109話 眠れない夜
私は、眠れなかった。
なぜ眠れないのか、そんなことを考えてしまうから眠れないのだ。
だが、妙な気配を感じさせながら遠くからこちらを見ている者がいると言ったのも事実だ。
昼間は、まだ放っておいても問題ないと判断したが夜は違ったのだ。
その放っておけなさは、ナズナにも伝わっているのを食事をした際感じ取った。
どこか、警戒を怠らず語尾にニャーとつけてしまうほどには、興奮している様子だ。
フェクトは、全くそんなことに気がついていなかったが、私は違う。
それも眠れない原因なのだろうか? そんなことを頭の中でぐるぐると思考をめぐらせているようで、おそらく今夜は眠るのは不可能と言ってもいいだろう。
私のテントは、基本的に真ん中に設営しているのだが、右側のフェクトはいびきが聞こえてくるだけで、この調子だと起きることはないであろう。
問題は私の左側に設営してあるテントの家主である。ナズナは、テントに一番早くに入ったものの全く寝る様子はない。
体は疲れていてもおかしくないのに、ナズナも私同様眠れないのだ。
このまま行けば、深夜辺りにでも戦闘は始まるだろうと思ってしまう。ナズナは、この妙な高揚感を正常にするために、一人、この山道を駆け登ってしまうのであろう。
「今でた所で気配の主は手をだしてはこないな」
そう口から漏れてしまう。気配の主より、周りに隠れている魔物が飛び出してきて、それで終わりだ。
だからこそ、私は外にでないのだ。
「ナズナに言っておくべきだったかな」
今更悔やんだ所で終わったことだとわかっている。それは今言っても同じことだ。
ナズナは、一度そうと決めたら動き出しそうなタイプだからだ。
それを私が止めるというのは、相手にとって思う壺であろう。
同士討ちをしてくれた方が、安全に食事ができると思っているあたり、頭のいい魔物なのだとわかる。
その時だ、ナズナの方から音が聞こえてくる。それはテントを開ける音だった。
四つん這いで駆け出して行くのを感じ取る。
興奮すると、ナズナはいつも猫の動きへ変わっていく。それは仕草も声も同様だ。
「仕方ない、私がみ道を開けばいいか」
眠ってくれない体を起こして、私はテントを飛び出して行った。
幸いにも私は、今日はこんなことになるだろうと動きやすい格好をしておいて本当に良かったと思っている。
それを待ち望んでいたかのように、魔物たちが続々と集まってくるのを感じ取る。
それも計画的に動いているのがわかる。
「もしかして気配のアイツか?」
司令塔はそうだとどうにも考えてしまう傾向にある。そんなことを頭の片隅に追いやりながら私は、夜の山道を登っていくのであった。
「じゃまニャー」
そんな声が、少し登った先で聞こえてくる。魔物と接敵し、殺し合いが始まっているのが考えなくてもわかる。
それは結論から言うと、合っていた。
魔物の首を鋭い爪で切り裂き、武術で道を切り開くその姿はどこか、美しいと思った。
いや、思ってしまったのだ。
「ナズナ、アイツの気配が気になるんでしょう? ここは任せて行ってきなさい!」
ナズナは驚いた表情でこちらに振り返った。まさかこの場に居るとは思わなかったのだろう、目をパチパチと何度かさせたのち、ナズナはこう言ったのだ。
「ここは、まかせたニャー」
そう言って、お得意の跳躍を見せ、魔物の集団を飛び越えて行くのであった。
「やぁ君たち、ここで会ったことを後悔する時間だよ」
私は、不適な笑みを浮かべ剣を取り出し構えた。一気にプレッシャーが跳ね上がる。
そして、皆の視線を一気に集めるのであった。
……
わたしはどこか知っていた。アリアが私の変化に気がついていることも、後ろから付いてきていることも全部知っていた。
なのになぜだろうか? それをすっかりと抜け落ちたかのように、わたしは先ほど驚いてしまっていた。
そしてそれ以上に、わたしを見てくれているアリアにわたしは嬉しいという感情に、溺れ落ちそうだ。
「わたしはわたしのやるべきことを集中しなきゃニャー」
いつしか、四足歩行の状態から二足歩行へと戻っていた。そんな些細な変化に気がつきもせず、わたしは地面を大きく蹴り込むように走るのだった。
「あれかな?」
不意に声がでてしまう。そして、嫌な予感も一緒に叩きつけてくるような感覚にも私は陥ったのだ。
それはどこか嫌な気分にさせられるような感覚に似ているような気がする。
そしてそれは、的中する。
魔族とは違うけれど、魔物としては上位種確定なような見た目をしている魔物が一匹いた。
周りに目をやるが他に気配などない。本当にただ一匹、私に立ち塞がるようにいたのだ。
……
「どうやらたどり着いた見たいね」
私は、あの時いた魔物を全て斬り終えた瞬間だった。量はいたけれど、対処はとても余裕であり、息も切らさず立っていた。
そして私は、駆け出したのだ、とても嫌な予感が私を包み込むのを、振り払おうとする感覚というのが、文章にしたら一番近いであろうものだ。
そんな感覚に苛まれながらも、嬉々として進んでいく私が、本当に頭のおかしいヤバい奴だと思い知った瞬間でもあった。
そんなことを思いながら、何分いや十数分走っただろうか。
何度も魔物に行手を阻まれ、何度突破したかわからない頃私は気配の正体にたどり着いたのだ。
最初に見た光景は、ナズナがこちらに放り捨てられた瞬間である。
「ナズナ!? 大丈夫?」
私はナズナを落ちる寸前にキャッチをし、こちらに抱き寄せた。
先ほどまでとはまるで違う、ボロボロな姿で空の目をしている。
何も声をださずただ真っ直ぐ、私の顔を見ているようだった。私は、ナズナを端においた。
「テメェか、うちのナズナがお世話になったな」
一気にプレッシャーが跳ね上がり、しまっていた剣を私は取り出した。
そして歪な気配を醸し出すアイツに向けて、私は駆け出すのであった。




