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第1話*日常の閉幕

「あ゛ーもう!」


苛立ちを抑えられず、赤に黒のメッシュが入った如何にも不良を思い出させる髪の青年――端元秋斗(はたもと あきと)はゲームのコントローラーを放り投げた。


外は35℃を超える猛暑。蝉は休むことなく鳴いている。


秋斗が通う高校は、つい1週間前に夏休みに入ったばかりなのである。


 高校の夏休みといえば、旅行や部活で充実した日々を送る者が大半だ。

 だがその中でも一部だけ、旅行に行くワケでもなく、かといって部活が忙しいというワケでもない、所謂"暇人"がいたりするものだ。


 秋斗もその一人である。


 秋斗の父はもともと海外での仕事のため、家にはめったに帰って来ない。母はというと、普段は家で家事をしながらデザイン系の仕事をしているのだが、夏休みに入ってすぐに大きな仕事が入り、現地に呼ばれたため、家には3日前ぐらいからいない。

 つまり端元家では現在秋斗一人しかいない。


 それをいいことに、秋斗はこの夏休みを満喫しようといろいろな計画を立てていた。

 だがそれは計画で終わってしまった。誘った友達は皆忙しいようだ。


 クーラーは生憎故障中のため、秋斗はこの暑い中、自分の部屋で扇風機を傍らにゲームをしていた。

 だがかれこれ約1時間。あるステージのボスがなかなか倒せないでいた。

 サウナのような所にずっといることと、思うようにゲームが進まないこと。そのダブルパンチで苛立ちが頂点までに達し――冒頭に戻る。


 ガツンッ


 コントローラーはゲーム機本体に勢いよく当たった。その衝撃で、テレビ画面にはさっきまで動いていた主人公キャラクターが停止している。BGMに至っては、ピーっという如何にも"壊れました"的な音がしている。

 一瞬思考が停止していた秋斗は、ハッとなってゲーム機本体に飛びついた。


「お、おい!コントローラー軽く投げただけだぞ!?」


 そう口走った後、混乱しながらもなんとかしようととりあえずゲーム機本体を叩いてみた。

 秋斗の行動に機嫌を損ねたように画面は、数秒ぶれたと思ったら、ザーッという音をさせながら映らなくなってしまった。


「………まぁ…壊れてしまったもんは仕方ねぇか」


 諦めは早い秋斗であった。

 集中力が一気に切れて、小腹がすいてきたと感じた。今は昼過ぎ。そういえばまだ昼飯を食べていないことを思い出す。


「とりあえず飯でも食うか」


 そう言って立ち上がろうと手をついた。その時――


 ――――、


 感覚のようなものが頭の中に流れ込んできた。

 秋斗は吸い寄せられるようにテレビを見た。

 外では蝉が鳴いている。すぐ横では扇風機の動く音も聞こえる。


 だがそこには違和感があった。


 まるで同じ場所にあるのに、秋斗とテレビだけが空間を切り離された感覚。

 何も映らなくなったはずのテレビは、白い画面に、中央には何やら言葉が並んでいる。


「『―汝、我ニ力ヲ貸シタマエ』…?」


 画面は復唱する秋斗の言葉に応えるかのように、プツンと消えた。


「???」


 秋斗の頭の上にはいくつもの"?"が浮いている。


 〜♪〜〜♪


 秋斗の混乱は聴き慣れた着メロによって打ち切られた。この曲は着信音だ。

 すぐ横に置いてあるケータイのディスプレイで、電話を掛けてきた相手を確認する。そしてディスプレイに表示された名前を見て溜め息を一つ。



 秋斗は昔からいい意味でも悪い意味でも、とにかく何故だか"変わった生物"に好かれる体質だった。

 例えば秋斗が5歳の誕生日で動物園に行った時のことだった。

 上から見下ろす形でライオンを見ていた秋斗だったが、誤って檻の中に落ちてしまった。秋斗の両親を始め、周りにいた人々は例外なくもうダメだと思ったその時――、


 ライオンは秋斗の担いでいたリュックをくわえて寝床まで歩いて行き、寝床に着き秋斗をゆっくりと下ろすとそのまま秋斗を包むようにして寝てしまったのだ。

 その場にいた人々は目を点にして、しばらく固まっていたのだった。ライオンが目の前にして、泣き泣きの秋斗を除いて。



 秋斗は鳴り続けるケータイの通話ボタンを押し耳に当て、相手に文句を言おうと口を開いた。


「《よぉあっチャン。家でのグダグダライフ満喫してるかー?》


 ………思いっきり言葉を遮られた。そうだこいつはこういう奴だった。


「ほっとけ。つかお前こそ最近知り合った女の子と旅行を満喫してるんじゃなかったのかよ」


《あぁ、あれか?残念ながら罠だったわ。待ち合わせの場所で襲われた》


 話している彼の声は、全然残念そうではない。


「へッ。日頃の行いだよ、バカ暁人」


 秋斗の言葉に彼は、俺は存在自体が善良なんだよ、と飄々と応える。


「地元最強と言われる不良がよく言うぜ」


 そう彼――崎守暁人(さきもり あきと)は地元最強と言われ、そこら辺の不良で知らない者はいないとまで言われるほどだ。(本人自覚なし)

 さらには成績優秀、超イケメンと所謂"完璧人間"なので学校のほうでも有名だ。

 そんな彼も例により秋斗の特異体質が発動した"変わった生物"なのである。


 秋斗と暁人が知り合ったのは、2人が高校に入ってすぐのことだった。

 2人は同じクラスだった。暁人は同じ名前を持つ秋斗に興味を持ち、声を掛けた。(誕生日も同じだった)


 そして今に至るのである。


 ちなみに秋斗の髪をメッシュにした張本人だ。

 夏休みに入る前にある賭け事をし、その結果、生まれてこの方1回も染めたことがなかった黒髪はド派手な色となったのだった。



《失礼な。紳士な俺を不良と一緒にすんな》


 どこがだどこが。



 いきなり自分達の世界に現れ、ほんの数日で"最強"とまで言われるようになった暁人を気に食わないと思っている不良も少なからずいるらしい。(大半は触らぬ神に祟りなしといった感じだが)こうやって襲われるのも初めてではない。

 暁人はその度に返り討ちにしているので、さらに不良達に反感を買う。まさに悪循環。

 暁人曰わく、ただ売られた喧嘩を買っただけらしいのだが。



「で、用件は?」


 暁人のことだ。なんで電話してきたのかは大体予想がつく。だがとりあえず聞くだけ聞いてみる。


《それなんだけどよぉ、あっチャン今暇だよな》


 予想的中。当たっても全然嬉しくない。


 待ってました。といわんばかりに話を切り出す暁人。そこにあるのは疑問符が付いてない疑問文。


「悪かったな暇でよ」


《怒んなって。今から家行っていいかー?》


「お前なぁ。確か休み前に結構女子に誘われてたんじゃなかったか?」


 それも同級生だけではなく、先輩からも後輩からも。それに若い先生から誘いがきていると聞いた。さらには暁人の姉の友達(多数)からも。

 少しぐらい分けて欲しいものだ。


《なんかもうめんどくなってきたから全部キャンセルするわ》


「はいはい、全部キャンセルね…ってハァ!!?」


 そう、今電話の向こうにいる奴は、男なら誰もが嬉しい女性からの誘いをすべて蹴ったのだ。すべて。


《あっチャン五月蝿い。それに俺その誘いにはっきりとOKした覚えないぜ》


 暁人の言うことにも一理ある。その誘いはすべて暁人の返事を聞かず、押し付けのようなものだった。


「はぁ、お前なぁ。今の発言でほぼ全世界の男を敵に回したぞ」


《ははっ。んな大袈裟な》


 結構本気だったりする秋斗。


《じゃ、今からあっチャンの家行くぜ~》


 そう言うと、暁人は返事も聞かずに電話を切った。


「はぁ」


 思わず溜め息が出る。だがこれで暇にはならなそうだ。そういう意味では暁人に感謝、と頭の片隅で考える秋斗だった。


~♪~~♪


 再び着信音。

 暁人が何か言い忘れたのだろう。


「はいはい、何言い忘れたわ―」


 秋斗の言葉は最後まで続かなかった。


《―、――》


 明らかに相手の様子がおかしい。聞こえてくるのは、ブツブツと聞き取れるかどうかといった声のみ。

 暁人の新手の嫌がらせという考えも浮かんだが、それもやっと聞き取れた言葉によってすぐに消えた。


《――汝、我ヲ求メヨ》


 半ば反射的に秋斗はテレビに映ったアノ言葉を思い出した。


 ――その刹那


 秋斗は自身に何が起こったのかまったく理解できなかった。

 不思議な感覚。それは浮遊感のような。それは風邪を引いたときに起こる頭痛のような。それは胃の中にあるものが逆流してくるような――




 そこで秋斗の意識は闇に落ちた。

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