07 込み入った話
どこの町にもある酒場は、冒険者たちがメンバー募集したり、クエストを受注したり情報交換する場所となっており、酒場のスタッフとして雇われている獣人族が、それらの仲介役となっている。
ラインゼルは酒場の個室で、冒険者パーティーを結成するために、メンバー募集の広告内容について、酒場のハミルに相談していた。
「ラインゼルさんから先ほど預かった構造図を酒場のアーカイブで調べたところ、既出のダンジョンだったので入口付近の構造図のみ、銀5本で買い取らせてもらいます」
ハミルが輪ゴムで留めた銀の棒貨5本をテーブルに置くと、向い合せの椅子に座っていたラインゼルは、少額報酬に文句をつけず受け取る。
「ラインゼルさんは、単独で紫色ダンジョン最深部まで歩けるなんて、本当に優秀な結界師だったのですね」
ラインゼルは紫色ダンジョン最深部の部屋から金塊を持ち帰っているので、ダンジョン最深部までの構造図作成は、旗揚げする冒険者パーティーのメンバー募集のとき、謳い文句にするのが目的だった。
「まあ僕は千年に一人の逸材なので、追い払えないモンスターはいないのです。ただ落とし穴が多くて引き返そうかと思ったのですが、結果的には、その落とし穴のおかげで最深部に到達できたのです」
「でも最深部の炎龍が未討伐なので、落とし穴に飛ばされた先で、遭遇していたら生還できませんでした」
ラインゼルにクエストを紹介したハミルだが、単独で紫色ダンジョンに潜れば、逃げ帰ってくると思っていたので、最深部まで到達した彼が、無事に戻ってきたことに胸を撫で下ろしている。
「ハミルさんには、そのことで相談したかったのです。獣人族の見抜く目で、僕の称号を確認してもらえますか?」
「ラインゼルさんが冒険者パーティーを立ち上げるのであれば、リーダーに相応しい称号が必要になりますからね」
なぜ魔界の住人だった獣人族が、冒険者にクエストを発注する酒場のスタッフなのか。
ハミルたち獣人族は、太古の敵だった人間の職業を見抜いたり、経歴を読み解いて称号を付けることができるからだ。
つまり獣人族には、クエストに適した冒険者を見つけられるし、職業を偽証しても見抜くことができる。
「どう見えますか?」
「ラインゼルさまの称号は『パープルの到達者』と『ドラゴンマスター』? が増えているのですが、ラインゼルさんの職業は、猛獣使いではありませんよね? そもそも大型龍の主人なんて称号は、見たことがありません」
「ああ、やっぱり、そっち系の称号が増えているのですね」
「どういうことでしょう?」
冒険者が名乗る称号は、クエスト依頼者に提示する二つ名であり、経歴で得た様々な称号のうち、訴求力の高いものを名乗るのが一般的だ。
ラインゼルは、クエストの依頼者に『鉄壁のラインゼル』と名乗っているが、見抜く目がある獣人族には、取得していない称号を偽証できないし、称号を隠すこともできない。
「ちなみに、サラの職業と称号も見てください」
「はい」
椅子の背もたれに腕を回して斜に構えていたサラは、ラインゼルに小突かれると、気怠そうに正面を向いて座り直した。
「獣人族如きに、私の器が測れるものかね」
「サラさんの職業は……!?」
ハミルは椅子から転げ落ちると、ラインゼルが駆け寄って抱き起こした。
「ラ、ラインゼルさんっ、こ、この女の子の職業は大型龍ですっ」
「知っています」
「知っています!? ラインゼルさんはッ、彼女が人化した大型龍だと知って−−」
「ハミルさん静かに!」
ラインゼルは、ハミルが大声を出すので口を塞ぐと、人差し指を自分の唇に当てる。
「込み入った話とは、サラの素性なのです。サラは炎龍ですが、首枷の結界札で動きを封じているので、僕の命令に逆らわないから安心してください」
ハミルが目を潤ませながら小さく頷いたので、ラインゼルは口を塞いでいた手を退けた。
「ま、まさかラインゼルさんは、紫色ダンジョン最深部の炎龍を捕獲してきたのでしょうか?」
「そのまさかです」
「どうやって!?」
「結界札の首枷を巻いてです」
「ラインゼルさん、炎龍の戦闘力は大型龍でもトップクラスで、魔王に匹敵すると言われています。ゴブリンやオークを捕獲するのとは、次元が違います」
「ハミルさん、とりあえず椅子に座って落ち着きましょう」
「は、はい」
ラインゼルが倒れた椅子を起こしてハミルを座らせると、青ざめた顔の彼女を見て、サラは上機嫌の様子だった。
「おい、ラインゼル。私を前にした人間は、この雌猫の反応が正しいのだ。貴様は、神性なる私を畏怖しなければならんぞ」
「サラは、黙ってください。ハミルさんの協力が得られなければ、サラを殺処分しなければならないのです」
「どうして雌猫が協力しないと、私が殺されなければならんのだ?」
「魔王は、ダンジョンを通じて人間界にモンスターを送り込んでいるのです。だから魔界に繋がるダンジョン内のモンスターは本来、人間界に連れ出しが禁止なのですよ」
「ラインゼルは、こいつら獣人族も魔界の住人だったが、人間界で暮らしていると言ったぞ。それに私は龍族の末裔でモンスターではないし、人間と争っている魔族でもないではないか?」
「それが残念なことに炎龍の分類は、大型龍系モンスターに分類されているのです」
「なんだと!?」
モンスターとは、魔族の精神支配を逃れられない魔物であり、彼らが人間を襲うのは、魔物と魔族の絶対支配者である魔王が命令しているからだ。
そしてモンスターの分類は、大きさにより小型、中型、大型の3つに分けられており、さらに怪人系、獣系、精霊系、物質系など様々に種別されている。
ラインゼルたちが紫色ダンジョン深部で遭遇したゴーレムは、中型物質系モンスターであり、人間の大きさと変わらないガーゴイルやクリスタルナイトは、小型物質系のモンスターである。
炎龍サラは、人間の五倍ほどある体長から大型、蜥蜴と交雑した火龍と同じ龍系、大型龍系モンスターに分類されており、魔王が支配する紫色ダンジョンの統治者に認定されていた。
「ラインゼルは、また私を騙したのだな」
サラは赤い目を見開くと、両手を赫灼たる赤に染めた。
「いいえ。人語を解する知性体は、魔界の住人であっても友好的と判断できれば、獣人族のように人間界で受け入れられるのです」
「人化できる私は、純粋な竜族の血筋にあるから問題ないぞ」
「ところが問題は竜族が滅んでしまっており、サラが蜥蜴と交雑した火龍のように、魔王の命令に逆らえないなら、やはり人間界に連れ出すのが禁止されているモンスターなのです」
「ラインゼルは、私が魔王の命令に逆らえないモンスターだと思うのか?」
「モンスターを躊躇なく殺したサラは、魔王の精神支配を受けていません。モンスター同士は、仲間割れしないのです」
「私は、魔王とやらに義理はない」
「それを証明するには、見抜く目が使えるハミルさんの協力が必要なのです。ハミルさんの目には、サラがダンジョンで倒したモンスターの種類や数も見えるのです」
「なるほど、私がモンスターどもを倒しているなら、魔王の精神支配を受けていない証明になるのか」
「はい、そういうことです」
モンスター討伐した冒険者は、酒場のスタッフである獣人族に見抜く目があるので、狩猟したモンスターの申告をしなくても討伐報酬が受け取れる。
ラインゼルが冒険者パーティーを立ち上げても、リーダーのモンスター討伐経験が少ないことも、メンバーが集まらないと危惧する理由でもあった。
「そういうことなら納得した。雌猫、私の器を改めて見るが良いぞ」
ハミルは頷くと、サラに手を翳した。
「サラさんの職業は『大型龍』で、称号は『キングオブドラゴン』『ダンジョンキーパー』『パープルの統治者』『パープルの殺戮者』……ぷっ」
「お前は、なぜ笑っている?」
「わ、笑っていませ……ぷぷっ」
「貴様ッ、笑っているではないか!」
ハミルは咳払いすると、呼吸を整えて神妙な面持ちになった。
「サラさんが得た最新の称号は『世間知らずの従者』です」
「わ、私が世間知らずだと!? 私は血の記憶で博識なのだぞ! そもそも従者ってッ、誰の従者なのだ!」
「ドラゴンマスターのラインゼルさんでしょう? ぷっ、ぷぷ」
「雌猫ッ、そんな恥ずかしい称号は取り消せ! 今すぐ取り消すのだ! 私がッ、いつラインゼルの従者になったのか!」
「称号はっ、私が勝手に付けているわけではありません!」
「取り消せ! 取り消せ! 取り消せ!」
慌てたサラが、ハミルに飛びかかろうとするので、ラインゼルが襟首を掴んで止めた。
「称号は、サラの意思と行動で決まるのです」
「しかし私は世間知らずでもなければ、ラインゼルの従者ではないぞ」
「世間知らずは、御令嬢の代名詞ですし、僕の従者なら誇って良いと思います」
「いや、しかし私がラインゼルの従者というのは納得できな−−」
「サラは、死を恐れて取るに足りない冒険者に捕獲されたので、しぶしぶ魔王を討伐するのですか? それとも自らの意思で、僕と共に魔王を討伐するのですか?」
「それはッ、自らの意思に決まっているだろう! 私は炎龍だぞ! 命が惜しくて人間の命令など聞くものか!」
「ではサラの二つ名は『世間知らずの従者サラ』で良いですよね?」
「それは、さすがに嫌だ」
「では僕は『パープルの到達者』を名乗ってメンバー募集するので、サラの二つ名は『パープルの殺戮者』を名乗りましょう。二つ名は、所有している称号から名乗れば良いのです」
「それなら良しッ!」
ハミルは、大型龍の王たる称号『キングオブドラゴン』の炎龍サラを言い包めるラインゼルを見て、魔王討伐を口にする彼の本気度が伝わってきた。
ラインゼルは魔王討伐のためなら、勇者の靴を舐めるのも厭わず、暗黒魔界の門番と呼ばれる炎龍を仲間にするなど、とことん手段を選ばない男なのだ。