第23話 火の玉ストレート
さっきユウナと呼ばれたウェイトレスが、巨大なフルーツパフェを運んでくる。
重々しくテーブルに置かれた、螺旋を描く生クリームと大きめにカットされたフルーツのコラボを見下ろし、マオが瞳を輝かせる。
「待たせたな。だが、その価値があることは保証しよう。では、存分に舌鼓を打ってくれ」
ニコッと微笑むとだいぶ印象が変わるな。
しゃべり方は古風というか独特だけど、悪い人間ではないのだろう。
「あの、すみません。ちょっと聞きたいんですが、今日……ケンジくんは?」
「む? なんだ、ケンジの後輩か? 悪いが夏休みの間、ほぼあいつは勉強合宿に参加していてな。やつが安心して勉学に打ち込めるよう、こうして慣れない接客を買って出たわけなんだが……」
ずっと寝ていたアサネちゃんという女子が起きたらしく、向こうでウェイトレスのヒルアちゃんとなんだかギャーギャーやりあっている。
聞こえてきた内容によると、どうもアサネちゃんが飲食代を持っていないことが原因のようだけど。
「まったくあいつらは……。すまない、これで失礼する。なんならケンジが戻るまでゆっくりしていくといい」
争うふたりにさっそくユウナちゃんが怒声を浴びせ、店内は三つ巴の様相をみせはじめた。
そうか、ケンジくんはいないのか。
ホッと安心したような気持ちでストローに口をつける。
「で、どーする? 天晶かえってくんの待つー?」
「……話すことなんか、なんもないだろ」
「青柳は俺がもらうー! とか?」
ジュース噴きそうになったじゃねえか。
どうしてヨリコちゃんの彼氏様に宣戦布告せにゃならんのだ。
一切の理由がない。
冷ややかな視線を向けるも、マオはいまだにテンション高く騒ぐ3人を遠巻きに眺めている。
「やっぱさー、すげーよなー……」
「ん? ああ、たしかに創作物の登場人物かってくらい個性的で――」
「青柳が、だよー?」
……ヨリコちゃんが?
遠い目をしてマオは、何かを懐かしむように口もとをゆるめた。
「わたし天晶が苦手って言ったじゃん? とーぜん、天晶にいつもくっついてるアイツらも苦手だったんだよねー」
最初はマオにしてはめずらしい――なんて思ったけど、あの強烈な個性を目の当たりにすれば頷ける話だ。
マオだってテンションは高めだけど、ベクトルというかノリがやっぱりぜんぜん違うと感じた。
「2年のときさー、アイツらん中でひとり浮いてるヤツがいてさー? なーんかパッとしない、モブか? みたいのが混じっててー」
ヘタに相づちは打たず、黙って聞く。
「なーんか気になって、声かけてー。そしたら仲良くなって……それが青柳だったんだよねー」
へえ。そんな出会いだったのか。
しかし……ヨリコちゃんがモブ?
寝取られ報告を間違い電話しちゃうし、意外な属性どんどん足されていくし、そんなヨリコちゃんがどこにでもいるだと?
はげしく口を挟みたくなるが、我慢する。
「んで、3年にあがるころには、アイツ天晶のこと落としちゃってんだもんなー。……アイツらを押しのけて、だぜー? 男の趣味はともかく、マジすげーよ青柳はさー」
そう語るマオの表情はどこか楽しげで、誇らしげでもあった。
痛快な笑みだ。
マオってなんだかんだヨリコちゃんのこと、好きなんだろうなって思った。
俺はケンジくんのこと、よくは知らないけど――
「女の子の趣味は悪くないよな、ケンジくん」
「ぷっくく……なんそれ、超ウエメセじゃーん。いいねー、いいよー? ソウスケくんー」
何がいいんだよ……。
さっぱりわからん。
「んでー? もうひと声ないのー? このまま夏休み終わったらバイトも終わるよー? ソウスケにとって高嶺の花になっちゃうよー?」
「ヨリコちゃんが高嶺の花とかなんの冗談だよ。何度も言ってるけど、俺はヨリコちゃんを好きとかそんなんじゃ――」
「そー。好きとかそんなんじゃねーんだよわたしの話は。オマエがどーしたいのか、それ聞いてんの」
俺が、どうしたいか?
そんなの決まってんだろ。
また1からやり直して、友達からはじめられる女子を探して、それから。
「楽しかったよねー夏休み。言っとくけどさー、青柳みたいなおもしれー女そーそーいないぞー? ケンカ別れしたまんまソウスケはぜーんぶ忘れて、新学期はじめられんのー?」
「…………っ」
俺は……楽しかった。
めちゃくちゃ楽しかったな。
認めるよ、マオの言う通りだ。
振り返ればろくでもない思い出もたくさんあるけど、それ含めてまじで楽しい夏休みだった。
ヨリコちゃんやマオがいたから。
そもそもが、ヨリコちゃんと出会えたから。
どうせ実現しやしないと思ってた、楽しい夏休み計画を見事に果たせたと言っていい。
それなのに、こんな終わり方――。
「……マオ。俺、帰るよ」
「そっかー。ここはわたしが出しといてやんよー、センパイとしてな」
「あ、ありがとう」
俺ドリンクバーしか頼んでないけどな。
「あと失敗したら抱いてやっからさー、いっしょに闇堕ちして天晶たちに復讐しようねー?」
「ただの逆恨みじゃねえか! でもまじで、ありがとうマオ!」
ファミレスを出て、帰途につきながらどうするべきか考える。
ヨリコちゃんには何度も謝罪した。
何度も何度も謝ったけど反応はなかった。
ヨリコちゃんの本音を覗いてきたんだ。
こっちも本心を晒すのが筋だろう。
家に直接行こうかとも考えたけど、俺はあくまでバイト先の後輩に過ぎなくて、ヨリコちゃんの彼氏でもなんでもない。
出過ぎた行為だ。
だからスマホを取り出し、メッセージアプリで文面を作成する。
嘘偽りのない心を込めて、送信した。
帰宅して、スマホを睨みつける時間が過ぎて。
これまで何を送っても既読すら付かなかったメッセージに、はじめて既読がつく。
“夏休み最後の思い出をヨリコちゃんと作りたい。俺と夏祭りに行ってくれませんか?”
どうか、最後まで楽しいままで――。
願いに応えるメッセージの到達を、祈るように待つ俺のもとへ。
スマホが着信を告げて震え出したのは、深夜0時を回った頃だった。




