1話「呼び出されたと思ったら……?」
私、リメリア・フィフスは、今日急に婚約者でこの国の王子でもある彼オーツレットから呼び出された。
城内にある一室、そこは、よく茶会が開かれている部屋だ。
しかし今日はそこには誰もいない。
もっとも、茶会は開かれていないのだから当然といえば当然なのだが。
「来たな、リメリア」
呼び出された場所へ向かった私を迎えたのはオーツレット――だけではなく、そこには彼の幼馴染みだと聞いている女性ルビアもいた。
オーツレットは、暗い茶髪に髪とほぼ同じ色という地味な雰囲気。
しかしルビアは対照的に派手な女性だ。
長い金髪はいくつもの縦ロールになっていて、睫毛は長く、化粧も濃い。さらにいつも極端に広がった目立つドレスを身にまとっていて、指には複数の巨大な宝石がついた指輪をつけている。
「実は君に言わなくてはならないことがある」
「何でしょうか?」
「リメリア・フィフス、君との婚約は本日をもって破棄する!」
オーツレットはいつもと違っている不自然な堂々とした様子で言い放った。
そうか、私は捨てられることとなるのか。
そんなことを思った次の瞬間。
ルビアが派手な顔を近づけつつ話しかけてくる。
「ごめんなさいねぇ? リメリアさん。でもぉ、あたしの方がずっと前からオーツレットのこと知ってるんだもの。彼に相応しいのは貴女よりあたしでしょぉ?」
わざとらしいなぁ……。
「だってあたし、幼馴染みなんだものっ」
片手の人差し指を立てて唇に添えるようなポーズをしながら上半身を前にがっと倒し、胸もとを強調しつつ見せつけてくる。
「そ、れ、に、あたしの方が魅力的よねっ? うふふっ」
「え……」
「もぉー、本気にならないで? 冗談よ冗談っ、当たり前でしょっ? リメリアさんって真面目ね! うふふ、そんなだから面白味がなくて婚約破棄されちゃうのよぉ? ま、あたしは真面目な娘も好きだけどぉ」
ルビアはとにかく不愉快な人だった。
「そういうことだから、リメリア、君は去ってくれ」
「……この件はお父様にもお伝えになったのですか?」
「は? うぜえな。何でそんなこと君に言わなくちゃならないんだ、馬鹿じゃないのか」
ごみを見るような目をしてくるオーツレット。
「君は大人しく去ればいい。あ、そうだ、この城からも出ていってくれよ。……なんせもう君は王子の婚約者ではないのだから」
もしかして、父親には話していないのか?
少し疑問はあったけれど。
でもそれ以上問い詰めることなんてできるはずもなくて。
「今までお疲れ様ぁーっ、うふふっ」
私はそのまま城から出てゆくこととなってしまったのだった。
これからどうしようか……、と思いながらも、一旦実家へ戻ることに決めた。
思えば、私とオーツレットが婚約したのは国王がそれを望んだからだった。
私に国を平和にする能力があるという事実が世に出た時、国王が即座にアプローチしてきて、その流れで彼と結ばれることとなったのだ。
それで婚約者同士になった。
あれよあれよという間に話は進んで、気づけば私たち二人は婚約者同士となっていたのだ。
やはり、最初からずっと、好きだったわけではないのだろう。
だからこそ彼は私でない方を選んだ。
きっと彼は己の心に従ったのだ。
……それはまぁ分からないでもないけれど。
ただ、それで良かったのだろうか、とは思ってしまう。
王子が勝手に婚約を破棄した、なんて知ったら、国王は激怒するのではないか。
……でももうどうでもいいし、彼がどうなったって知らないわ。
いいじゃない、彼は自分の望み道を選んだのだから。
どうなろうが知らない。
私には関係ない。
そして、彼は彼の道を選んだのだから、私もまた私の道を選ぶ。
能力なんて知らない。
ここからは誰のためでもない人生、好きなように生きてゆく。
「ただいま、母さん」
実家へ帰る。
「リメリア!?」
母は驚きを露わにしていた。
前もって伝えていなかったからだ。
「……急にごめん」
いきなり帰ったことは申し訳なく思う、が、今回ばかりはこうするしかなかったのだ。
「いえ。でも、暗い顔して、どうしたの? 何かあった?」
「婚約なんだけど……破棄された」
真実を告げれば。
「ええっ!?」
母は驚愕していた。




