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第24話 寝取られ報告ゲイボルグ

 スマホを手に取り、少し困惑する。


 電話? メッセージじゃなくて?

 予想してなかったな。


 でもこれは直接話ができるいい機会だ。

 もうボイスチェンジャーを使う必要もない。


 ただ俺は、夏休みを最後まで、ヨリコちゃんとおもしろおかしく過ごしたいだけなんだと。

 本心を伝えよう。


 意を決して着信に出ると、スピーカーに切り替えた。


「もしもし?」


『――……もしもし、ソウスケくん?』


 受話口から聞こえてきたのは、まぎれもなくヨリコちゃんの声だ。

 ずいぶんと久しぶりに名前を呼ばれた気がして、胸がじんわり熱くなる。


「ヨリコちゃん、俺、ごめん! もう一度ちゃんと――」


『――ソウスケくん、聞こえてる? 聞こえてるよね。……あたしさぁ、いま、ケンジくんとラブホいんの』


「……え……?」


 言葉の意味を理解するにつれ、遅効性の毒を打ち込まれたみたいに手が震える。


 待て。

 いやいや、え?


『――あん、今日、んん、ケンジくんはげしくて、やっぱり好きだなぁ、て、実感してる、あ』


 断続的な嬌声と、なまめかしい吐息。

 これまでの寝取られ報告で1番、情感の込められた声。


 相手がケンジくんなら、寝取られってのも違うけど。


 いや、嘘だろ。

 嘘に決まってる。

 集まったケンジくんについての証言で、断片的ながら人柄もおおよそわかってきた。


 いくら彼女だからって、事の最中に他の男へ電話かけるなんて状況、許すはずがない。

 許すような男を、ヨリコちゃんが好きになるはずもない。


『――……ね、聞いてるでしょ? 聞いて? ……ダブルピース、いる?』


 あれほど欲しかったダブルピース写真なのに、返事ができずにいた。

 単純に声が出ない。


 嘘だとわかっている。

 わかっているのに、動悸がはげしくなって、喉がカラカラに渇いて、冷たい汗が吹き出る。


 なんなんだ、これは。

 吐くぞ。

 これが本来の……寝取られ報告の破壊力ってことなのか?


 無理だろ、こんな暴力だれが耐えられるんだよ。

 マオか? 半端ねえなあいつ。


 すげえとは思うけど、そんな領域にやっぱり俺は至れないと実感した。

 寝取られ報告の文言なんか、すべて禁呪としてこの世から抹消すべきだ。


 どういうつもりなのか、かすれた声でやっとのこと問いただす。


「ヨリコちゃん、なんでこんな」


『――……あたしの答え、だから』


 答え。

 それはつまり、俺が送ったメッセージに対する答え。

 俺が夏祭りに誘って、ヨリコちゃんの返事がこの報告なのだ。


 意図的に俺を遠ざけようとしている。

 要は、こうすることによって、俺が傷つくとヨリコちゃんは思っている。


「ヨリコちゃんは、勘違いしてる」


 わからせてやらなければならない。

 マオに背中を押されて、本音を話すと決めたんだから。


『――……勘違い……?』


「あのさ、俺のこと嫌い?」


『――……正直、ムカついた。……でも、あたしもひどいこととかいっぱいしてて、そこは飲み込めた。けどさ、あのメッセもそうだし、ソウスケくんの気持ちに、あたしは――』


「俺を嫌いかどうか聞いてんだけど」


『――……っ、キライじゃないけど!? なんか、やっぱムカついてきた、言い方!』


「ヨリコちゃんと電話で話すの、楽しくてさ。からかったりもしたけど、嫌な思いさせたかったわけじゃないんだよ」


 本音だ。


「身バレしちゃったら、もう電話できなくなると思って……だから言い出せなかった」


 実際、バイトの後輩である俺(・・・・・・・・・・)には電話を教えてくれなかった。

 メッセージアプリから電話できたとして、ヨリコちゃんにその気がないんだったら意味はない。


「俺さ、この夏休み、ヨリコちゃんと遊べてまじで楽しかった。……いい友達ができたなって」


 これも本音。


『――……うん……あたしも楽しかったよ? でもだからこそね? 気を持たせるようなこと――え? 友達?』


「まだ友達じゃないなら、友達になりたいと思ってる」


 通話口の向こうで、小声で『……ぇ~』とか言ってる声が聞こえる。


『――と、友達。うん、友達だよ? でも……え……あたしのこと、す、好き』


「友達だと思ってる」


 本音。


『――…………そう。うん、そか』


「やっぱ勘違いしてた?」


『――~~~~っ、してたよっ!? めっちゃしてた! なんそれ、恥っずい! あーでもなんか……ホッとしたぁ……!』


 心底から安心したように、ヨリコちゃんは涙声にすらなっていた。


「だから夏休み最後のイベントとしてさ、夏祭りで楽しく締めたくて……どうかな?」


 本音なんだよ。


『――あ、ああうん夏祭りね? 行きたいね? でもふたりで?』


「俺の夏休みはヨリコちゃんではじまったから、やっぱふたりで行きたいな」


 矛盾してねえよ、本音なんだから。


『――いやわけわからんし。ま、ちょっとケンジくんに話してみるね? 保留ってことでいい?』


 さっきの報告電話の内容を思い出して、シャツの胸もとを握りしめる。


「わかった……もちろんいいよ」


『――えと、じゃあ……またバイトでね? えと……話できて、よかった』


「うん、俺もだよ。じゃあまた、バイトで」


 通話が切れて、自分がずっと立ったままだったことに気づいてベッドへ腰かける。


 希望通りに事が運んだ。

 ヨリコちゃんと仲直りできたし、夏祭りの約束だって前向きな返事がもらえた。


 じゃあなんで、こんな胸が苦しいんだ。

 天才がゆえの心臓病か?


 ぜんぶ本音でしゃべったよ。

 俺は楽しく夏休みを過ごすのが希望で、今まさに成就しようとしてるのに。


「……もっかい風呂はいろ」


 汗でぐっしょり濡れたシャツに、エアコンが効きすぎて身震いした。


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