31話 愛しき人よ、永遠に
『終わった……』
そう言いながら砂塵が舞う方向を見据え、槍が生き物のように手元に戻る。
覚束ない足取りで、他の仲間を援護しようと足を踏み出す。
「姐さんっ、避けて下さいっ!」
アンが叫んだ瞬間、煙の中から何かが飛んでくる。
一瞬の出来事で、避ける事が出来ない。右目、左肩、左脚、右脚、四ヶ所に痛みが同時に押し寄せる。
矢が同時に四ヶ所を射抜いている。
運良く右目は骨に当たり、致命傷には至らない。他も動けない程の傷では無いが、ルクバに対抗できるか分からない。
だが、右目は距離感が掴めず、体のバランスが取れない。
少々、痛みに耐えながら砂塵の方を見る。
そこには人の形をしていたルクバの姿は無い。
腹に氷塊が穿たれた大きな穴に、醜悪な馬の顔に成り果てていた。
『なるほど……。それが本来の姿かい』
アタイが発した言葉に、ルクバは答えない。
満身創痍で喋れないのか、余裕が無いのか、理性が飛んでいるのか。
極めつけはあの弓だ。何処にでもあるような簡素な弓に、先端に蒼い布が括りつけられている。
何にせよ、今戦うには骨が折れる。
槍を構えて態勢を整えると、ルクバは走りながら弓を放つ。
『アアアァァァッ!』
『言葉も忘れちまったのかいっ……』
ルクバは咆哮しながら矢を後ろから取り出し、速射を繰り返す。
速射にも拘らず、尋常じゃない射撃性能。動きに微塵も無駄がない。コイツの戦術は、射手が本来の戦い方。
急所だけでなく、動きを封じる為に逃げ道を塞ぎながら足元にも矢で牽制してくる。
槍でこの場を防ぐのは困難と判断し、脚は痛いが動きながら距離を詰める。
足を踏み出した時、ルクバは右手を地面に押し当てる。
すると、自分の足下が光り出し、光の剣が無数に飛び出してくる。間一髪、何とか避けることが出来た。
しかし、詰めようとするとクレイモアが邪魔で近付けない。
近付けなければ、防ぐものを創ればいい。そう思い立ち、自身の足下に手をなぞるように添える。
『ドゥシュ・イスベルグ……高く、舞い上がれっ』
周りの砂漠が凍り付き、助走をつける。
踏み出す度に地表が白く凍り、冬の湖のように波紋して広がる。ルクバは狙いを定めるが、先程より速度が増している為、中々当てることが出来ない。
向きを変えながら走り、もう一度、足下に手を添える。
そこから山のように盛り上がり、氷山を駆け上がる。その氷山に何度も矢を射るルクバは、弾切れを起こして焦り出す。
それを見逃さず、頂上まで駆けあがり、大きく跳躍する。
槍を両手で振り上げ、一撃で頭を突き刺そうとする。
『だああぁぁぁぁっ!』
しかし、ルクバの先程の弾切れは演技で、光の剣を矢に見立てて放つ。
それが脇腹を貫通し、軌道がずれる。槍はルクバの肩を掠めるだけに留まり、痛みを堪えながら後ろに下がる。
『油断したな、ドラゴーネ。小生が理性の無い獣と思ったか?』
『はぁ……はぁ……。それも、演技だったって……訳かい』
またルクバは、肩を揺らしながらケタケタと嗤笑する。
姿が変わっても、あの忌々しい表情が目に付く。
全身痛くて、力が入んない。脇腹も抉られちゃ、何処に力を入れればいい。魔力も、もう無いのにさ。少し、休みたいね。
そう言いながら、槍を杖代わりに体を支える。
そんな姿を嘲笑うように、ルクバはアタイに指をさす。
『ドラゴーネ、冥途の土産に教えてやろう。我が伏魔十二妖星は、このように姿をもう一段階、隠している。小生らに勝てぬ理由は、至極当然だ』
『へっ……そうかい。だからっ……腹を大きく抉られても、アンタはピンピンしてる訳かい……』
それが何だってんだい。
本来だったら、アタイもお前と同じ土俵で戦えてたさ。回復が使えないんじゃ、意味ないけどね。
全く何回、命を削れば気が済むのかね。
これで流石に、《《限界だね》》。
姿勢を正し、槍を大きく横に振る。足下には巨大な魔法陣が現れ、目まぐるしい程に蒼白く輝く。
それを見たルクバは、眉間に皺を寄せる。
『ドラゴーネ。貴様には、もう魔力は無いはずだ。何だその魔法陣はっ……』
『アタイも、アンタに教えといてやるよ。魔力の限界値を越えたら、何処から補うか……。生命の源だよ、魔力ってもんは……』
『バカかっ。死ぬだけだっ』
『根っから頭は悪い方なんでね……。《《国に尽くすか、尽くさないか》》……この二択しか思いつかないもんでね。ついでに、アンタには冬の厳しさをよく覚えてもらうよ。身体が染み入る、極寒をね』
周りを旋風のように雪が舞い、徐々に強さを増していく。
その旋風が、槍に集まり始め、耳を割くような鳴りを出す。まるで、強風に煽られる冬のような吹雪に。
『極寒の中で震え、雪原の地に激動する。奥歯を鳴らして、あの世で悔いろっ。イヴェール・ラァァァァジュッ!』
槍から巨大な竜巻のようにうねり、 氷が複数ぶつかりながら雷鳴を発して唸る。
支える腕が震える、脚から血が流れて力が入らない。目から痛みが増して、頭が割れそうだ。
でも、関係ない。死んでいったアイツらに比べれば、安いもんさね。
踏ん張って、魔力を抑えろ。血を沸き立たせろっ、脚を前に出せっ、みんなが《《国》》に帰るまでっ。
『死に損ないがっ……。其の身を捧げるは、御身の魂。我が守護星の名の下に、正義の鉄槌を。ファイブ・ジュピターッ!』
ルクバから放たれた五つの矢が一陣となり、お互いの魔法がぶつかり合う。
攻防一体、どちらも一歩も引かぬ魔法は、拮抗し続ける。少しずつ、自分の魔法が押し返し、もう少しでルクバに届く。
少しだ、後少しで届くっ……。
『ぐぅぅぅっ……。俗物がぁっ』
ルクバの光の矢から、一矢が飛び出し、それが自分の左脚を射抜き、消失する。
体勢を大きく崩し、砂漠に顔を打ち付ける。それでも槍は手放さず、前に突き立てる。だが、又もや振出しに戻った。
もう、力が出ない。ごめんよ、お前達。
全力、出したんだけどね。
「姐さんっ、いつものバカ力はどうしたんですかっ。諦めないで下さいっ、俺がアンタの脚になりますからっ。そんな悲しい顔、しないで下さいっ」
『アン……』
アンに励まされながら肩に摑まり、気持ちを切り替える。
流した泪を拭ってもらい、一か八かの賭けをする。初めてやるから、どこまで通用するか分からないがアンに提案する。
『アンッ、アタイをこの竜巻に投げ入れなっ』
「えっ、そんなことしたら姐さんの体がどうなるか――」
『今更どうもこうも無いだろっ。早くやんなっ』
アンは言われた通り、竜巻の近くに寄せる。
すると、風の流れに乗り、アタイは渦の中に吸い込まれる。そのまま槍を突き立て、ルクバの下まで飛ぶ。
空気抵抗を受けぬまま、旋風の勢いで光を突き抜ける。
『終わりだああぁぁぁぁっ!』
ルクバは突然現れた自分に驚愕し、目を大きく見開く。すぐに憎しみの表情を浮かべ、その顔面に槍を伸ばす。
頭蓋骨を貫通し、ルクバの劈く悲鳴が響き渡る。
『小生はっ……ぼくは……。ただ、弓を褒めて欲しかっただけだああっ……』
そう言い残したルクバは、黒い灰のように消えて空に消えていく。
アタイはその場に倒れ、一歩も動けない。何処にも力が入らず、鼓動だけが静かに鳴るのを感じていた。流石に、頑張り過ぎたか。
首を横に動かし、虚ろな瞳で夕陽を眺める。
綺麗だね、こんな夕陽で最期を迎えられて幸運だよ。五百年以上も生きてきたんだ、後は悔いなんて――。
「姐さん……姐さんっ。しっかりして下さいよっ……。俺……まだ、姐さんから返事……聞いてませんからっ……」
『へん、じ……。何の事だい……』
「告白っ……。聞いてませんからっ」
そんなこと言ってたね、勢いだけのデマカセだと思ったのに。
まぁ、期待させて死ぬよりも断っとくのが無難かね。一生、コイツが童貞で死んだ方がアタイも浮かばれないしね。
でも、どうしようかね。迷うくらい、コイツに揺れ動いちまって。数百年、忘れちまってたから、すっかり乙女になっちまったよ……アタイも。
浅い呼吸に耐えながら、ただアンの瞳を見つめて口を開く。
『アタイ、も……す、き……。だ、い……好き……』
「――っ。……じゃあ、両想いですね。姐さん……」
あぁ、目にも力が入ん無くなってきちまった。アンの顔、もっと見たいのに。
こんなアタイを、憾まないでくれよ。今度生まれ変わる時、一緒に……もっと――。
「姐さん……? 姐さんっ……ねぇ、姐さんっ」
何度呼んでも、姐さんは目を覚まさなかった。
首を起こすと、姐さんの閉じた瞳から夕陽に照らされた涙が零れ落ちる。俺は悟り、姐さんが帰らぬ人となった。
俺は何度も姐さんの亡骸を抱き、咽び泣く。
逝かないでくれ、戻って来てくれ。その言葉しか出てこない。
自分でも折れる程、彼女を抱き締め、肩に顔をグシャグシャに擦りつける。護りたかった、生きている時に強く抱き締めたかった。
そんな感情が湧き上がり、自分の無能に苛まれる。
「姐、さんっ……」
涙が止まらぬ最中、周りが静寂に包まれている。
見渡すと、モンスターや召喚獣がいない。何故だ、そう疑問しか浮かばない。辺りの兵士たちも、何が起こったのか理解が追いつかないようだ。
そして、夕陽の方角から誰かが歩いてくる。ザクザクと砂漠を歩く音に杖を携え、絢爛と言った言葉が似合う羽衣。
《《女神のように》》。
逆光で何も見えないが、シルエットが女性であるのは分かる。その方は、ゆっくり近づき、正座をする。
『よくぞ、耐え抜いた』
「貴方は――」
『娘を借りるぞ』
その女性は、姐さんの胸に手を当て、何かを唱えている。
その言葉の意味は、今まで聞いた事の無い言語だった。
『バァ・ミィ……』
彼女が言い終わると、姐さんの体が黄色く光る。先程より穏やかな表情に変わる姐さんを、俺は呆然と眺める
『もう大丈夫だ。しかし、済まんな。毒と脚は、修復することが出来ない。その猛毒は、我と同じで高貴なものだ。治す事は出来ない』
彼女は悲しい表情を浮かべ、俺はそこまで気を遣わないように言葉を返す。
すると、彼女が柔らかい表情を浮かべ、何故か分からないが心が安らぐ。
暫くしてから我に返り、俺は咄嗟に胸に耳を当てる。
「動いてるっ……」
その嬉しさに、また大量の涙が零れ落ちる。
心臓が、また動き出している。目は瞑っているが、疲れて寝ているだけと女性は語る。彼女は立ち上がり、デューネ帝国に向かって歩いて行く。俺は姐さんを優しく寝かせて立ち上がり、女性にお礼を言う。
「あの、ありがとうございますっ。アナタは命の恩人ですっ。できれば、お名前を――」
彼女は振り返らず、首だけを動かし、短く告げる。
『……お前達の《《祖》》だ。すぐ、また逢える』
彼女はそう告げ、夕陽に照らされた横顔は、とても美しかった。その場から浮遊し、デューネ帝国へと飛び立つ。
だが、どんな魔法を使って姐さんを助けたのか。俺達の祖とは、一体どういうことだ。
あれは、何なのだ。




