第31話 俺、久々にゆっくりする
「これじゃお嫁に行けないよ〜!」
車の中で喚きながらバタバタする音奏に俺もシバもうんざりしていた。
「そりゃ、夢の中でニンニクマシマシラーメン食いつつ飲みのコールいれつつカラオケしてるような女だもんなぁ」
「うぅ、私あんな寝言いう人だったなんて……、岡本くんどうして気が付かなかったの?」
確かに、ストーカー事件の時に一緒の部屋で寝ていたことがあったが全く気が付かなかった。それもそのはずだ。
「俺、ノイキャンつけて寝てるわ……」
「あっ」
「どんまい、音奏」
「私、10万人近くに寝言聞かれたんだよ……」
「それを言ったら俺はスヤスヤ寝てるところ垂れ流しだったぞ」
「岡本くんは天使みたいな寝相だったじゃん」
「まぁでも、結果的に炎上はしなかったし閲覧も増えたからいいんじゃないか? さ、ついたぞ」
音奏の家の前に車を停めると、荷物を下ろすために俺も車を降りた。
「事務所に絞られる〜」
「どんまい、けど俺が悪いんだしもしなんか揉めたら呼べよ。謝るのは慣れてるからさ」
「ありがと……。じゃあ、また連絡するね」
「おう、お疲れ」
***
数日後
——ピンポーン。
夜8時のチャイムにドアを開けるとでかい段ボールを抱えたお兄さんがペコリと俺に会釈をした。
「ワンちゃん配達便です〜。岡本英介さん、こちらお届け物です〜」
「ありがとうございます」
俺はお兄さんから段ボールを受け取るとサインをする。お兄さんはサインを受け取った後も俺をじっとみて困った顔をしている。
「あの、何か?」
「いや〜、廊下のどん詰まりで女の人が潰れてまして……岡本さん。知り合いだったりします……?」
「あ〜、はい。俺がなんとかしときます」
お兄さんは帽子をとってぺこりとお辞儀をすると駆け足で帰っていった。廊下で寝る女なんてのは十中八九、お隣の高橋さんである。
俺は突っ掛けを履いて、廊下に出て見るとやっぱり……高橋さんがいつものスウェット姿で熟睡していた。
(この人はどうして酔うと廊下にでるかなぁ?)
「高橋さーん、風邪ひきますよ〜」
「うぅ……のませろ。くわせろ」
音奏にも負けない寝言。おまけに日本酒臭い。
「高橋さん、お部屋開けますよ」
「うぅ」
俺は高橋さんの家のドアを開け、玄関にゆっくり彼女を下ろす。そのまま一旦自分の部屋に戻ってグラスに水を入れ、再び彼女の部屋に入る。
「飲めます?」
半ば無理やり水を飲ませて、それからしばらく声をかけると高橋さんがうっすらと目を開いた。
「きもちわるいぃ……」
「飲み過ぎですよ。俺、戻るんで鍵ちゃんと閉めてくださいね」
「ありがと」
覚醒した高橋さんに軽く会釈をして、俺はそっとドアを閉じた。確か、看護師してるんだったな。命と向き合う仕事のストレスは俺なんかには計り知れない。きっと彼女も大変なんだろう。
玄関の中に放置していたでかい段ボール。そういや、風間さんからの荷物だったな。
特に装備品は頼んでないし、シバの首輪もまだ発注前だ。明日行こうと思っていたんだが……。
ガムテープを剥がして中身をのぞいてびっくり。
「シバ!」
俺はテンション上がってついついでかい声を出した。シバも勘づいたのかテチテチと駆け寄ってくる。
「英介?」
「シバ、風間さんからプレゼントだ」
短い足ですくっと二本立ちになって段ボールの中を覗くシバ。ブンブンと尻尾をふる。
「英介、これ全部オレの?」
「あぁ、そうみたいだ」
段ボールの中には、犬用のお菓子がこれでもかというほど詰まっていた。差出人は風間装備店になっているが、丸文字の筆跡からして美彩さんの方だろう。
*** *** ***
岡本くんとシバちゃん
あの配信の日から宣伝効果でうちへの発注が止まらないの!
お礼と言ったら難だけど、シバちゃんにどうぞ。うちのワンコたちお墨付きのお菓子たちよ。絶対にシバちゃんも気に入ると思う!
今度お店に来てね。サービスするわ(うちの旦那が)
風間美彩
*** *** ***
「だってよ、よかったな。シバ」
「英介、食っていい?」
「あぁ、どれ食いたい?」
「クッキー! 骨のやつ」
「了解」
シバの皿に御所望の骨型クッキーを山盛り入れて、そっと食べやすく整える。
「シバ、一枚撮っていい?」
「まかせろ」
渋い声で返事をするとシバはクッキーを可愛く咥えてみたりウインクしてみたり、映え犬ポーズを提供してくれる。なんてできるプロの犬なんだ……。これで今日のSNS投稿は決まりだ。ありがてぇ。
「ちょっと夜風にでも当たるか」
ここ数日、動画の編集で体がバキバキだし考えて見ると音奏から連絡がない。事務所でこってり絞られてるんだろうか?
ボロいベランダに出てぼーっと外を眺める。足立区の夜は結構うるさい。エンジン音強めの車がボーボー走ってたり、よっぱらいの喧嘩の声が聞こえたり。ちょっぴり治安悪目だ。
こんなときタバコでも吸えたら絵になるんだろうが、俺はタバコを吸わないしなぁ。なんだかんだ、音奏が乱入してこないと寂しいかも。
連絡してみるか。配信切り忘れについては俺も彼女の事務所に謝らないといけないかもしれないし。
俺がポケットの中のスマホに手を伸ばした時、隣から声が聞こえた。
「岡本君? ベランダ出てる?」
酔いが覚めたのか、ちょっと青い顔をした高橋さんがひょっこりとこちらに顔を出していた。




