感じてしまう。
立てるといった動作は、どうにも乗り気にはなれない。まるで体が拒絶しているようだ。
私は、自分がどれぐらい眠っていたのか考えることにした。
おそらく私が気を失ってから、二日は経過していると考えて良いだろう。
それぐらい眠っていた感覚である。
そんなことを考えていた所で、なんら気晴らしにはならない。むしろ、こんなにも眠ってしまったと後悔の波が押し寄せてくる。
ため息をしつつ。本腰を入れて立ってみることにした。その時である、廊下から声が聞こえてきたのだ。
そうして、なんの迷いもなく扉が開いたのだった。
「あ! アリア起きてる、体は大丈夫?」
「アリア大丈夫か?」
二人は私の顔を見るなり、すぐに飛び込んできた。その勢いの凄さに私は、驚きのあまり声が出なくなった。
あらぬ方に心配し、二人が慌てているのを見てようやく声が出た。
「二人ともおはよう。まだ体は本調子じゃないけど、今の所大丈夫だよ」
二人は、ほっとした表情を浮かべている。フェクトは、我に返り、私に向けて土下座してきたのだ。
「本当に済まなかった、あんな失態をした上、アリアにも相当負担を掛けてしまった」
フェクトの顔は見えないが、反省や自分自身を攻めいたのが分かる。
それだけ、重く今回のことを受け止めていたということである。
「顔を上げて。別に何も思ってないし、むしろ戦わせてくれて感謝しているぐらいだよ」
フェクトはそれでも、顔を上げようとしない。その後も、ナズナに言われても上げようとはしなかった。
結局、ナズナに蹴り上げられ観念した。
それから数日立ったある日の事だ、ウェザー所属氷魔法の使い手インスが脱走したと報じられたのは。
「まさか脱走するなんてね」
「一瞬の隙を上手く付かれたって書かれてるけど、王都で逃げるなんてすごい度胸ね」
おそらく、私と戦うためだろう。もう彼は、王都からどうにかして出ている頃だ。
王都を探した所で意味はないだろう。
そうして、その後は何も報道されなかった。何も手がかりが出なかったと推測出来る。
アリアの力が戻る日まで、何もなかった。
ただ毎日、散歩して風呂入ってご飯食べてを何日も繰り返しただけである。
「よくここまで我慢したわね」
「当たり前ですよ、この一ヶ月、沢山休みましたから」
アリアは、力を取り戻したのだ。その瞬間、その衝撃は、アリアの故郷まで届いたという。
その衝撃は「私が帰ってきた!」と宣言しているようだ。それだけの力が、この一ヶ月で溜まっていたのだろう。
私たちは、翌日には国を後にした。
国を離れて、数日経った頃私たちはいつものように、箒で旅をしている。
何事もない日にちが続いていく。まるで、嵐の前の静けさのように。
「これからどうするよ? ここいら何もねぇぞ」
「そうだね。魔物もあんな衝撃を感じたんだ、相当大人しくなってるみたいだし」
「暇なのはイヤだー」
ナズナは、この時間にもうすでに飽きていたのか、駄々をコネ始めていた。
私には、それをどうすることも出来ない。どうにか出来る手札が私にはなかった。
「こんにちは、それではさようなら」
突然箒の上に乗るナニカ。それは人語を話していた、それだけで敵だと判断出来た。
「魔神が偉そうに私の前で、剣を振るうとはなんたる滑稽なことなのでしょう」
「悪かったな滑稽でよ! でもそんな不意にしか攻撃出来ないお前には言われたくない!」
彼女は箒から落ちた。ただ、そんなことは彼女からしてみればどうでも良さそうなことだった。
なぜなら魔法で浮遊を発動し、いつでも狙えると訴えかけてくるようだ。
「アリア、一回ここは俺に任せろ! 一回降りて立て直せ」
私はフェクトに言われるがまま箒の高度を下げた。
……
「空中で双剣を出すことになるとは思わなかったぜ」
「剣聖様と戦いたかったのですがね、あなたですか……がっかりです」
特徴的な耳。あれはエルフ族である、ただ一つ違うといえば、ダークエルフである。
ダークエルフ―闇に堕ちたエルフ族と言われる場合が多い。
ただ、闇に堕ちたと言っても魔物も魔族も殺める。ただ、エルフ族としての誇りを捨てたと言われており、肌の色が褐色である。
「ダークエルフがアリアに何のようだ。返答次第では、ここでお前の人生は終わると思え」
「え? 終わるのはそちらでしょ、魔神だというあなたはたかが人間の魔法使いに貫かれていたではありませんか」
痛い所を的確に貫いてくる。
「二撃・雷豹」
「その程度の魔法、エルフに見せるなんて大した度胸ですね」
彼女の剣は、斬り出された瞬間思い知らされた。俺の剣では、彼女を止めることが出来ないと。
剣は弾かられ、手から離れ落ちる。バランスの崩れた状態、彼女がそれを逃すはずもない。
たった一振りで、俺は敗北という文字を斬りつけられたのだ。
「こっからは私と遊んでもらおうか、エルフさん」
彼女は、アリアを前にし初めて後に引き下がった。俺の時はまるで違う、最高レベルで警戒しているのが分かる。
「後は任せて、彼女はフェクトでは手も足も出ないよ。剣の勝負では」
……
さっきの戦い方を見るに、彼女は私と同じタイプ。ここに来て旅にでてから、初めて同じ戦い方に出会った。
「私は剣聖の称号を持つアリア。そっちのお名前は?」
「クミよ。剣士をしているわ」
空中でぶつかり合う剣、その威力はフェクトの時とはまるで別人のようだ。
手に残るヒリヒリとした感触、強者との戦闘でしか味わえないこれが好きだ。
「空中戦より、地上でやらない?」
「それもそうね、剣聖を殺してみせるわ」
その言葉は、とても重く信念を持った言葉と理解するのであった。




