第16話 俺、ギャルを家に泊める
「英介、メシ」
シバの声で俺はすっかり眠ってしまっていたことに気がついた。窓から差し込む光がオレンジ色で、夕方だという事実に呆然とする。
長い間社会人をやっていると寝坊したみたいな感覚になってゾッとする。
「悪い悪い」
「英介、スマホずっとなってた」
「まじか」
「うん、メシ」
俺はシバのメシを用意してから充電が切れていたスマホにケーブルを刺して起動する。
<伊波音奏 15件>
なんかあったのか?
いつもなら勝手に押しかけてくるのに……。
「もしもし、音奏どうした?」
***
音奏の家は足立区の中でもいいマンションの部類だ。オートロックだし、8階。セキュリティーサービスも入っている。1LDK、めちゃくちゃいい家だ。
「なるほど……これは怖いっすね」
と俺が話しかけたのは美浜弁護士事務所の宇垣翔子先生だ。俺もまだこの人にお世話になっているが、やり手の美人弁護士でちょっとセクシーなお姉さん。
音奏に送り付けられてきた「殺害予告」はやけにリアルでそれでいて躊躇というものを知らない怖さを帯びていた。さらに、なんだか最近つけられているような気がする……と。
「でね、開示請求をして被害届を出す間……英介くんはめろちゃんを守ってあげてほしいの」
「えぇ……、宇垣さんの家じゃだめなんすか?」
翔子さんは目を細めると俺をじっと見つめる。
「だーめ。なによりも、彼女が安心できる場所がいいんだから」
そういわれて、俺は音奏の方に目をやる。彼女は猫のぬいぐるみをぎゅっと抱いて震えていた。いつもは明るくてバカっぽいのに完全に縮こまってしまっている。
こいつは俺を「命の恩人」というが、俺にとってもコイツは「命の恩人」だ。あのクソ会社から救ってくれたんだから。
「わかりました」
「よし、じゃあ決まり。よかったわね、めろちゃん」
「うん……岡本くん、ありがと」
「大丈夫、多分そんなバカみたいなことするのは中学生とかだからさ。つけられてるとかは気のせいだろ、きっとストーカーならこんなわかりやすいことしないよ」
というのも、俺に近づくなという言葉、誹謗中傷を飛び越えて殺害予告までしてしまう世間知らずさ……あと俺がちょっとモテてることを合わせて推理すれば、犯人なんてアホの女子小中学生だろうと簡単に予想がつく。
これが音奏のガチ恋ストーカーなら俺にも誹謗中傷がくるはずだしな。
「じゃあ、宇垣さんも事務所までお送りしますよ」
「ありがと。そうそう、武藤だけどね、週刊誌の影響で他にも過去のパワハラの被害者が告訴したらしくて、今は火だるまみたいよ。ふふふ、傷害罪は執行猶予がついたけど、大変だわね」
いい報告を聞いて、俺は少し浮かれつつも音奏の大荷物を車に乗せて翔子さんを事務所まで送り届けた。車の中で俯いている音奏をみて俺は少し心配になる。
俺は「殺す」なんて言われても絶対に殺されない自信があるからなんともないが、彼女は女の子だしやっぱりか弱い。怖いに決まっている。
「岡本くん、ごめんね」
「いいよ、別に」
「でも、なんか女の勘っていうか今回のはやばい気がして」
「大丈夫、翔子さんが開示請求してくれたらきっと田舎の女子中学生とかで平謝りされて終わりだって」
「うん……」
元気、ないな。
「次のダンジョン配信。一緒にきてくれるか?」
「へっ?」
「だから、次の配信。ってまだどこ行くかも決めてないけどさ」
「いいの?」
「いいに決まってるだろ。俺もメシ一緒に食ってくれるやつがいると楽しいからさ」
音奏の顔がぱっと明るくなる。
「よろしくおねがいします!」
スーパーによって買い出しをしてから俺のアパートに戻ると尻尾ブンブンのシバに出迎えられてすっかり彼女の笑顔は戻っていた。一人ぼっちの部屋にいるのとは違って安心したのかふにゃふにゃとソファーに寝転がる。
「おーい、ソファーどかすぞ〜」
「えっ、なんでよ〜」
「なんでって、ここしか立てられないし」
「立てる?」
「テント」
ぽかーんとする音奏を差し置いて俺はテーブルやらテレビやらを部屋の端に移動させる。
「テントってなんで?」
「そりゃ、同じベッドで寝るわけにはいかないだろ。それに、どっちかがテントで寝た方がこうプライバシーが守られるし……」
「えぇっ……私は一緒でも……」
「なーにいってんだ。ダメに決まってるだろうが」
「じゃあ、寝袋で寝るから……テントはやだ」
「なんで」
「一緒にいてくれないと不安で寝れない……かも?」
「シバ抱っこして寝ていいぞ」
「岡本くんの意地悪〜!」
と、いつもの彼女に戻ったのを見て安心していると……
「お前らメシくってないぞ」
とシバが一言。
——確かに……!
「忘れてた……とりあえずテントは置いといて食うか。なんでもつくってやるぞ」
「オムライス!」
「はいはい、明日の夕飯は音奏の担当な」
「はーい!」
こうして俺と音奏の一時的な同棲生活が始まった。




