02 リアンナの誤算
アルフォートは、結界師のラインゼルの代わりに、白魔道士リアンナを加えた新パーティーを率いて、魔界の最も浅いところに繋がっている赤色ダンジョン探索のクエストを受注していた。
「アルフォート様、赤色ダンジョン探索で良かったのですか?」
リアンナは、魔王討伐を目指した勇者パーティーだと誘われていれば、初心者が訓練のために受注するような、赤色ダンジョンの探索に向かうアルフォートに首を傾げている。
「前回までのクエストは、メンバーに臆病な結界師がいたせいで、フランシア嬢のレベルアップが追い付かなくてね。リアンナの実力も確かめておきたいので、小手調べに赤色にしたのさ」
「私の実力なら、黄色ダンジョン最深部まで到達しています」
「へぇ〜、リアンナは優秀な白魔道士だったんだね」
「私の経歴は面接のとき、ちゃんと話しました」
「リアンナの容姿が美しくて、経歴なんて耳に入ってこなかったな。まあ、今まで冒険で集めたアイテムを換金すれば、しばらく遊んで暮らせるし、ピクニック気分でモンスター狩りを楽しもうぜ」
「ピクニック気分ですか」
「何か不服でもあるのかい?」
アルフォートが片眉を上げて不快感を示すと、黒魔道士ルルカが腕に絡みついて、人差し指を咥えて上目遣いになった。
「アルフォート様、リアンナなんて当てにしなくても、赤色ダンジョンのモンスターなんて、あたしの火炎魔法で瞬殺してみせますわ」
「俺は、最初からリアンナに期待してない。白魔道士のモンスター除けは聖水程度の効果だし、治癒魔法だって致命傷を癒やさないのだからね」
「ふふ、解っていらっしゃるのですね」
リアンナは、アルフォートの物言いに苛立ちを覚えたものの、隣を歩く女剣士フランシアが肩を小突いて、ウインクするので堪えた。
「私は、リアンナの前任者のせいで、まだモンスターと戦ったことがないのです。勇者アルフォートは、道場剣術の私をレベルアップさせようと、赤色ダンジョンのクエストを受注してくれたのです」
「私は事情も知らずに、余計なことを言ってしまったのですね。それでアルフォート様は、私をお諫めになられたのですか」
「リアンナの前任者は、本当に臆病な結界師で、せっかく藍色ダンジョン最深部まで到達したのに、結界を張ってモンスターと戦闘をさせてくれなかった」
「藍色ダンジョン? 藍色といえば魔界の深層、大型龍の棲むダンジョンではないのですか?」
「ああ、私は『ドラゴンスレイヤー』の称号が欲しかったのに、結界師のやつが最深部から追い払ってしまったので、一戦交えることができなかった!」
フランシアが、まだモンスターと戦ったことがなければ、大型龍に勝てる見込みはない。
リアンナは、結界師の結界が大型龍を追い払ったのならば、前任者は最高位にある術者だと思った。
「私は、大型龍を退ける結界師の代わりになれません」
「リアンナ、アルフォート様がいるから大丈夫です。彼は、藍色ダンジョン最深部に到達した勇者なのです」
「でもアルフォート様も、モンスターとは遭遇してないのでしょう?」
「そう言われてみれば、このパーティーの最古参は結界師のラインゼルだったし、アルフォート様が藍色ダンジョンに到達したのは最近ね」
「フランシアさんは、アルフォート様が戦っている姿を見たことがあるのですか?」
「見たことないけれど、アルフォート様の職業は勇者だし、顔立ちも整っていれば、称号は『インディゴブルーの探窟家』なんだから、大型龍くらい倒せるでしょうね」
職業は生まれ持った素質で決まれば、探窟家の称号は藍色ダンジョンの最深部に到達したことを示しているだけで、アルフォートの実力を測る物差しにならない。
それにアルフォートの顔立ちが整っていることは認めても、だからどうした? である。
「勇者の素質があっても、戦闘しなければレベルアップしません。アルフォート様は、本当にお強いのでしょうか?」
勇者パーティーが赤色に発光するダンジョン入口に到着すると、アルフォートとフランシアが剣を抜いて構えて、魔導師の二人の前に立った。
「さてリアンナ、入口周辺の雑魚モンスターを追い払ってくれるかな」
「ええと、アルフォート様、白魔道士の『聖なる光』でモンスターを退けられますが、こんな入口で魔力消費しても良いのですか?」
「ダンジョン最深部までは、体力と魔力を温存しておきたい。スライムやワームとの戦闘は、面倒だから割愛して良いだろう」
「でも赤色ダンジョン探索の目的が、フランシアさんのレベルアップなら、経験値を積上げた方が良いと思うのですが」
「私も、どうせ初陣なら最深部のゴブリンたちと戦いたい。それに、お父様にもらった魔剣フランシアソードの刃を、スライムやワームみたいな雑魚モンスターの体液で汚したくない」
そう言ったフランシアの構える剣には、宝飾品のように宝石が散りばめられており、切れ味はともかく、高価な剣に間違いなさそうだ。
「解りましたが、私の『聖なる光』は、発光する錫杖の照らしている範囲のみモンスターを追い払います。岩陰に潜むモンスターや、目を閉じて襲ってくるモンスターに通用しません」
「では俺たちが影にならないように、リアンナが先頭を歩いてくれ」
「魔法使いが前衛なのですか!?」
「だって俺たちが前を歩いたら、光でモンスターを追い払えないのだろう。俺とフランシア嬢が、背後から守ってやるから安心しろ」
リアンナは、白魔道士を前衛に立たせるパーティーなんて見たことがなければ、魔力消費のペース配分を無視するリーダーも聞いたことがない。
勇者アルフォートの職業と、魔王討伐を目指しているパーティーだと誘われて、メンバーに応募したリアンナだったが、パーティーリーダーの勇者は口ばかり達者で実力が疑わしく、女剣士はモンスターの体液で剣が汚れると文句を言えば、黒魔道士は人目も憚らず男に媚びている。
「では出発します」
「リアンナ、頼んだよ」
「神性なる者の恩恵で与えられたホーリーライト、悪しき魂を祓いたまえ」
リアンナを先頭にした勇者パーティーが、魔界の最も浅い階層につながる赤色に発光するダンジョンに潜入すると、軟体のスライムや、大きなミミズのようなワームが錫杖の光から逃げて、にゅるりと壁の隙間に隠れてしまった。
モンスターは実力差のある冒険者から逃げる傾向があるので、勇者パーティーが実力者揃いなら、入口周辺の雑魚モンスターが襲ってくる可能性は皆無なのだが、壁の隙間や岩陰に隠れたスタッフたちの殺気に晒されている。
「こんな浅瀬でホーリーライトを使うから、スライムたちに足元を見られているのね」
「どうしたリアンナ?」
「アルフォート様、赤色ダンジョンで聖なる光を使う必要はありません。この程度のモンスターを追い払うのであれば、数体倒して実力差を見せつければ良いのです」
リアンナは錫杖の明かりを消すと、前から飛び掛かってきたスライムに、棒術のように長い錫杖を横に振り抜いて迎撃した。
錫杖に抉られたスライムの肉片が、リアンナの胸元に向かってぷしゃと飛散して、彼女のボディライン浮かぶ白い法衣を白濁した体液で濡らす。
「さあッ、フランシアさんも!」
リアンナは、傷口から白い体液が零れるスライムに、錫杖の石突を立てると、腰が引けているフランシアを鼓舞した。
「え〜、私は嫌よ」
聖なる光が消えた坑道のようなダンジョンの壁や岩陰からスライムとワームが、ウネウネと身を捩らせて軽鎧のフランシアに這い寄ってくる。
「フランシアさんがレベルアップしたいなら、スライムと戦って経験値を稼ぎましょう」
「リアンナの言うとおりだな!」
「アルフォート様、スライムの体液で透けたリアンナの法衣を見てください。私は、あんな恥ずかしい姿になりたくないです」
フランシアが指差したリアンナの白い法衣は、スライムの体液に汚されて下着が透けていた。
「フランシアさん、防具の汚れを気にする冒険者などいません」
「リアンナの言うとおり、フランシア嬢とルルカもスライムの体液を浴びるべきだ」
「アルフォート様も戦ってください!」
「いいや、俺は魔力と体力を温存するので、お前たちがスライムの体液を浴びて辱められる姿を見ている。いいや、見たい!」
「「え!?」」
「さあッ、俺の命令だ! お前たちはスライムたちと戦え! 一人前になりたければッ、俺に恥ずかしい姿を晒すことを恐れるな!」
アルフォートの目的は、好みの少女を集めて楽園を作ることであり、モンスターや魔王と戦うことではなかった。
「きゃーっ、体液が顔に飛んできましたわ!」
「白濁した体液に美しい顔を穢される御令嬢……最高だ!」
「アルフォート様〜、あたしのローブマントが溶かされたわん♪」
「ルルカは、俺の気を引きたくて自分から脱衣したように見えたが、スライムの攻撃で衣類が溶けたのか? だがエロいから良しッ!」
こんな調子で数分後、濡れ濡れのリアンナが最後のワームを撃退すると、鼻の穴を広げて興奮する勇者アルフォートは、精根尽き果ててすすり泣く女剣士フランシアを介抱しており、なぜか全裸になっている黒魔道士ルルカが、頬を上気させて勇者の背中に頬擦りしていた。
「お前たち、よく頑張ったぞ」
「アルフォート様、私は……、フランシアは、スライムたちに穢されてしまいました。もう、お嫁にいけない」
「フランシア嬢は、俺が嫁にもらってやるから安心しろ」
「アルフォート様は、なんてお優しいのでしょう」
アルフォートの背中に縋っているルルカは、二人のやり取りを聞きながら薄気味悪い笑みを浮かべている。
「アルフォート様〜、私は二号さんで良いので、これからも可愛がってくださいよ♪」
呼吸を整えたリアンナは、雑魚モンスターと戦っただけなのに、クライマックス感が漂う惨状を目にして、さすがに耐え兼ねたようだ。
「この勇者パーティーは、いったい何なのですか? 赤色ダンジョンの入口周辺で、もうズタボロではありませんか」
「さあ、まだまだ先は長いぞ。リアンナ、みんなを治癒魔法で回復してくれ」
「アルフォート様は、まだクエストを続けるつもりですか?」
「こんな楽しいクエストは、初めてだ! 役立たずの結界師を追い出して正解だったな」
「私も、今すぐ辞めさせてもらいます」
「何を言っているんだ? ダンジョン内でメンバーを見捨てたと、俺が役人に通報すれば罪になるんだぞ」
「ダンジョンの出口は、すぐそこにあるではないですか」
「駄目だ! リアンナがパーティーを脱退するなら、俺は役人に訴えてやるからな」
アルフォートは、せっかく応募してきた美少女の白魔道士リアンナを手放したくなかったのである。
それにアルフォートの勇者パーティーは、結界師ラインゼルを追い出していれば、白魔道士リアンナに辞められると、アタッカーばかりで旅を続けるのが難しい。
「私は、魔王討伐を目指す勇者パーティーだと聞いて応募したのです。それなのにリーダーは戦わないし、剣士は剣や防具が汚れただけで泣き出すし、黒魔道士に至っては、戦闘中に服を脱いで遊んでいるではありませんか。私だって、役人にメンバー募集の虚偽記載で訴えても良いのですよ」
「べ、べつに最後に魔王を倒せば、宣伝文句に嘘はないんだぜ」
アルフォートが気不味そう顔で視線を泳がせたので、リアンナはため息をつきながら、ダンジョンを出ようとしました。
「くそ……、ちょっと顔が可愛いからって、勇者様の俺をコケにしてくれたな」
「私は町に戻り、魔王討伐を本気で目指しているパーティーを探します。役人に訴えるのであれば、ご自由にしてください」
「役人は、三流の白魔道士と勇者の俺と、どちらの言うことを信じるかな?」
「私ではありませんか。赤色ダンジョンも攻略できない勇者パーティーとは、もう二度と会うこともないでしょう」
「クソ女がッ。お前みたいな顔だけが取柄のいけ好かない女はッ、俺の方から願い下げだ!」
赤色ダンジョンを後にしたリアンナは、アルフォートに振り返らず町に戻った。
そしてダンジョンに取り残されたアルフォートたちは、リアンナに遅れて出てくると、彼女と反対に向かって歩いている。
もしもリアンナが町でパーティーの悪評を広めていれば、新しいメンバーを募集できないし、町に戻っても、彼女以上の美少女がいなかったからだ。