32話 守りたいもの
『ほらっ、ぼうっとしてたら死んじゃうよっ』
『キャハハハッ』
子供の体躯からは有り得ない程の跳躍力に、一瞬たじろぐ。
『ケイアッ、何してるっ。避けろっ』
横に居るツバキが叫んで、俺の前に立つ。
ツバキは二人と混戦となり、素早い攻撃に苦戦している。未だに分からないのは、金髪の子が持っている腕に嵌め込むシールドだ。
盾なのにギザギザした剣のようなものが、隙間から出ている。相手の手の内が見えない以上、無闇に近距離で戦うのは避けるべきだ。
それに、ツバキとイアに似た彼女達が戦う姿を俺は兎に角、見たくなかった。
『お姉さんも硬いね、オーガのくせに。でも、首元はどうかな』
『オーガって何色かな』
『くっ……』
ツバキの力は強いはずなのに、あっさりとシールドで防がれ、その拳を撥ね退ける。
それにより、ツバキは大きく体勢がのけ反り、上半身がガラ空きになる。シールドを持つ手をツバキの首に近付け、その子はニヤリと笑う。
次の瞬間、シールドに隠されたギザギザの剣が伸縮する。それでさっきの住人を悟られずに殺したのだろう。
それを瞬時に悟ったツバキは、首を横に振り、掠り傷程度で避ける事が出来た。
お互い後ろに下がり、盾を持った金髪の子はシールドの籠手を動かしながら、ニヤニヤとこちらを見る。
『やっぱり最初に、手の内を明かしたのが、良くなかったかな……』
『それで避けられても、いくらでも殺りようはあるよ』
双子は互いに肩を叩きながら慰め合い、今度はメニカとキラに視線を向け、襲い掛かる。
向かってくる二人に対して、メニカは床をバンカーで撃ち抜こうとする。
「ダメだメニカっ、それだと住人に被害が出るっ」
その言葉でメニカが躊躇い、動きを止めてしまう。
それを逃さない緑髪の子が、素早くメニカに登り、頭部にナイフを突き立てようとしている。
キラも魔法で援護しようとするが、メニカに当たる危険性と金髪の子がシールドで近接攻撃をしてくる為、手が出せない。
ダメかと思われたが、メニカは機転を利かせてアクセルモードに切り替えて回避する。再びナチュラルモードに切り替え、攻撃に備える。
『変形するのぉ……。めんどくさいなぁ……』
緑髪の子は肩を下ろしながら溜息を吐き、キラの方は連続で繰り出される魔法に手を焼く金髪の子。
双子はターゲットを交換し、再びメニカとキラに攻撃を仕掛ける。
メニカは盾持ちの子にバンカーを打ち込む瞬間、その子は何かを呟いている。盾にメニカの拳が当たり、そこからアンカーが作動し、衝撃波が飛ぶ。
が、盾から何か《《歪み》》のようなものが発生し、衝撃波は起こらなかった。
『ッ――』
『効かない効かないっ、そんなのっ』
困惑するメニカをシールドで押し退け、盾で連撃をくらわす。
メニカは必死に腕でガードし、何とか防いでいる。
その現象はキラにも起きていた。
キラが魔法を放ち、緑髪の子に直撃したと思ったが、何も無かったようにケロッとしている。
キラは驚きの表情を見せ、俺にも何が起こっているのか分からない。
『分からないって顔だね』
『カスト達が特別に教えてあげるよ。カスト達、二人はね……時を戻せるんだよ。スゴイでしょ』
時を戻せる。
何を言っているのか、さっぱり分からない。
俺が困惑している顔を、二人は大きく歯を見せながら笑っている。余程、自分の力を見せびらかしたいのがよく分かる。
取り敢えず、あの能力がいつ発動しているのか。それを探る必要がある。
俺はシールドを所持している子に突っ込み、手探りで相手の出方を窺う。
一歩踏み出す瞬間、俺は火背拳を噴射させ、加速力に転用し、一気に間合いを詰める。
『おっ、速い』
驚いているように見せているが、この子には全く焦りを感じない。
飄々と拳や蹴り技を躱し、シールドを使って反撃してくる。体格が小さい為、足下ばかり狙われる。
俺は何とか隙を見つけようと、相手に攻撃を撃たせ続ける。
金髪のカストは大きく飛び上がり、シールドを大きく振りかぶる。それを回避し、俺は火背拳をカストの脇腹にお見舞いする。
「火背拳っ!」
『――』
俺が体に触れた瞬間、カストは何かを唱えた。
放たれたはずの火背拳は、背中に火柱を上げる事なく、静寂だけが取り残されていた。
コイツに勝つ術はあるのか。小さなダメージを与えた程度で、致命傷にはならない。今の俺には、拳で奴を倒すことが出来ない。
冷や汗を出しながら指が震え出し、カストを直視できない。そして、金髪のカストはゆっくりと近づき、手を伸ばしてくる。
『もう一つ、良いこと教えてあげる。この手が兄さんに触れて、時間を戻したらどうなると思う? 小さい頃に戻るか、赤ちゃんにまで戻るか。もしくは……存在自体、消えるかもね』
その発言に、俺は恐怖した。
死を覚悟した時、双子が片耳を抑えながら誰かと受け答えをしている。
『アルゲか。今いい所なのに、通信で邪魔しないでよ。今、殺せそうだったのに――。えっ……ルクバがやられたっ。誰に殺されたの――そう。――でも、今なら倒せるのに……。――はぁ……分かったよ、戻ればいいんでしょ』
カスト二人は不貞腐れながらこちらに振り向き、手を振りながら消えていく。
『ばいばい、兄さん。邪魔が入っちゃったから、もう行くね』
『それまで、死んじゃダメだよ。お兄ちゃん』
居なくなったお陰で、緊張の糸が緩み、その場で膝を折る。
三人が俺の下に駆け寄り、慰める。
自分の妹に似た相手と戦うのは、幾らなんでもやり過ぎだ。死んだ人間を模倣し、自分の配下に置くのは幾ら何でも悪趣味にもほどがある。
アレが本物のイアでない事だけを、切に願いたい。
俺は頭を振りながら、住民を安全な場所に避難させる事に専念する。今しかチャンスは無い。
城内の一番端を目指し、メニカに壁を破壊してもらう。城門の反対側に走り出し、住民を引き連れて目的の場所を見つける。
敵に会うことなく、城門の反対側にある食堂に辿り着く。
「やってくれ、メニカ」
『了解。破片ガ飛ビマス、下ガッテクダサイ』
メニカは一発で壁を破壊し、通りやすくする為に穴を広げてくれた。
俺達は外に出て、続くように住民も後ろから付いてくるように促す。この場には敵はおらず、囲われた城壁が聳え立つ。
これも破壊すれば、本当の意味で脱出できる。
俺は再びメニカに壁を破壊するようお願いする。
メニカは腕のパイルバンカーを作動させ、城壁を撃ち貫く。城壁の外には、チラホラと敵はいるが手を焼く程ではない。
俺達は素早く召喚獣たちを倒し、大回りをしてフェヒターさんの部隊と合流する事にした。
『見付けましたよ、ケイアさん』
聞き覚えのある声に、俺は上を見上げる。そこにはアルゲ、アルデ、スピカの三人が降り立つ。
アルゲの両手には、あの時、縛り付けらえた少女が椅子ごと運ばれてくる。
少女は泣きながら、家族を呼んで反芻している。
『私達だけ抜け出して正解でした。こうしてアナタと、またお会いできたのですから』
俺は三人を、恨みを込めて睨み付ける。
いつもコイツらに邪魔ばかりされる。何故そこまで俺を殺す必要がある、何故、俺にそこまで拘る。
『今度こそ、死んで頂きます』
ケイア殿は、無事に救出できたのでしょうか。こちらは、あと何分持つか分かりません。
伏魔十二妖星が何故か戦場に集結し始めて、この場に居る兵士では抑えきれません。それに、あのダーク・プリーステスの強さは異常です。
『フフッハハハハハハハ……アッハハハハハ』
腕で宙を切る動作をしただけで、衝撃波が刃物のように兵士が切り刻まれていく。
それに、デモン一人で伏魔十二妖星の二人を抑えるにはもう限界でしょう。ここは、私が出るしかない。
「《《あれ》》を持ってきてくれ」
「はっ」
私は兵士に頼み、ある物を持ってこさせる。
兵士が二人係で持って来た物は、刃の無い鉄の棒。私の身長を遥かに超える為、常人は片手で持つ事は出来ない。
私はそれを手に持ち、馬から降りる。
私が歩き出すと、馬は鼻を鳴らしながら前掻きをする。私は馬に近付いて、顔を撫でる。
「すぐに戻る……」
私はそう言い残し、ゆっくり歩を進め、背中に得物を背負い、高みの見物をしている伏魔十二妖星、三人に近付いて行く。
「羊に獅子、それに加え堕天使とは。変わったブレーメンだな」
『誰……?』
『俺様と戦いたいのか?』
『銀の甲冑……。第一師団長か……』
数では分が悪いが、戦場では言い訳は通用しない。散って逝った仲間の為にも、背を向けて帰る訳にはいかない。
ケイア殿が戻ってくるまでの間、耐え抜けばいい。
私は背中の《《鉄槌刀》》を抜き、両手で構える。
その瞬間、獅子が突然走り出してくる。大きく長い爪を動かしながら、こちらに向かって疾走する。
『そんな物干し竿でっ、間合いが取れんのかっ!』
「ふっ……」
私は鉄槌刀を砂に突き立て、素手で獅子の大振りな攻撃を受け流し、体勢を崩させた後、刀を引き抜く。私は鉄槌刀を大きく振りかぶり、獅子の腹に直撃する。
「ぬぅぅあああああっ」
『かっ……!?』
その衝撃波が波紋のように広がり、獅子は数メートル吹き飛ばされながら砂塵が舞う。
殺す気で打ち込んだ一撃を、獅子は腹を擦りながら起き上がる。鋭い眼光で睨み付け、苦しそうに声を出す。
『や、野郎っ……』
部下を殺されて、これで終わりと思うな。ここから私の、弔い合戦だ。
「その一撃で倒れるなよ。死んで逝った仲間の苦しみは、こんなものじゃないぞっ」
「はぁ……はぁ……」
『あの時のように都合よくは事を運びませんよ。可能性としては、そこのオーガさんが魔人化にでもなれば、話は別ですがね』
何度かアルゲたちの目を盗もうとしたが、ダメだ。
結界のせいで、体が徐々にいう事が効かなくなっている。それはツバキもメニカもキラも同じ。
体力の消耗が著しく出てきている。後もう少しなのに、フェヒターさんの下に辿り着けない。
『これはプリーステスが余興に使う人間ですが、他を殺すのに躍起になっているので、私が代理として始末するとしましょう』
アルゲは椅子に繋がれた少女を前に出し、目を細めて笑う。
「ブラウトッ、今兄ちゃんが助けてやるからなっ」
「リーバーッ、やめなさいっ。お前じゃ何も……」
「お母さんたちじゃ、勝てっこないわよ……」
後ろで彼女の家族が言い合い、両親に諭された兄は肩を落としながら涙を流す。あの家族の代わりに、俺が何とかしないと。
『この肋骨で締め上げたら、彼女は何処から血が噴き出るのでしょうね……。その様子を御家族揃って、見て頂きましょうか……』
「やっ……助けっ――」
少女が声を上げる前に、骸骨椅子の肋骨がギリギリと音を立てて締め上げる。息をしようとするが、それを妨げるように彼女の肺を絞り出す。
その度に、少女の息が細かく漏れ、その苦しさから涙を流している。
「やめさせろっ、アルゲッ!」
俺は居ても立ってもいらず、アルゲに飛び掛かる。
少女には時間が無い焦りからか、我武者羅にアルゲに掴み掛ろうとする。そんな俺を見て楽しんでいるのか、アルゲは飄々と避けるだけ。
反撃もしないまま、時間だけが過ぎていき、少女は足をバタつかせる。それを見た俺は、直ぐに彼女の側に駆け寄り、締め上げている肋骨部分に手かける。
引っ張ろうとするが、縮む力に抗うことが出来ず、彼女は必死に空気を取り込もうと、口を大きく開ける。
『さぁ、カウントダウンが始まりますよ。サン……』
アルゲは三本指を立て、歯が見える程に口を開けながら恍惚とした表情を浮かべる。
助けを呼びたいが、ツバキ達は他の伏魔十二妖星の二人に手を焼いている。俺は必死に拳を骨に叩き付け、壊そうとした。
『ニィ……』
拳は紅く血に染まり、手の感覚が無くなってきた。少女の顔は血が通っていないのか、青紫へと変化し、目がカッと見開かれている。
『イィチ……』
時間が無い時間が無い時間が無い。
何をどうする事も出来ない。あの家族に、俺と同じ苦しみを味合わせるのか。そんなのダメだ、誰も望んでない。
俺は、また何も出来ないのか。一年間、頑張っても何も変われないのか。
「お、兄……さんっ。だい、じょ……ぶ、だから……」
「――っ」
少女は痛みを我慢して、俺に語り掛ける。
助けられなかった俺への、何か不満を言うのだろうか。俺は彼女に耳を傾け、次の言葉を待った。
「か、ぞく……を。まもっ――」
『ゼロ……』
言い終える前に、少女の口から勢いよく大量の血が流れる。
それが俺の手や体にかかり、それ以降、彼女は石像のように口を動かす事は無かった。
彼女も、あの家族も、ホテプも救えない。自分の家族でさえも。技を一つ教えてもらった程度で、強くなれたと勘違いしていた。
何一つ、護れない。いつも救って、助けてもらってばかりだ。この少女にさえ、励ましてもらって。
俺は――。
『気力を失いましたか。ですが、手間が省けると言うもの。今ケイアさんを殺さなくとも、後でじっくり甚振るとしましょう』
存在自体が邪魔で煩いですからね、人間は。
特にあの三人。泣き喚いて、耳障りな声ですね。そこの十数人を皆殺しにした後にでも、遅くは無いでしょう。
先ずは、あの三人を――。
何だ、悪寒。このピリついた空気は、一体なんですか。
私は、ふと後ろを振り向き、ケイアさんの方に目を向ける。先程まで膝を折って項垂れていたケイアさんが、下を向きながら立っている。
『この感じは一体――』
只ならぬ気配にやられ、そう口にしている最中、瞬間移動したかのように目の前にまで彼が迫る。
何だこれは、先程とは空気が――。
「発勁」
拳が胸に軽く当たり、彼が口にした直後、強い衝撃が胸部を直撃する。
何だ、これは。あんな小さい動作から、骨が砕ける程の深い衝撃は。加えて、さっきまでこんな技は出してこなかったはず。まだ隠していたのか。
『アルデッ、スピカッ。こっちに来て手伝いなさいっ! そんな雑魚は後にして、ケイアさんを三人で始末しますよっ』




