36話 天空に嘶く一角合獣
コイツが、アルゲたちが崇拝する……御主。
翼を羽ばたかせながら、そのドラゴンは上空に炎を吐く。そして、ドラゴンは品定めするように俺達を見回す。
『その少年は、殺せていないようだね……。アルゲ?』
『も、申し訳ございません……御主。些か、彼には手を焼かされまして――』
『だから、早く殺せって言ったじゃないか。その機会は幾らでもあったはずだけど?』
『申し開きもございませんっ……』
何故このドラゴンは、俺をここまで殺したいのか。
何か怨まれる事でもしたのか、全く身に覚えがない。寧ろ、あの時の村で一度、ドラゴンの咆哮を聞いただけだ。
それで、母さんとイアは……。
思い返す度に、俺はドラゴンへの憎悪と嫌悪感で、かき乱される。俺は思わず、口を開いていた。
「何故お前は、俺をそんなに殺したい? 寧ろ、逆恨みだっ。お前とは違うドラゴンかも知れないが、俺の母さんと……イアは、炎で――」
『あぁ……。あの村を焼いたのは、《《ボク》》だよ』
そのドラゴンは、一呼吸おいてあっさりと言葉を吐いた。
復讐の対象が、このドラゴンだと知った俺は、体が痙攣するように暴れ出す。感情の高ぶりによるモノなのか、拳を強く握り締め、今すぐにでも顔面を殴りたかった。
いや、もう駆け出していた。
俺は瞬きもせず、ドラゴンを一直線に見つめ、滅茶苦茶に走り出していた。
コイツが、母さんとイアを殺したっ。赦せないっ、絶対にっ。
そんな思いを阻むかのように、ホテプはアルゲに使った超能力で俺を浮かし、拒んだ。
引き戻された俺は、頭に血が上り、ホテプに怒りをぶつけていた。
「ホテプッ、離せっ。アイツがっ、アイツが俺の家族を殺したんだっ。アイツがっ!」
『落ち着けっ、我が主。怨讐は必ず、自分に跳ね返るっ。彼奴の挑発に乗ってはいかんっ』
宥めるホテプに耳を貸さず、俺は空中で藻掻き暴れる。
『何もボクは、攪乱を狙って挑発したつもりは無いよ。すべて本当だから。それに、君にも恨みはあるんだよ? クレオ・フィロ・ホテプ』
『なに?』
ドラゴンはホテプを指しながら答え、目線が鋭くなる。
ドラゴンは切り返すように、また翼を大きく広げ、一際声量を増した声で答える。
『お喋りは終わりだ。アルゲ、《《あれ》》を出して』
『畏まりました』
アルゲは懐を探り、何かを取り出す。
それは、見覚えのある時計だった。
『我のペンダントッ――』
あの時、ホテプが敗れた時に奪われた時計のペンダントだ。
それを見たホテプは、俺に掛けていた術を解き、アルゲの下に駆けていた。アルゲは翼を広げて後退し、時計を上に翳す。
『もう一度っ、あの時の苦しみを味わってくださいっ。ホテプさんっ』
眩い光が、アルゲの持つ時計から波及するように周りに広がる。
『がっ……あぁ……くっ……』
その光がホテプに当たると、突然苦しみだす。
それに伴い、ホテプの褐色の肌が霞んでいく。それこそ、最初に出逢ったホテプと同じように。
見ても分かる程、ホテプの力は徐々に失われていくのが分かった。
同時に効果を失ったのか、ホテプの生み出した太陽が消えていく。次第に辺りは翳り始め、黄昏時の薄暮が訪れた。
ホテプの太陽で明るかったが、視界が闇に奪われていく。
この短時間で、夜目などは利かない。人間なら尚更。
そして、いつの間にかホテプの召喚した英霊が、姿を消している。あれだけの数が、一瞬で。
俺はホテプの状況から冷静さを取り戻し、彼女の下に駆けだしていた。
「ホテプっ、大丈夫かっ」
『な、なぁに……案ずるな。少々、力を失ったところで負けはせん……。しかし、太陽と英霊を召喚したのが、裏目に出たか……』
明らかにカラ元気であるのが分かる。
ホテプは脂汗を出しながら、俺の肩に摑まる。ツバキ達も駆け寄り、ホテプの安否を確認した。
しかし、今のは何なんだ。本来、ホテプが所有していた物で、自分が苦しむのは可笑しい。俺はドラゴンに対して、怒号を上げた。
「ドラゴンッ、ホテプに何をしたっ」
『クレオから一通り、力を吸い取ったのさ。ちょっと時計に細工をしてね。でも、まだ足りないみたいだから、早く他の国でも――』
『我を名前で呼ぶなっ! 呼んでいいのは……我が主、ただ一人だっ』
苦しみながらも、そう答えるホテプに、俺は一瞬の優越感を感じて嬉しかった。
だが、悠長なことはしていられなかった。召喚獣やモンスター達が活性化を始め、狂乱していく。
暗闇が召喚獣たちにとって、有利である事が分かった。それをホテプが太陽を生み出してくれたお陰で、抑制できていたのだ。
それに気付けなかった自分を恥じ、俯く。すると、ホテプは俺に顔を近付ける。
『我が主だけの敗因だけではない。我も、早々に決着をつけるべきだった。これは、我々全員の敗北だ。だが、住民も逃がす事は出来た。後は退くだけだ……主』
「そう、だな……。ありがとう……」
『礼には及ばん。さぁ、生きて還ろうぞ……我が主。皆と居れば、怖いもの無しだ』
ホテプには、全て見透かされていたか。
流石、長者と言った所かな。一国の長としての勘なのか、神が故になのか。年長者は敬わないとな。
『……我が主よ。今、失礼な事を考えていないか?』
「ふっ……。そんな訳ないさ。それより、この大群どうしようか……」
先程、頭の中で考えていた事も見透かされながら、この状況をどう脱しようか、頭を悩ませる。
突然、キラが俺達の前に立ち塞がり、大きく体を逸らす。
蹄を高く上げ、砂漠に着地したと同時にキラの周りに雷が何本も降り注ぐ。そして、どこまでも響くような嘶きを轟かせ、地面を這うように電撃が流れる。
雨のように降り注ぐ雷と、地面を這う電撃が召喚獣を一網打尽。
あっと言う間に数を減らし、活路が見え始める。その姿を見ていたツバキとメニカは、キラの下に駆け寄り始めた。
メニカは砂上をバンカーで打ち出し、砂の柱が聳え立つ。
そこにキラの電撃が当たり、黄色のガラスのような形が出来上がる。
それをツバキが、拳や脚で打ち出し、仕留め損なったモンスターや召喚獣に止めを刺していく。
初めてとは思えないその連携に、俺は呆気に取られていた。その横で、ホテプがこちらを見て笑う。
『我の言った通り……《《皆で居れば怖いもの無し》》、だ』
ホテプの言葉に、俺は笑顔で返す。
それを尻目に、キラは少し盛り上がった砂上に立ち、天高く嘶いた。
俺はその光景を見て、既視感を覚える。
そうだ。あの時、夢で見た光景と酷似している。
空と大地が揺れるような嘶き、微かな夕暮れに照らされた白毛が黄金に輝いている。呼応するように、尻尾の蛇と背中の山羊も触発されるように、吼えた。
敵の数が、キラたちの急襲により道が開けた。
『ケイアッ、乗ってっ』
俺はキラの呼び声に応え、背中に跨る。
ホテプの腕を引き、一緒にキラの背中に乗せて走り出す。
『逃がすとっ、御思いですかっ』
後ろから蝙蝠の羽を広げたアルゲが、鬼気迫る顔で追ってくる。
それを、キラの尻尾の蛇が毒霧を撒き散らし、進行を防いだ。他の十二妖星も猛毒には近寄れず、その場から離れて行く。
毒霧に中てられた召喚獣たちは、次々と体中に水膨れのようなものが出来、近付けぬまま絶命していく。
俺達は、まだ戦っているフェヒターさんの下へと、ツバキ達と駆け出した。
「くっ……」
流石に三人相手は、欲張りすぎたようだな。
羊の女には手品のような魔法で翻弄され、獅子には殴打で肋骨が何本かイカれてしまった。
だが、特筆すべきは……あの堕天使だ。
魔法は一切使わないが、剣の太刀筋が異常なほど乱れない。疲れ知らずなのか、単にバカ力なのか。
遅かれ早かれ、殺されるのは時間の問題か。動く度に、脇腹から血が滲んでくる。
それに、先程から竜巻やら太陽やらが出て、忙しい気候だな。しまいには、水色の霊体までも出てきて消える。
一体どうなってるんだ。
『おい、さっきまでの威勢はどこいったんだよっ』
「はっ……。お前の頭でよく考えるんだな……獅子頭っ……」
『コイツッ……』
強がっては見せたが、如何せん……どうにもならんな。
ケイア殿は、無事なのだろうか――。
心配している最中、滑空する堕天使に距離を詰められ、不意を突かれる。横薙ぎで灰色の豪剣が、私の腹目掛けて迫る。
私は咄嗟に、鉄槌刀を砂漠に突き刺し、固定して防御を試みる。
『フッ……』
堕天使は私の行動を見て鼻で笑う。
顔は骸骨の仮面で見えないが、明らかに嘲笑している。
この鉄槌刀は、鉄棒のようなものだ。滅多なことが無ければ折れる事は無い。私は一抹の不安を抱えつつ、自身の刀に力を込める。
『吹き飛べっ……』
刃が触れた瞬間、鈍い音と共に腕に衝撃が伝わる。
そして、さらに力が加えられ、鉄槌刀が僅かに曲がり始めた。その威力に耐えられず、深くまで刺さった鉄槌刀ごと、私は後ろへと吹き飛ばされていた。
「あぁ……くっ……」
転がり続けて、体の至る所に激痛が走る。
痛みを抑えようと、血が滲んだ脇腹を抑えて耐える。
うずくまる私に対して、堕天使の男は鎧を鳴らしながら迫る。
その時、遠雷が鳴り響く。聞き覚えのある雷が、私の方に近付いてくる。
『隊長っ。へばってるんとちゃうかっ?』
「何をしてるっ、デモンッ……。自分の持ち場に……戻れっ」
『そんな格好で言われても、何の迫力も無いわ。それに、ウチらの部隊も柔やない。総大将を護るんは下っ端の役目やろ?』
体を起こしてくれながら、デモンは優しく微笑む。
私は脇を抑えながら砂上に座り、デモンが伏魔十二妖星に向かって行く。髪がバチバチと雷が走り、いつになく怒りを露わにしながら、その背中を見つめる。
『遠から者は音に聞けっ、近くば寄って目にも見よっ。ウチは第一師団、斬り込み隊長。デモン・リッベントロップッ、電撃の鬼武者と呼ばわれる所以……その身でしかと刻み込めっ』
名乗る直後、デモンは呼び動作なく駆け出す。
前傾姿勢で駆けだし、刀を抜く。それを肩に乗せ、刀に稲妻が纏わりつく。デモンの体も帯電し、蒼白い光へと変化する。
その駆ける疾さに、周りに点在する召喚獣たちは巻き込まれ、焼け焦げていく。
デモンは堕天使の男の手前で、脚を使ってブレーキを踏む。その脚からバチバチと電気が駆け抜け、デモンは体勢を変えて捻りを加える。
そして、自身の刀を地面に叩き付ける。
『霹靂神流……雷霆雨ノ如シッ』
刀から扇形に衝撃が地面を這い、後を追うように雷光が雷雨のように降り注ぐ。
広範囲に注ぐ稲妻に、召喚獣は過半数が消滅した。だが、惜しくも伏魔十二妖星の三人には避けられしまった。
それを見越してか、デモンは再び砂を蹴る。
先程、私に深傷を負わせた堕天使に向かって。
『ぬぅぅおおおおおっ』
雄叫びを上げながら、堕天使の胴体目掛けて横一文字に斬りかかる。
その咆哮に臆することなく、堕天使は自分の剣の腹を見せ、両手で防御の構えをとる。
ガキンッ、という金属のぶつかり合う音が砂漠に響き、両者の鍔迫りが起こる。
『宛ら《さなが》狂戦士だな。その流派、誰に指南を受けた……?』
『アンタに言う訳ないやろっ』
刀に力を込めて振り抜き、吹き飛ばそうとするが、堕天使は後方へと下がる。
堕天使の横には、十二妖星の二人も集結している。デモンは再び刀を構え、どちらも互いの出方を窺っている。
ケイア殿っ、早く帰ってきて下さいっ。これ以上長引けば、デモンも同じく私のように……。
若しや、どこかで命を――。
「フェヒターさぁぁんっ!」
「フェヒターさぁぁんっ!」
遠くに見える二人に呼び掛け、フェヒターさんの下に辿り着く。
その姿は何とも無残なものだった。鎧の所々に血が付着し、脇腹の部分は装甲が無く、そこから鮮血が滲み出ている。
座っていても辛そうに見え、息も絶え絶えだ。
「フェヒターさんっ、大丈夫ですかっ。今、治療します」
「面目ないです……」
俺はフェヒターさんの脇腹に掌を添え、回復を施す。
一瞬で傷は塞がり、フェヒターさんは直ぐ様、その場に立ち上がる。
おかしいな……。こんなに早く効く魔法じゃないのに、体を動かせるスピードが以前と違いすぎる。
「わぁ……。ありがとうございます、ケイア殿。見違える程に、力が湧いてきますっ」
「そ、そうですか……。それなら良かったです……」
「これで、奴らとも戦え――。って、この方は」
『久しいな、第一師団長』
「ホテプさん、生きておられたのですか……。それに、見知らぬキメラまでも……」
『なにぶん、悪運が強い体質らしい。さっ、退却するぞ。住人は我が逃がしておいた、ここに長居は無用だ』
「ま、待ってくださいっ」
フェヒターさんは周りをキョロキョロと見渡し、誰かを探している。
「あの、スザクの姿が見当たらないのですが……」
「その……。スザクさんは妹さんを見つけたっきり、戻ってこないんです……」
「えっ、タスキがっ。生きていたのですかっ」
「はい……。ですが、魔物に姿を変えられてしまって……。それでスザクさんは、タスキさんを助け出そうとして、そこから別れてしまいました」
「そう、だったのですか……」
肩を落として落ち込むフェヒターさん。
彼なりに、スザクさんを心配していた分、この状況下で救い出すのは絶望的だと判断したのだろう。
だが、師団長であるが故、すぐに表情を切り替える。
後方に体を向け、死闘を繰り広げる兵士に命令する。
「皆、よく聞けっ。ケイア殿のお陰で、救出は果たされたっ。よって我らはっ、デファンスの長城でドラゴーネと落ち合いっ、オリバー皇国へと帰還するっ。これは潰走ではないっ……勝利への花道だっ」
その雄叫びに呼応し、兵は一斉に後退を始める。




