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第25話 1人称が名前呼び女子の襲来

 ヨリコちゃんとふたりで、シュリンクした本を陳列する。


「――ぅぷっ。……うぇえ」


「ちょっ、また!? ソウスケくんマジで大丈夫なの?」


 身をかがめた俺の背中を、やさしくさすってくれるヨリコちゃん。

 それやられると、よけいクる。


「ぜったい早退した方がいいって!」


「だ、大丈夫大丈夫。たぶん、昨日パスタにニンニク入れすぎたのが原因だから」


「ニンニク? ……うーん。そのわりには、ぜんぜん匂いしないけど」


 俺の口もとに、ヨリコちゃんが無防備に顔を寄せてきてクンクンするので、あわてて身を引いた。

 ムッと眉をひそめて、ヨリコちゃんはほっぺたをふくらませる。


「そぉんなイヤがんなくてもいいじゃん、傷つくなぁ」


「そ、そうじゃなくて」


 キスされるのかと勘違いして、ドキドキしたとか言えるわけない。


 それにヨリコちゃんと向かい合っていると、先日の寝取られ報告を思い出して――


「……うっぷ!」


「ほらまた!? 帰んなって!」


 受けたダメージは相当なものらしい。


 これ以上迷惑かけるわけにはいかないので、仕事をレジに回してもらった。

 ヨリコちゃんは陳列を続けながら、こっちを心配そうにチラチラ見てくる。


 しんどくても不思議と帰りたくはならない。

 ヨリコちゃんが気にかけてくれるのが、もしかして嬉しいんだろうか。


 ともかく顔を直視さえしなければ平気なので、集中してレジに打ち込んでいると。


「こーれくーださい!」


 元気な声と共に、レジに参考書が置かれた。

 耳に残る、よく通る声だな、と顔をあげる。


 パッチリと大きな瞳に、茶色がかった髪を頭頂部寄りの後ろで結わえたポニーテール。

 アイドルにでもいそうなかわいさ。


 あれ? でもこの顔どこかで。


「なんか死にそうな顔してるね! 弓削くん、だったよね?」


「あ。たしかファミレスの」


「そう! ヒルア! 双葉(ふたば)陽留愛(ひるあ)でーす。よっろしく!」


「おお……眼球はさんだ横ピースのポーズ」


「いや眼球て。もっとかわいい言い方あんでしょうよ」


 生でする人はじめて見た。

 これって自分でかわいいと自覚してなきゃできないポーズだよな。

 ええ、偏見です。


「ヒルア? ……なんでここに?」


 双葉さんに気づいたヨリコちゃんが、作業の手を止めてレジまでくる。

 俺に見せたものと変わらない笑顔で、双葉さんが手を振った。


「ヨリコ、おひさ! 最近ぜんぜん顔出さないなと思ったら、バイト忙しそうだね?」


「まあ……うん。それよりどうしたの? あたし、まだバイト終わるまで時間あるから。話なら、そのあとで――」


「いやいや、おかまいなく! 今日はヒルアね、弓削くんに用があってきたの!」


「え? 俺!?」


 レジカウンター越しに腕を掴まれ、ふたりへ交互に視線を向ける。

 双葉さんはにっこり笑って、ヨリコちゃんは無表情で、睨み合うような格好のふたり。


 仲、よくないんだろうか?

 事情が事情だし、仕方ないのかもしれないが。


「……なんでヒルアがソウスケくんに用事? 知り合いなの?」


「い、いや、こないだマオと行ったファミレスで、たまたまね?」


「……ふーん。たまたま寄ったファミレスが、ケンジくんとこだったんだ?」


「そうそ! だよね弓削くん? ヨリコ、疑ってるの~?」


「べつに疑ってるなんか、言ってないし」


 双葉さんが来る前と比べて、あきらかにヨリコちゃんの機嫌が悪い。


 助けを求める願いが通じたのか、レジでのやり取りに店長が割って入ってくる。


「あらあら弓削くんまだいらしたの? さっきも言いましたが、今日はもうお帰りなさい。あなた、どんどんやつれていってるように見えるわよ?」


 それはこの状況のせいかもです。

 なんだかこの板挟みは異様にしんどい。


「はいはい! それならこのヒルアちゃんが、弓削くんのお姉ちゃんとして家まで送り届けてあげよ~う!」


 いつ俺の姉になったんだよ。

 突っ込みを口にする気力もない。


 だけど店長も乗り気だ。


「いいんですか? ひとりじゃ心配だったから助かります。どうかよろしくお願いしますね」


 店長は店長で母親みたいな口ぶりだった。


「あの店長、それなら、あたしが付き添います」


「だめだめ! ヨリコはまだバイトでしょ? ふたりも抜けたら店回らないじゃん。それに弓削くんには用事あるって言ったでしょ?」


「だからっ、ヒルアがソウスケくんになんの用事が――」


「ケンジの連絡、きてない? まあ、まだバイト中だからスマホ見れないっか。じゃほら、いくよ弓削くん?」


「あちょっと!? 腕ひっぱらないで!」


 脱いだエプロンは店長が受け取ってくれて、俺は店の外へとずるずる双葉さんに引きずられていく。

 ああ……ヨリコちゃんのせっかくの申し出が。


 名残惜しくてレジを振り返ると、ヨリコちゃんが腕を組んでめちゃくちゃ冷たい目をしてた。


「……よかったね? かわいいお姉ちゃんが送ってくれて」


 せっかく仲直りしたばかりなのに!

 なんでこうなんだよくそっ!




 双葉さんとふたり、バス停までの道のりを歩く。

 軽やかな足どりはステップを踏んでるみたいで、ほんと優良元気娘って感じ。


「……ふんふん。なーるほど。ヒルアの見立ては間違ってなさそだね!」


「見立て? あの双葉さん、ところで俺に用事って? とくにないなら俺、体調はもう大丈夫ですから」


 目前でくるんとターンした双葉さんが、1本指を俺の鼻先にビシッと突きつけた。


「弓削くん。君はヨリコが好き! ……でしょ!?」


 ひるむな。

 その手の指摘はマオで慣れてる。


「そりゃ好きですよ。友達ですから」


「平然とした顔うまいね! 色恋でヒルアを誤魔化そうたって無理だよ? まあ聞いて! その件含めて弓削くんに相談があるんだ~」


「相談? それが用事ですか?」


「だから、体調ホントに大丈夫ならどっか寄らない? ヒルアとしても男の子の家にあがり込んで密会するのは、ケンジに邪推されたくないしさ?」


 この人もケンジくんか。

 そういえばファミレスでも、ケンジくんのお父さんを“パパさん”なんて呼んでたっけ。


 つまり双葉さんは、ケンジくんのことをまだ。


「……いいですよ。どこか寄りますか?」


「カラオケかボーリングどっちがいい!?」


 体調不良の人間を誘うには、どっちもハード過ぎやしないか?


 でも俺のは精神面からくる不調だ。

 今は、体を思いきり動かしたくもある。


「よし、行きますか!」


「え!? どっちよ!?」


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