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第75話 寒村のクリスマス

 バスは1時間ちょっと走って、わりと賑わいをみせる商店街のバス停に停車する。

 荷物を持って、ヨリコちゃんをうながした。


「ここで降りるんだ? へぇ……想像よりずっと町っていうか、住みやすそうなところだね」


 キャリーバッグを立てかけて、うーんとヨリコちゃんが伸びをする。

 山間の町は寒く、呼吸に合わせて白い息が吐き出される。


「……家はバスでもうちょっと登らなきゃいけないんだけど、ここで買い物しとかないと周りになんもないから」


「あ……そ、そなんだ」


 自分で説明しながら疑問が浮かぶ。

 向かってるのは実家なのに。

 買い物なんてしなくても、息子が連れてきた恋人くらいもてなしてくれるはずだ。


 でも、なぜか確信めいた思いがあった。

 家には、きっと……。


「じゃさ、お昼食べてかない? そろそろいい時間だし!」


 あくまで明るく振る舞ってくれるヨリコちゃんに救われた気持ちで、俺はうなずく。




 こぢんまりとした定食屋で昼食をとったあとは、商店街をぶらついた。


「やっぱこれは外せないでしょ」


 買ったばかりの、小さめのホールケーキを掲げて笑うヨリコちゃん。

 ふたりで(・・・・)食べるにはちょうどいいサイズだ。


 もう、察してくれてるんだな。


「ソウスケくん?」


「いや……ありがとう、ヨリコちゃん」


「……なんでお礼なんか」


「こんなとこまで付き合ってくれて、あと彼女になってくれてありがとうってこと。俺、ヨリコちゃんに会えてほんとによかった」


 本当に心からそう思った。


 俺の手を、ヨリコちゃんがそっと握る。


「そんなの、あたしだって同じだよ。……おし、最後に夕飯の材料買おっか! 今日はごちそう作っちゃおうかな!」


「いいね! 俺も手伝うよ」


 たぶん何度も足を運んでるはずなのに、なんの思い入れもない商店街をふたりで歩く。

 手をつないで、笑い合って。


 更地になった記憶に、新しい思い出を敷きつめて。

 今度は決して崩れないように、大切に、大切に、積み重ねた。




 再びバスに揺られて“山中のりば”なんていかにもな名前のバス停に到着する。

 田舎特有のプレハブ小屋まで設置されたバス停。


 俺は遠景の山をぼんやり眺めたあと、アスファルトで舗装された地面に視線を落として、自らの頬をペシペシ叩いた。


 ヨリコちゃんも、ものめずらしそうに辺りを見渡している。


「うわぁ……マジで山ん中って感じだね」


 葉の落ちた木々に囲まれた坂道を、ガードレールに沿って登っていく。

 やっぱりふもとの町よりも一段と冷えるし、けっこうな荷物を抱えての移動はしんどかった。


 まあヨリコちゃんは弱音なんか一切吐くことなくニコニコしてるんで、俺が甘っちょろいこと言うわけにいかないんだけど。


「ソウスケくん、道わかる?」


「……一応わかる……と思う」


 足は止まらず動いてる。

 だからここも、何度も通ってるにちがいない。


 やがて道は2つにわかれ、俺は迷わず左に折れた。


「……まっすぐ進んでたら、たしか……小さな社? みたいなものがあったような……」


 定かじゃない。

 でもそんな気がする。


 狭い川に架かる橋を渡ると、また左右の分岐。


「右は、もう使われてない水車小屋があって……奥まで行くとさっき言った社と繋がってる。はず」


「へぇ……左は?」


「発電所とダム、があったっけ。ちょっと歩くけどそこ越えたら家がぽつぽつ出てきて……」


 そこに俺の実家もある。

 ……たぶん、だけど。


「すごいじゃん! ソウスケくん!」


「いやそんな、小学生並の記憶力を褒められても」


 だけど本当にヨリコちゃんは嬉しそうで、よっぽど俺は心配をかけていたんだなと実感した。


 実は――バスを降りたときからずっと、アスファルトの道を蛇が埋め尽くしている。

 進めば進むほど……おそらく実家に近づくほどに蛇の数は増している。


 そんな幻覚、けど見えてるなんて言えない。

 握った手を子供みたいにぶんぶん振って、楽しげなヨリコちゃんを俺も見てたいし。

 ヨリコちゃんが笑ってくれてるからこんな苦行も耐えられる。




 自分が言った通りに民家が点在しはじめて、ちょっとした集落に出た。

 田んぼや畑にも人は見当たらない。

 そのうちの古い一軒家の前で足を止める。


「……ここ?」


「そのはず、なんだけど」


 最近、何度か夢で見た家に間違いないように思える。

 表札らしきものに名前はなく、玄関へ続く飛び石の途中には巨大な蛇がいた。


 でかい口だ。

 俺なんて丸呑みにできるサイズだ。


「どうしたの?」


 俺だって自分と向き合いたい。

 ヨリコちゃんの想いに報いたい。

 自分になにか重大な欠陥があるのなら、解決してヨリコちゃんとの恋愛に専念したい。


「行こう」


 ヨリコちゃんの手を力強く握り返して、一歩前に踏み出した。

 奈落のごとく真っ黒い蛇の口へ、飛び込むように体ごと突っ込む。

 次の瞬間、パンッと渇いた音が響く。


「きゃっ!?」


 音の発生源はヨリコちゃんだったようで、破れたお守りみたいなものをコートのポケットから取り出していた。


「……あはは。アサネから持たされたんだけど、なんか壊れちゃったみたい」


「…………」


 ……どんな業を背負ってんだ、俺は。


 ともかく蛇も消失したので、玄関の引き戸に手をかける。

 田舎ではふつうなのか、鍵はかかっていない。


「お、お邪魔します!」


 一応はそう告げて引き戸を開けた。

 夕暮れなのも相まって、家の中は薄暗い。

 予想していたように、だれもいないみたいだ。


 けれど……。


「ヨリコちゃん、入ろう。……いや、こういう場合“あがって”って言うべきなのかな」


「そ、そだね。ソウスケくんの家でしょ? お、お邪魔します」


 玄関の切り替えスイッチをパチンとやってみたら明かりがついた。


 ほんとに俺の家なのか自信はない。

 でも確認せずにはいられなくなって、キシキシと床板を踏んで居間へ向かう。


 やっぱり夢で見たあの家と同じ間取り。

 居間にはテーブルに掘りごたつ、石油ストーブまで置いてある。

 今は冬なんだから、設備に問題は一見するとない。


 でも……いつからだ?

 この家から人がいなくなったのは、いつなんだ?


 荷物を置いて台所へ向かった。

 蛇口をひねってみると、やや間があって冷たい水が流れ落ちてくる。


「……水も出るんだ?」


 後ろから覗き込んでくるヨリコちゃんも、気づいたらしい。


 電気も通ってるし、水も止まってない。

 そもそも埃なんかも少ないし、どう見ても長らく放置されていた感じじゃなかった。


 だれか、いるのか?

 親戚とかが管理してくれてるんだろうか。


 それとも、俺の家族はまだ――。


 出しっぱなしの水道を止めると、ヨリコちゃんが俺の肩をやさしくぽんぽんと叩く。


「ね、ソウスケくん、今は深く考えないで。軽く掃除したらご飯作るから。……イブだよ? 付き合ってはじめての。だから――」


「……そうだな。ふたりで楽しもう」


 無理に笑みを作った俺に、ヨリコちゃんが顔を寄せてきて。

 唇が触れ合わさった。


 今度こそちゃんと、しっかり、忘れないように。  

 やわらかい温もりを脳へ刻みつけた。


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