172話 あなたがいないからこそ輝く者
「アリアの師匠? 頼まれたってどういうことだ?」
「お前たち二人をサポートしてほしいってな、それにイデリアも怒ってるだろうし」
イデリアからは、より不機嫌な状態なのが窺える。舌打ちまで聞こえてくる始末である。
ため息をつきたいが、こんな所で吐いたら何をされるかわかったもんじゃない。
俺は立ち上がり、リングベルトに手を差し出した。
「これからよろしく頼む」
「お前たちより弱いんだ、こき使うんじゃねぇぞー」
そんなことを言っている割には、本部の至る所から、魔力の上昇を感じる。
それだけ、彼が強いと示しているということだろう。
「イデリア、あの文章はねぇだろ。勢い任せで言ってんじゃねぇよ」
「はぁ? 今この状況でアリアが居ないってどういうことか分かるでしょ?」
「前戦を退いて何年経ってると思う? そんなこと知るわけねぇだろ」
「そんなこと言うんだ。あんたの働いている店で、どんだけ金落としてると思っての?」
「お客様は神様じゃねぇだよ、その小さい頭で脅し方を勉強するんだな」
俺たちは、逃げるようにその場を後にするのであった。そうして一度俺たちは、王都の家に帰ってきた。
「お帰りなさい。フェクト、ナズナ」
「久しぶりだなガード、元気だったか?」
「はいもちろん、毎日ゴミが遊びに来るのでより強くなりました」
俺は改めて、ガードを見る。一緒に過ごした数ヶ月よりもより魔力が濃くなっている。
玄関だというのに、木剣が傘のように置かれていた。
「強くなったのは良いことだ、これからも頼むぞ」
「これからもお願いね」
顔を見たかっただけなので、俺たちはすぐに家を出た。そうして俺はあることをナズナに相談した。
「やってみる価値はあると思うよ」
たった一言だった。だがその言葉は、何よりも自分が誰かに言ってほしい言葉だと理解するのに時間は掛からなかった。
……
「遅かったね、王都に行ってたんでしょ」
私が宿の一室でくつろいでいると、二人は入ってきた。少しくたびれた顔をしているが、それはこの国では問題にもならない。
「イデリアとリングベルトが言い合ってたよ」
「それは面白いこと聞いたわ、ご飯食べに行かない?」
二人はすぐさま了承し、ひとしきり飲み食いした。そんな生活を始めて一週間たった頃だろうか。
他の国で異変が起きたのであった。
「二人とも楽しんでらっしゃい! 君たちの力、存分に発揮しなさい!」
……
現場に着くと、戦闘は激化していた。魔法を放つ音、魔物も人間も混ざった叫び声。
それが国の外でひっきりなしに聞こえていた。
「魔物が攻めてきたって感じか。さっさと終わらせるぞ」
「了解ニャー」
そうして俺たちは、アリアの居ない場所で戦闘を始めたのであった。
最初は、殴る蹴るの武闘戦闘をやっていた。だが、アリアがいない分火力が足りない。
そう感じたのだ。
「早速お披露目になりそうね」
ボックスから二本の剣を取り出す。クルクル回し、構えをとった。
「さぁ行くか」
その事は、大きく新聞に掲載された。
……
「随分ド派手にやったわね、見出しもすごい書かれ方してるわよ」
『魔剣フェクト!? その強さは剣聖に匹敵か?』
「いいお披露目になっただろ、ナズナも俺に負けず劣らずだったしな」
「こっちはね、あなたに話題を全て取られてんだからね!」
二人の活躍は、少なくともいい影響を与えている。それが続けば、不安の声はとても小さなものになっていく。
そんなことを考えていた。
私は時計を見る。時刻は、もう日付が変わろうとしていた。
二人を眠らすため、部屋から追い出したのであった。
二人が帰らしたあと、椅子に座った。天井を眺め一人もの思いにふけっていた。
机に置いてあったエールを手に取り、口に運ぶ。
ぬるくはなっていたが、それでも飲めた。
私はふと外に出たくなった。軽装な格好で外に出る。
外に出ると、辺りは真っ暗である。遠くに街灯があるだけだ。
夜の街を、自由気ままに歩いてみる。何があるのか、この道を通ればどこに通じるのか、そんなことを調べる感覚で夜のお散歩を楽しんでいた。
気がつくと、いつの間にか大通りまで出てきていた。辺りを見渡すと、酒場がまだ開いていた。
こんな夜更けだからこそであろう、中の会話が聞こえてくる。
皆んな、意気揚々と喋っているのが分かる。それだけで、私としては嬉しい限りである。
だがここで私が入っていけば、そんな時間も終わりを告げる。それが私には分かっていた。
今の人々は笑いの中にも、不安を抱え込んで生きている。
剣聖が居なくなったことでの不安、それを私は考えてしまうのであった。
「やることないのに、やっぱり出てくるんじゃなかったな」
後悔の言葉を残し、私はその場を後にした。だが、帰る途中、私は声かけらたのだ。
「本当に弱っていらっしゃるのですね」
後ろから声を掛けられた。この私が、簡単に背後を取られたのだ。
私は顔を確認し、そのまま後に飛んだ。
すぐに剣を構え、いつでも攻撃に入れるよう準備する。
「今あなたと戦う気はありません、というかあなたは戦えないですよね」
「それでも私は剣聖だ、そう簡単に倒れないよ」
戦うつもりはないと言っておきながら、魔力が跳ね上がっている。
「ひとつ訂正しましょう、本当は今すぐにでも攻撃したい」
次の瞬間、彼からの右手から魔法が放たれる。それを斬り裂き一気に詰める。
そのまま、斬りかかろうとした直後彼は転移した。
予告の言葉を残して……
「ダークウィッチーズは、あなたがいないことでより輝くでしょう」
上がった息を整え、先ほどまで彼がいた地面を見つめる。その見つめていた表情は、なんとも屈辱的な顔だったと私はそう思ったのだ。
翌朝、二人にこの事を報告した。
二人は冷静に聞いていたが、内心ではどう思っているのか、私には分からなかった。
そうしてまた、何もない日が続く。




