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第37話 妄想ナイトプール

『――ふぅん。さっき送られてきたこのセリフ? 読めばいいわけね?』


「そうそう」


『――このセリフの前に【ヨ】て書いてるのがあたし?』


「そうそう」


『――じゃあこの【彼】っていうのは?』


「彼氏役は俺がやるよ」


 軽く打ち合わせたりなんかして。

 さっそく俺のシナリオ第1弾をお披露目する機会がやってきた。


 ご好評につき、てな感じで第2、第3弾とシリーズ化していきたい所存。


 受話スピーカーから届くヨリコちゃんの咳払いに、俺まで緊張する。

 なんか心の奥までさらけ出してるみたいで、照れくさくてしょうがなかった。


『――わ、わぁ! ここがナイトプール!? ライトアップめちゃきれーい!』


「……うん。ちょっと固いけどまあ、つづけて」


『――あたしナイトプールとか行ったことないんだけど。あとセリフ説明っぽくない?』


「つづけて!」


 演者が監督にダメ出しすんじゃないよ。

 まず状況を説明しないとはじまらないだろが。


 俺は神経質に机を指先でトントン叩く。


『――ねぇねぇ、やっぱいっしょに来たかったね? 彼、氏の名前……』


「そう。そこは……彼氏の名前を呼ぶ」


 あえて“彼氏”としか書いてない。

 ケンジくんの名をシナリオに登場させるのは、なんかイヤだったという子供じみた理由からだ。


『――じゃあ。いまは、彼氏役をやってくれてんだから……――いっしょに来たかったね? ソウスケくん』


 胸が熱くなる。

 名前を呼ばれたことが、想像以上に嬉しくて。

 まるでヨリコちゃんに選ばれたみたいだ、なんて思ってしまった。


『――……おーい彼氏くん、セリフセリフ』


「え? ああ、俺か。――よ、ヨリ、ヨリコ……ちゃんはか、か、か」


『――いや演技ひっど!? どんだけ緊張してんの!? よくそんなんでひとにダメ出しできたね!』


「ヨリコちゃんはかわいいから! ナンパとかされないか俺心配だよ!」


 くう……演者からの突っ込みが激しい。

 自分で書いた脚本とはいえ、これを自分で口にするとなれば羞恥心が増大してしまう。


 立ち上がってエアコンの真下を陣取り、冷風を直接浴びて火照りを冷ます。


『――ね。このシナリオだと、ヨリコって呼び捨てになってるけど?』


「ミスですごめんなさい! 次いって次!」


 くそ、俺が呼べないのわかってて言いやがってヨリコめ!

 心の中じゃいくらでも呼んでやるぞヨリコめ!


『――ちょっと水着派手だったかなぁ? なんか細マッチョに、じろじろ見られて……あ、ヤバ。こっち来た』


「よ、ヨリコちゃん! それたぶんナンパだよ! はやくそこから離れて!」


『――だいじょぶだってぇ。ちょっとあしらってくんね?』


「ヨリコちゃん!? ヨリコちゃん!」


『――そして1時間後』


「あ、そこ読まなくていいとこ」


 ここからが本番だ。

 ヨリコちゃんの演技力に磨きをかけていかないと。


『――あっ、やんちょっと、勝手に電話、ダメだって……もう』


「よ……ヨリコちゃん……?」


『――そ、ソウスケくん、気にしないで? なんでも――あっこら!? く、ぅ、ない、から……!』


「なんか声我慢してない!? ヨリコちゃん今どこいんの!? 何してんの!? ヨリコちゃん!? ねえヨリコちゃんっ!?」


『――ちょっマジ耳もとでヨリコちゃんヨリコちゃんうるさっ!! てかそんなセリフこれに書いてないじゃん!?』


 つい、熱が入りすぎてしまった感は否めない。

 エアコンの冷風を浴びてなお、汗だくになっていた。


「あ、アドリブってやつだよアドリブ」


『――だいたいさぁ? これじゃ、いつもあたしがやってんのと変わりなくない?』


「ぜんぜん違うって! つづき読んでみてくれ!」


『――えー……だって、つづきって……そ、そんな浮き輪に乗ってとか、あっ!? そこ、そこは、あたしの、あたしの――』


「あ、あたしの?」


 いいところで沈黙してしまったヨリコちゃんに先をうながした。

 もっとも筆が乗った箇所なので、ぜひとも完読してもらいたい。


 次第に、うなるような声をあげはじめるヨリコちゃん。

 そして高まった感情を爆発させる。


『――やっぱやだっ!! あたしにセクハラしようとしてない!?』


「断じてしてない! 創作はリビドーだから!」


『――なんっ……りび!? 知らん言葉使うなし! そもそもあたしのキャラもちがうし、あと浮き輪ってなに!? なにすんの浮き輪で!』


「いやこう、プカプカ浮かびながら重なって」


『――無理でしょ!? バカじゃないの!? とにかくこれはぜーんぶダメ! 作り直して!』


「そんなっ!?」


 頼まれたから添削してやったのに、気がつけばリテイクをくらっていた。

 もし俺が作家先生だったらプライドがズタズタになっていたところだ。


 通話が切れてしまったので、エアコンから離れてベッドに腰かける。


 しかし、あれだな。

 演技とわかっていても、彼氏役はやっぱ脳の負担が大きい。

 心臓もヤバい。


 配役を考え直す必要があるか。

 となると……そうか、電話じゃなくたって。


 すでに深夜に差しかかろうとしていたけれど、そのまま小1時間ほど机に向かう。

 この日は机に突っ伏して寝てしまった。


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