157話 仲間を侮辱され抑えることの出来ない剣聖
コトコトと鍋に入った食材たちが、踊っているかのような音だけが響いていた。
エルフ族の魔法使いは先ほどから杖をこちらに向け、いつまでも威嚇を続けている。
フェクトもナズナも何もしようとはしないが、いささかキレているのが分かる。
それを必死に抑えているつもりだが、それはいつしか殺気として伝わってきていた。
「助けていただいたのには感謝しています、ですが何か裏があるとしか思えません!」
わざわざお高いポーションを一ダースを余裕で使い切らせておいて、それを言うか。
請求しようとも思ったが、後々面倒なことに巻き込まれるのは嫌である。
「私たちは旅をしているんだよ、あてもない旅をね」
「魔神族を従えている者の言葉を信じるわけないだろう」
フェクトの正体に気がついている時点で、まだ私の正体が分からないらしい。
なんとも教養がないのか、情報が出回っていないのか私は知らないが、これ以上隠しても意味もないだろう。
「私は剣聖の称号を持つアリア、それなら分かるよね」
彼女はハッとした様子だが、後にはそう簡単には引き下がれないのであろう。
そのプライドを捨てない限り、この話は決着がつくことはないだろう。
「ねぇアリア、もうご飯食べようよ! 早く食べたいー!」
ナズナが駄々をコネ始めた。それも無理はないだろう、先ほどの時点でご飯は出来ていた。
それなのに、こんな形で我慢を強いられたのだ。駄々をこねるのも無理はないだろう。
「そうだね、じゃあいただきますー!」
「「いただきます!」」
ナズナが取り分けてくれていた皿を受け取る。一日の最後を飾るご飯は格別である。
そしてエールを飲みつつ、夜がすっかりとお出ましとなっていた。
「剣聖様、そうとは知らず申し訳ありませんでした」
ボソボソと言う彼女。なんとか聞き取れるぐらいだが、顔を見ると、真っ赤にして今にでも泣きそうになっている。
「別に気にしてないし、あなたも早く来なさい」
「え、でも、私は……」
「何言ってんだ、食べないとまた怪我するぞ」
ようやく彼女は、こちらに歩み寄ってきた。そしてナズナは、彼女の分も取り分け渡す。
ナズナは笑顔でこう言うのだ。
「美味しいよ!」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
そして一口スープを飲むや否や、とても美味しそうな表情を浮かべ、ご飯を食べていく。
とても気に入ったのか、おかわりまでやってくれた。
「話は後で聞くけど、ちゃんとご飯も食べられてるし、後は寝たらすっかり回復だね」
「本当に、何から何までありがとうございました」
先ほどまで、警戒度マックスであり凝り固まった偏見が嘘みたいに、ほうらかとなっているのが分かる。
それが見られただけで、大満足である。
「とりあえずご飯も食べ終わったし、話を聞かせてくれるかな」
「分かりました、なぜ襲われていたか説明します」
彼女の話を纏めるとこうである。
彼女は、元々この近くにあるエルフの里で暮らしている。定期的に狩を行うため、一人でこの森に来たそうだ。
そこで、魔族と出会い何とか勝ったものの、怪我が酷く、倒れていたら襲われたそうだ。
なんとか逃げていたが、道がないことに気が付かず落ちたみたい。
「魔族か、エルフ族を傷つけるって相当強いな」
「それってさ魔神王の復活が近いことによって凶暴化してるとか?」
「それはあり得ますね。私が戦った魔族は、理性をあまり感じませんでした」
今の所、周囲には魔物の気配は感じない。それに彼女が打った魔力だろうか? その反応が気配にも浮かび上がるほど色濃く感じる。
「そういえば名前を聞いていなかったわね、なんて言うの?」
「あ! 忘れてました、ハーンと申します」
「ハーン、里の連中は救援に来ないのか?」
フェクトに言われるまで、頭から抜け落ちていた。確かにそうである、近くに里があるというのなら、迎えがあってもおかしくない。
「救援には来ませんよ里の人達。今はそんなことより、魔神王ですから」
同じ里に住むハーンより、魔神王優先とはどこか冷たさを感じてしまう。
それだけ、魔神王が強大だということだろうか。
どちらにせよ、エルフ族とは協力関係にあるが魔神王を確実に殺せるのは、この私だけだ。
殺気を出している暇があるのなら、救援に来るべきだと私は思う。
「剣聖様、そんな怖い顔をなさらないでください。エルフ族ってどこかドライな人も多いですから」
「それは違うよ! みんな助け合って行かないとダメに決まってるじゃん」
ナズナは勢いよく立ち上がり、ハーンに向けて力強く言った。
ハーンは少し驚いた様子でナズナのことを見入っていた。
「その通りだよ、人は助けがないとダメだからね」
「そういうことだ、それになんかお出迎えがあるみたいだぜ」
話に聞き入っていて気配感知が疎かになっているのを思い出す。
焦って発動させると、フェクトのいう通り気配がする。
絶大な魔力量を誇るエルフ族特有のやつだ、それが複数。
「フェクトは後ろにいた方がいい、おそらく小競り合いは起こる」
「わたしは準備出来てるよ! 獣人族の強さを見せてやるんだから」
その時は、すぐに訪れたのだ。
「誰に誰の強さを見せるですって、獣風情が」
「お姉様言い方がキツイですわよ、もう少しオブラートに包んであげなきゃ」
「お二人とも、おふざけが過ぎますわよ。我々は、ハーンの救出が目的なのですから」
三人のエルフ族が私たちの前に現れた。私が今すぐにでもキレて暴れたくなるほどには、ムカついている。
「旅人様、今回はハーンを助けていただきありがとうございました」
だがそれが抑えられるほど、私の心は出来上がってはいない。
「テメェら二人、剣聖の剣をその身で体感するんだな!」
私は勢いよく木剣を振り上げ、手前側にいたお姉様とか言われていたエルフ族を壁まで吹き飛ばした。
その勢いのまま、もう一人も勢いよく壁に吹き飛ばしたのだ。
「私の仲間を侮辱したんだ、これぐらい当然だよな」
最後に、お礼を述べていたエルフの首筋に剣を突き立てたのだった。




