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第30話 俺、配信を切り忘れる

 よし、音奏のピースサインで配信を切っ


「岡本くーん、怖かったよ〜」


「おおっ」


 と俺に駆け寄ってきた音奏を華麗に避ける。


「ちょ、なんで避けるのよ〜ひどい〜!」


「音奏自分をみてみ? ぬめぬめだぞ」


 彼女は俺に言われてからやっと自身がぬめぬめの粘液だらけなことに気がついて身震いした。そりゃそうだ。アルラウネに一瞬でも絡まれてたんだから。よかったなぁ、酸性の粘液じゃなくて。


「キャンプしてる場所の近くに湧水があったろ? そこで取れるはずだからシバ連れて先に戻ってろよ」


「岡本くんは?」


「俺は採取してからあとを追うよ。ほら、アルラウネの繊維はいい素材になるからさ」


「は〜い」


「あっ、そうだ。音奏」


「何?」


「お疲れ様」


「へへっ、ありがと」


 音奏は「シバちゃん、いこ〜」と声をかけると急足でキャンプ場方へと戻っていった。


——あれ、俺なんか忘れてる様な……?



***


 俺はアルラウネの触手から繊維を十分採取して、キャンプ地に戻った。透明飛行型カメラをわきに置いて、今日の夕食の準備を進める。


「いももち、いももち〜! 今日はおいもパーティー!」


 家で作ってきた2種類の芋餅を適度に解凍し、炭火で焼き直す。一方はじゃがいもの芋餅でもう一方はさつまいもの芋餅。


「お嬢さん、お好みは?」


「じゃがいも! カレーパウダー!」


 俺はオーダー通り、じゃがいもの芋餅にカレーパウダーをたっぷりかけてその上からバターを垂らす。カロリーの暴力……!


「はい、どうぞ」


「いただきまーす」


「ほら、シバはさつまいもな」


 シバにはよく冷ましたさつまいもの芋餅(味なし)を食わせてやる。もちゃもちゃとうまそうに芋餅を食うシバ。後で歯磨きようの骨もあげないとだな……。


「ねぇ、岡本くん。ぶっちゃけさ、私どうだった? 完璧だったでしょ? やられた演技とか油断させるところとか! アルラウネは戦闘中に成長するモンスターだもん」


 まぁ、それはそうなんだが……。

 やっぱりここは相棒としてしっかり話してやるべきだよな。


「左手怪我してるだろ」


「えっ」


「隠してるけど手の甲に引っ掻き傷がある。最初に逆さ吊りにされた時、あいつの触手にかすった。違うか?」


 音奏は余裕の表情からいっぺん芋餅を食うのをやめて俯いてしまう。


「うん……でも致命傷じゃないし」


「L級では致命傷になる。1滴の毒が取り返しのつかないことになったりする。だから、今回の戦闘では俺はSSS級への昇格を推薦できない。ごめん」


 俺は音奏に頭を下げた。仲がいいからとか好きだとかそういうことでは推薦なんてできない。死んでほしくないと思うからこそ彼女の希望には添えないのだ。

 これで嫌われることになっても、それはもう仕方がない。


「うん……。そうだよね、私も1人で戦うのはこんなに難しくて怖いんだって久々に思った。余裕ぶって嘘ついちゃったけど、最初は本当にパニックになってて、でもね。岡本くんとL級で配信したい、だからお願い、もっと頑張るから」


 さつまいもの芋餅に透明蜂蜜をじゅわっと垂らし、ひと炙りする。一気に甘い香りが広がってほんのすこしだけ空気が和む。


「俺さ、音奏が大技くらいそうになった時に焦って頭がまわんなかったんだよな」


「えっ」


 彼女は驚いて芋餅を落としそうになって手づかみで食った。


「変だよな〜、普通ならあれはブラフだってわかるはずなのにさ。なんか助けないと! って体が勝手に動いててさ。そん時思ったんだよな。音奏がピンチになった時俺自身が冷静でいられなくなる。大切なものを失いたくないから冷静じゃなくなって……俺がいくら強くても冷静でなければ……うまくいえないけどそういうのってダンジョンでは命を落とす理由になりかねないから」


「大切……なもの」


 彼女はぽっと赤くなると俺の皿からさつまいもの芋餅をかっぱらうとぱくぱくと口の中に詰め込んで立ち上がった。


「私! がむばる! おかもふぉくんに心配してもらわなくても大丈夫なようにがむばるよ!」


「そ、そっか」


「よし、それじゃ私寝るね!」


 音奏はテントにずぼっと入っていった。口に芋餅突っ込んだまま……ったく。


 俺はカレー味の芋餅を肴に一杯やってから大きく変身したシバのもふもふに包まれていつも通りテントの外で熟睡した。


***


「岡本くん! 起きて!」


 あまりにも大きな声に叩き起こされて、俺はうめきながら体を起こした。目の前にはボサボサの頭で焦った顔をしている音奏が透明飛行型カメラを抱えている。


「どうしたんだよ、そんなに騒いで」


「どうしたもこうしたもないよ! 配信! 切り忘れてた! 今の今までずっと垂れ流しになってたみたい」


「え?」


「だから、垂れ流し! ネット大変なことになってる!」


 俺は寝起きの頭に色々言われてパニックになりつつもスマホをポケットから出して起動させる。


「ツエッターみて」


「わかってる」



 日本のトレンド


1位 配信切り忘れ

2位 L級挑戦

3位 おかめろカップル

4位 付き合ってろ

5位 本体もふもふベッド

6位 寝室は別

7位 配信者初のL級挑戦

8位 岡本英介 L級

9位 てぇてぇ

10位 L級冒険者 数名のみ


「あっ」


 俺は配信を切ろうとしていた時に、ぬめぬめまみれの音奏に抱きつかれそうになって避け、そのまま何か大事なことを忘れているような、と感じたことを思い出した。


——このことだったのか!


 まるで社会人時代に大きなミスしたごとく、胃の中に氷がつまったようなひんやり感に襲われ心臓がバグバグと脈打つ。


「昨日の俺らの話全部流れてたってこと?」


「うん、私の寝言も」


「L級のことも?」


「うん、全部……」


「はは……ははは」


「まぁでも炎上じゃないし……ねっ。しょうがないよねっ」


 俺と音奏は顔を見合わせて苦笑いをした。



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