105話 言い合い
「で、説明はしてくれるんだよな」
フェクトの声は、ドスが効いていてものすごく怖い。そう思ってしまいたくなるほどだ。
それだけ怒っているのが伝わってくる。
「はい、見えている山は通称首斬山と言います、首斬峠とも呼ばれています」
首斬峠―そう名付けられたのには由来がある。それは簡単なことだ、そこで魔物を狩っていた冒険者である男が、全て首を斬っていたからだ。
そのため、首斬山と言われるようになり、そして首斬峠も今では観光名所となっている。
そして、魔物たちも多く生息し日々冒険者の首を狩ろうと奔走しているそうだ。
「なんであそこに行きたいわけ? 飛んで超えたら良くない?」
ナズナの意見はごもっとも過ぎる。ただ、私は剣聖である前に、剣士である。
自分の実力を、ここでより知らしめたいと思っている。
それが、剣と添い遂げると決めた者の覚悟でもあると言っていいだろう。
「せっかくの機会だよ、やっぱり体験しておきたいじゃん」
「あのな、普通に考えてな流石にその選択肢はないだろう」
私の中で、先ほどまで恐怖でそこまで何も思っていなかったことが、溢れ出すかのように言葉が出てくる。
「何言っての、君たちいつもいつも戦いたいなんて言ってるのに、こういう時には僕たち戦いたくありませんだって、ふざけてんのか!」
完全の逆ギレである。そのことはお構いなしに、私は立ち上がり床を踏みしめるように、音を出して一歩前に踏み出す。
「あのな落ち着いて聞けって、ここの魔物は最近どこか不安定らしい、だから徒歩は危険なんだよ」
「魔神が何言ってんの? 自分の種族を忘れた?」
「忘れてねぇよ、冒険者も挑んでいるが死亡者も沢山でてる、だから止めてんだよ!」
死亡者がでているから止めてる、何こいつ言っての? それが頭の中で生まれる。
だが、それは奥底へとグッと押し込むように頑丈に言わないように蓋をする。
だが、いつかは蓋が壊れ、言葉をぶち撒けるかもしれない。でもそれは今じゃない。
「私は剣聖よ、それを対処するのも仕事ってもんでしょ!」
「誰も頼んでいないだろ! なんでそれがわからないかな、アリアが強いことぐらい、身にしみてわかってる。だから止めてんだよ!」
「それで死ぬぐらいどうでもいいよ、私はねそんなので殺されないよ」
そんなことぐらいフェクトだってわかっている、だからこそ、頭に血が上って狂戦士のように戦ってほしくないのだろう。
あてもない旅だから、安全に旅をしたっていいと言いたいのが伝わってくる。
だが、それは私の思っているあてもない旅ではない。
それは、単に面白くない冒険譚だ。そんなのを読んで誰が喜ぶ、誰が楽しんでくれる。それがわかっていないようでは、フェクトもまだまだわかっていない。
「冒険と言うものはね、スリルがあってのものなんだよ。トラブルを解決しながら進んでいく、それの何が悪いんだよ!」
「二人とも一回落ち着いて、ヒートアップしすぎだよ」
そう間に入ったのは、ナズナであった。ナズナは最初部屋に入ってきた時は、怒っているようにも見えたが、今は違う。
完全にヒートアップしすぎた私たちのせいで、怒りという感情が完全に鎮火している。
怒りから、呆れているという感情に変わっている。
「とりあえず二人とも言い過ぎだよ、言いたいこともあるだろうけど落ち着いて」
私とフェクトは、どこか気まずそうにしていたが、今は違うと心を落ちつかせた。
「とりあえず、黙っていたことは謝る。ごめんなさい、それにフェクト言いすぎたわ」
私は落ち着いたと同時に心から謝罪をするのだった。
「俺も言いすぎた、それは済まなかった」
そうして、言い合いは終わったのだ。それから私たちは、気晴らしになるだろうと、ギルドの方に足を運ぶことなった。
その提案をしたのは、ナズナだった。その理由は、最近の冒険者の死亡事件について気になることがあったからだ。
それは、ギルドとしての対応だ。
前に滞在していた国のギルドみたく、機能が上手く回っていないのか、対応しているが、それがダメなのか、そのような点が気になったそうだ。
私もそれを言われて、確かになと思う他なかった。私は、首斬峠に心を奪われていたため、そんなことに対して気にも止めていなかったと反省する。
「ナズナ、ギルドの道知ってるんだな」
ナズナは、まだこの村に入って数時間経っていない中、完全に道を覚えているような動きだ。
「大きい村だけど、何回か通ってたらわかるよ」
ナズナは、後に振り返り笑顔とともに言ってくれた。そんなことで、私たちはギルドの方に着いた。
ギルドの外見は、とても綺麗で整備が行きとどいている様子だ。
「内面が汚かったら意味がないけどな」
フェクトはボソッとそんなことを言った。
「じゃあ、入るわよ!」
そう言って、私は扉を開けた。ギルド内はどこか落ち着いた雰囲気を放っており、冒険者もまばらである。
ギルド職員たちも、それぞれの仕事で忙しそうに仕事をしている。
ただ一人、扉が開いた瞬間音に反応してかこちらを向く女性がいた。
「剣聖様、お待ちしておりました」
おそらく立ち振る舞いからして、この村のギルド長といったところだろうか、一人だけオーラが違って見えるかのようだった。
「あなたは誰ですか?」
「あーそうだったね剣聖様、名乗るのをすっかり忘れてしまっていたよ」
そんなことを言いながら、女性は高らかな声を上げ笑っていた。
「私はここでギルド長をしているマクアサというものだ、以後知っておいていただけるとありがたい」
彼女と軽い握手を交わし、その近くにあった席へと案内された。
座った途端彼女は、足を組み座りだした。おそらく彼女のデフォな座り方なのだろう。
「気楽に話を聞いてくれるとありがたい、首斬峠のクエストを受けてはもらえないかい?」
「分かりました、具体的に何をすれば?」
「そんな堅苦しい話の前に、酒でも飲もうではないか!」
そう言って彼女は立ち上がり、裏からキンキンに冷えているであろうエールの瓶を四本持って現れたのであった。
その時私は確信した、この人は自分が飲みたいだけなのだと。




