30話 氷結
「イア……」
俺は妹の名前を呼ぶ。
その呼び声に、イアに似た二人は面白くも無さそうに床を蹴る仕草をする。
『ボク、そんな名前じゃないよ』
『それよりこの人、カストたちが探してた、お兄ちゃんじゃない』
双子は俺の方に指を差し、クスクスと笑う。
金髪の子は盾のような武器を揺らしながら、ガチャガチャと音を立てる。緑髪の子は、お手玉をするようにナイフを空中に飛ばしながら遊んでいる。
それよりも俺は、この双子が何者なのか確認したかった。
これ程まで、妹に似た二人が伏魔十二妖星に含まれているのか。
そうだとすれば、俺は。
『ケイアッ、コイツらはお前の知ってるイアじゃない……。アイツは、もう……あの村で死んでる』
「分かってるっ……でも……」
ツバキは静かに怒りを露わにし、俺を諭す。ツバキ自身も、信じたくないのだろう。
だが、あまりにも似すぎている。
俺たちが困惑していると、盾を持った子が構えながら走り出した。
俺は咄嗟に後ろに下がり、回避行動を取る。避けられると思ったが、その背後からもう一人、ナイフを構えた子が盾持ちの子を踏み台にする。
ナイフを持った子は、両手を振り下ろす形で俺の頭を狙う。
『死ね』
目の前まで迫るナイフに、俺が動けずにいると、メニカが間に入り、紙一重で防ぐ。
俺達は後ろに後退し、住人が人質になる形となった。
『防がれちゃった……もう少しだったのに』
『あのオートマトン、かたーい』
緑髪の子は、ナイフを振る素振りを見せ、つまんなそうな表情を見せる。
そして、その腹いせなのか、緑髪の子が住人を無理矢理に引っ張り、前に立たせる。
住人は酷く怯えた表情を見せ、涙を流しながら懇願する。
「ひぃぃ……お、お願いですっ、命だけはっ……」
『うるさいなー、少し黙れよ……』
金髪の子はシールドを男の首に近付け、憎々しげに見つめる。
次の瞬間、男は喋らなくなり、首から血飛沫が流れ始める。
いつの間にか、首元が射抜かれていた。
俺は困惑しながら、暫く男を凝視していると緑髪の子がナイフを彼の腹に突き立てる。
『この人は、どんな色かな〜』
「やめろっ、イアァァァッ」
俺は思わず、妹の名前を叫んだ。
絶叫も虚しく、男の腹部は勢いよく切り裂かれ、柔らかいバターのように切れていく。
腹部から押し出されるように血が流れ、ズルリと臓器が零れ落ちた。
俺は膝から崩れ、何か罪悪感のようなものを感じた。妹の形をした怪物が、臓物を恍惚とした表情で高く掲げている。
『いつ見ても綺麗……』
『だいぶ人数も減ったから、もう全員……殺してもいいよね』
俺が項垂れていると、双子は突然激昂する。
『さっきからさぁ……イア、イアうるさいんだよね……。うるさいから、死んでよ』
『お兄ちゃんも、屍になりたいの?』
首を傾げながら覗き込む、その姿に俺は底知れぬ恐ろしさを感じた。
不気味と思える、その表情。自分の妹ながら、その対照的な顔の造形に一種の気味悪さが恐怖を増幅させる。
『そっちから来ないなら……こっちから行くよ。兄さん』
『お兄ちゃんは何色かな。あぁ……人間だから全員、同じ色か』
『はぁ……はぁ……』
ダメだ。
ルクバの鎧の関節部分に、何度か槍で突きを入れたが、何度入れようとしても避けられる。視線で悟られているからか、ルクバは余裕といった表情を見せる。
『経過と共に、貴様の体力と兵の数は消耗しているぞ。最早、時間の問題だな』
『煩いね……。そんなの……分かってるよっ』
嘲笑するルクバを捉えながら、横目で兵士を確認する。
明らかに疲弊しているのが分かる。息を切らしながら、立っているのがやっとの者。それでも我武者羅に、自身の刃で抵抗を見せる者。
このままでは、ルクバの言う通り、時間の問題だ。
奥の手を使うしかないか……。
アタイは槍を大きく振りかぶり、投擲体勢に入る。
それを戦いながら見ていたアンが叫んだ。
「やめてくださいっ、姐さんっ。それだけはっ……使わないで下さいっ」
『じゃあ、どうするんだい……。早くしないと、アンタ達まで犬死だよ』
アタイは今、どんな瞳をしているのか分からない。
が、アンは今にも泣き出しそうな顔を浮かべている。それぐらい、アタイの目は座っているのだろう。
これしか、方法が無いから。
それでもアンは、アタイに語り掛けてくる。
「姐さんっ。鎧が覆われていない関節部を狙うんじゃなくて、同じ箇所を狙い続けて下さいっ。その名槍であれば、必ず穿つ事ができますっ」
アンタはつくづく、聡い子だね。
アタイより、周りが良く見えてる。アンも戦ってるのに、アタイのこと見過ぎなんだよ。どれだけ好きなんだい、アンタは。
アンに言われた通り、アタイはさっきの構えを解除し、深呼吸をする。
『雰囲気が――』
ルクバが口にする最中、脚に目掛けて槍を薙ぎ切る。
反応が遅れたルクバは、躱すことが出来ずにもろに衝撃を受ける。だが、ルクバは関節部分を狙われたと思っていたが、拍子抜けして高笑いをする。
『ハハハッ……狙いが甘いのではないか? そこでは我が小生の命には届かんぞ』
『いいんだよ……それで』
アタイは軽く口角を上げ、先程の嘲笑の意趣返しをする。
それにルクバは怪訝な顔を見せ、右手のランスを握り締める。
『いいだろう……今すぐ、あの世に送ってやるっ。……クレイモアッ』
言葉を発した瞬間、ルクバの背中に光の剣が出現する。
ルクバは助走をつけ、ランスと盾を構えながら突進してきた。同時に光の剣が回転しながら射出される。
それを体を捻りながら避け、距離を詰めて同じ鎧の箇所を狙った。だが、まだ何も変化が見られない。
それを見ていたルクバはランスで薙ぎ払い、しゃがんで避ける。しかし、大盾の陰に隠れ、光の剣が迫っているのに気付けなかった。
額に向かう光の剣を、首を横に振って避ける。
だが、頭を守る事は出来たが肩に掠り傷を負う。軽い症状の為、すぐに自己再生で治すことが出来た。
そして距離を置き、首を少し捻りながら息を吐く。
再び突撃し、槍を何度も脚に目掛けて叩き付ける。
何度も、何度も。
そして遂に、ルクバの鎧が凹み、取れ掛かる。
『ぬぅぅぅぅっ!』
それに狙いを付けて、槍に力を籠める。
ルクバも鎧の綻びに瞬時に気付き、大盾を砂上につけて防ごうとする。それを待っていたアタイは、槍を引っ込めて顔面に拳をお見舞いする。
ルクバは振り抜いた拳を受け、首が大きく横に煽られて血飛沫が飛ぶ。
『クソがっ……』
『ハッ。カッコつけて兜なんか取るからだよっ』
ルクバは大きくよろめき、二歩三歩、後ろに下がる。
口から滴る血を拭い、アタイを突き刺すような眼差しで捉える。
アタイは間髪入れずに、槍を回転させながらルクバを翻弄させ、鎧を確実に狙う。脳にダメージがあるのか、ルクバは大盾を上手く構えることが出来ていない。
そして、徐々に鎧が剝れ始めて当てられる的が増える。胸部ががら空きになり、トドメに心臓を突きにいく。
だが、突然、大盾が機構を変えて弓の形状に変化する。
片手で矢が射出され、避けるのが遅れる。紙一重で頬を掠めるのみで留まり、自己再生を使う。
『あれ……回復しない……』
『ハハッ、それには毒が塗られている。貴様の回復では治せん代物だ。次第に体全体を駆け巡り、鼓動が止まる』
頭が回らない。
こんな早い段階で、力が入らなくなってきた。考えが纏まる間に、何とかしないと。
『はぁ……はぁ……。六花の如く咲き誇れ、樹氷のように吹き荒れろ。デザート・ネージュ』
唱え終わると、空から異常気象のように雪が舞い落ちる。
砂漠の雪、辺りは冷え上がり、周りの兵士たちの口から白い息が見える。
これで少しは、血の流れも抑えられて毒が廻るのを防いでくれる。それに、心が安らぐ。雪が降るだけで、心が躍る。
アタイは上空を見上げながら、雪の降る様を眺める。
『雪を降らせて何になる。身体が硬直するだけだ』
嗤笑するルクバを前に、毒をくらってもアタイは冷静だった。
何故なら。
『ルクバ……。アンタ……何も分かっちゃいないね。この環境が、アタイを強くするのさ』
槍を砂漠に突き立て、あの坊やを見送ったように仁王立ちする。
負けられないんだよ、《《アタイ達》》は国を背負って、誓ったんだ。
帰る場所を護るのが、兵士の役目だって。
『――ッ』
「姐さんっ、ダメだっ……!」
アンの呼び声も聞かず、投擲体勢に入る。
死ぬ前に、早くしないとね。
自分の周りに冷気が漂い始め、感覚が研ぎ澄まされていく。雪も激しく降り注ぎ、風が鳴り始める。
手に力を籠め、魔力を増幅させる。それに伴い、自分の掌が青黒く凍傷で傷付いていく。
それでも、関係ない。奴を倒すまでは、終われない。
『我が聖、我が鉾となり、守護する者。或は、捉えられぬ光の壁。土を加えれば域となり、この場は聖域と成す。槍が穿つは破邪の衆、眼前の敵を打ち払え……』
氷槍は青白く光り、その光源は増していく。
冷たい痛みが増し、奥歯を噛み締める。槍をギリギリと握り締め、相手を強く見据える。そして渾身の力で、空に目掛けて放つ。
『飛んでけぇぇぇっ、コンゲラティオォォォォォッ!』
放たれた槍は天高く雲を目指す。
上空の雲を貫通して、雲間から太陽光が散乱し、光芒が見える。光の筋がキラキラと輝き、雪の結晶を模した魔法陣を通過する。
冷気を放つ槍は夕陽に照らされ、無数のダイヤモンドが降り注いでいるように見える。
槍は軌道を変え、ルクバを捉えて落下する。
槍は徐々に姿を変え、氷柱が無数に生えたモノに変化していく。それは大きな氷塊となり、ルクバに迫る。
『小生は、まだっ……』
ルクバは盾を構え、氷塊を防ごうとする。
それも虚しく、氷柱は呆気なく盾を破り、ルクバを貫通する。砂漠に突き刺さった氷柱は、派生するように氷が広がり、砂塵と氷霧が辺りを覆いつくす。
『ホテプ様、こちらをお受け取り下さい』
部屋を出た所でアヌビスが呼び止め、メルセゲルが首飾りと杖を前に差し出す。
我は霊魂を鎮めた後、二人から本来の盛装を着させてもらう。華やかな羽衣を羽織り、煌びやかな首飾りを掛けられる。
頭に金色のダイアデムを身に着け、最後に蛇を模られた杖を受け取る。
アヌビスが手鏡を翳し、乱れが無いか確認する。
『うむ……完璧だ。そして、礼を言うぞ』
『有難き言葉』
『有難き言葉』
『いや、身なりの事ではない。往年に亘り、我が親眷……いや、父上と母上を護ってくれて……ありがとう』
『感謝の極み。そして、貴方様に太陽の導きを希い、御帰りをお待ちしております……』
『感謝の極み。そして、貴方様に太陽の導きを希い、御帰りをお待ちしております……』
我は二人を背に、地上へと階段を上る。
地上に戻り、入り口付近まで歩いて行くと、介抱してもらった親子二人が駆け寄ってくる。
「お姉ちゃんっ、どこにいた……の。きれい……」
「ホテプさん、アナタは――」
『すまない。メアリー、カイ、心配をかけた。あまり時間が無いのでな……食事と寝床を提供してくれた恩、払わせてくれ』
我は二人の頭に手を翳し、結界を張る。
ある程度の攻撃、魔法であれば大抵は防げる結界を付与し、最後に二人に警告する。
『勉学に励むのいいが、これより先の国には近付くな』
「それは、デューネ帝国の事ですか?」
『達者でな。太陽に導かれし、《《我が子供達よ》》』
その言葉を最後に、我は空を浮き、主の下に向かう。
後ろで駆け寄る音が聞こえ、振り向くとメアリーが大きく手を振りながら闊達な声を響かせる。
「お姉ちゃんっ。また逢おうねっ」
『ふっ……』
その姿に思わず笑みが零れ、軽く手を振り、別れた。
もうじき夜が訪れる程、太陽が地平線に沈もうとしている。一刻も早く、我が主の下に行かなければ。
待っていてくれ、我が主。