138話 ワイバーンステーキと塩対応
ワイバーン、魔物としても一級品である存在。それは、食材でも同じことが言える。
「ワイバーンを調理出来るなんて何が食べたい?」
私はいつにもなく気分が高らかになり、心地よい高揚感に包まれていた。
ワイバーンを調理、それは料理する者からしてみれば、一生に一度は調理してみたいものとして、名が上がるほどだ。
私は、何かしらの返事に期待したのだが一向に声が上がってこない。
不思議に思った私は、ふとワイバーンから二人の方を見た。
その光景に思わず、笑ってしまう私。
「そんな難しく考えなくても良いんだよ、率直に食べたい物をいいなよ」
そう諭してみるが、二人は聞く耳を持とうとはしなかった。ただずっと、よだれを垂らしながら何が食べたいか本気で悩んでいた。
「決まらないなら私、適当に作っちゃうわよ」
その言葉を聞いてか、突然立ち上がる二人。椅子が地面に落ちる音だけが聞こえる。
そして、二人はこちらの方を向き、険しい形相でこちらに歩み寄ってくる。
「何突然、怖いんだけど……」
私の肩を二人は同時に掴み、私の目を見て話しかけてきた。
「「適当なんて言わないでよ!」」
二人揃ってそんなことを言う。険しい形相から一変、目がぷるぷるしており、今にも涙がこぼれ落ちそうである。
「いや、そこはごめんって、それで何が食べたいの?」
何も決めていなかったのだろう、また二人はこの状態のまま黙り込んでしまう。
このままでは埒があかないと思った私は、ある提案をしてみることにした。
案の定、二人はその案に乗ってくれようやく調理が始められる。
私は、そそくさと準備していく。
そうして完成したのがこれである。
「シンプルにワイバーンステーキお待ち!」
私たちの目の前には、先ほど戦ったワイバーンが食卓に並んでいる。
それも分厚く肉厚なステーキとして。
「「いただきます!」」
私たちは、無我夢中で食べた。ワイバーンという、高級な食材をただひたすらにかぶりついた。
肉厚で食べ応えがあり、それなのにあっさりとした味わいは、幾らでも食べられそうに感じたのだった。
「いや、これマジで美味しいね」
私がそんなことを言うが、二人は声を出さず首を縦に振るだけだ。
ただ今は、この目の前にあるお肉と向き合いたいと訴えかけてくるようである。
それに応えるように私は、黙ってステーキを食べるのであった。
そうして食事も終わり、後片付けを済ませ木陰で休んでいると、フェクトが話しかけてきた。
それもなんだか、考えている様子である。
「アリア、今ちょっといいか?」
「どうしたの、何か気になる点があった?」
フェクトは、自分の考えが見透かされているとでも思ったのだろう。
少し驚いた表情をしているのがわかる。
「あのワイバーン、逃げてきたっていう可能性はないか?」
ワイバーンほどの存在が逃げ出す、それはすなわち何かが起ころうとしていると断定できるだろう。
だが、ワイバーンは魔族を倒すこともできると耳にしたことがある。
それなのに逃げてくる? 少し私は疑問に思ったのだ。
「その考えは、正直言って捨てきれない、ただワイバーンが逃げ出すことは早々ないだろ?」
「でも、奴らはこんな所に生息する魔物ではないのは確かだ」
そこはフェクトの言う通りである。だが、逃げ出したという確証がない。
うやむやなまま話をしても埒があかない。
「とりあえず出発してみない? 何か手がかりがあるかもだし」
私は、ここから逃げ出すように言い放った。逃げ出した方がまだ、気が楽だと思ったからだ。
「ナズナ、そろそろ出発するよ」
「ヘーイ」
そうして私たちは、旅を再開させた。ただ、先ほどワイバーンを食べたというのに、空気はそれ以上に重かった。
でもナズナだけは違った、ナズナは積極的に声を掛け和まそうとしているからだ。
「ナズナ、要らない心配を掛けたな、アリア、ここから少し離れた場所に村があるみたい」
「わかったわ、そこで何か手がかりがあるかもね」
私は、軽く返事する。
箒を村の方へと進路を変え、スピードを上げる。
数時間後のことだ、私たちは村にたどり着いたのは。
辺りはすっかりと、オレンジ色の空である。あと少し遅ければ、野宿確定であっただろうと思う。
それを回避できたことに、無意識にホッとしている自分がいる。
そして、村に入ると村人たちはもう誰も歩いては居なかった。
酒場にも気配はなく、まるで何かから守ろうとしている節が見受けられた。
不思議に思ったが、それを考えている余裕はない。
なぜならもう日没が始まっている。
「ごめんください、あの三名泊まりたいんですけど」
少し静かな時間が流れた。そして、ここの店主と思われる老婆が出てきた。
「なんじゃ本当だったのか、この村に旅人が来たっていうことは」
老婆は、少し驚いた様子で私たちを見ていた。それも、なんでこんな場所にと言わんばかりの顔でだ。
そうして、それぞれ個室の鍵を渡され老婆は戻っていた。
「なぁ、ここってだいぶ塩対応すぎねぇか?」
思わずフェクトは、ボソッと呟いてしまう。
「コラ、何言ってんの! 失礼なこと言わないの」
フェクトの頭を軽くしばきつつ、二階へ続く階段を登っていく。
そしてそれぞれ部屋に入り、私はベッドに座りこんだのであった。
旅の疲れが一気に来るのを感じ取る。体が重く今すぐにでも横になったら眠れそうなほどにだ。
私はなんとか奮い立たせ、立ち上がり宿から酒場へと移動した。
そこでも塩対応を受けつつ、食事をして私たちは部屋に帰る。
帰り道、お風呂やが閉まっていたことにショックを受けたが仕方ないと割り切る。
そして、軽く雑談目的で二人はやってきたのだ。
「どうしたの、二人とも?」
「なぁ、この村なんか変じゃないか?」
「わたしもそう思うよ!」
二人はどこかしら、違和感を感じていたのだろう。そうして、夜を老けていくのをただ私は感じるだけなのであった。




