25 グァラの独白
死霊使いのグァラは、人払いしたサンバード家の地下牢で、ダンジョンから拉致してきた魔界の住人や知性体のモンスターを眺めている。
グァラの目に止まったのは、つい最近、サンバード家の冒険者パーティーが、藍色ダンジョンで拉致した耳が長く青ざめた肌の少女だった。
「藍色ダンジョンでダークエルフ族とは、当家の冒険者も珍しい種族を見つけてきたものだ」
ダークエルフの独房を前にしたグァラは、玉口枷を噛まされて、手足を縛られたまま横倒しになっている少女を見下ろしている。
グァラがダークエルフの魂を覗けば、まだ監禁されて日が浅い彼女の魂は輝きを失っておらず、彼を睨みつける視線も殺気を孕んでいた。
「気の強さは、さすが同胞と袂を分かち魔界に残ったエルフ族の子孫だな。君は、自分たちの祖先が人間界に亡命しなかった理由を知っているかね」
魔王なる魔物の王が世界各地にダンジョンを張り巡らせて、魔王軍が人間界に侵攻して以来、人族は国家の概念を捨てて、人族の王であるグランバルを中心として、各領地を統治していた五爵による封建制の統治機構に移行した。
人間界の制圧を企む魔王は、魔界と人間界をダンジョンで繋いで、地上にモンスターを送り込むと、魔素の濃いフィールドにモンスターや魔界の住人を潜伏させて局地戦を繰り広げている。
しかし人間界に送り込まれた魔界の住人のうち、魔王を頂点とする魔族ではない獣人族やドワーフ族、またエルフ族が魔王軍から離反して人間界に移住を希望した。
魔王の独裁による圧政に苦しめられていた魔界の住人は、人間界における封建制の統治機構に触れて、人間界への亡命を決断させたのであろう。
だが一部のエルフ族は、魔界に残り人族の軍門に下るのを拒んだ。
なぜなら魔法の知識に長けたエルフ族が人間界に移住すれば、その知識が人間界に流出して、たださえ泥沼化していた魔界と人間界の争いに終局の兆しが見えなくなるからだ。
「魔界に残りダークエルフ族となった君の祖先は、独裁者を嫌って終戦を遅らせたエルフ族より、よほど聡明だったのだろう。この世界から争いをなくすのならば、統治者の善悪を問う必要はない。重要なのは、争いの火種を拡散しないことだ」
ダークエルフの少女は、自分たちの祖先を称賛するとも取れる発言をしたグァラを見上げる。
グァラは人族でありながら、恩寵ともいえる魔法を人族に伝授したエルフ族を否定しているようだった。
「魔界と人間界の戦争が終わらなかったのは、人族に魔法を教えた魔界の裏切り者のせいだ」
人族が内に秘めていた魔力を応用して、魔法なる力に目覚めたのは、このとき人間界に移住してきたエルフから伝搬されたのだが、多くの魔導書を管理する教会の教典では、人族は有史以前から魔法を用いてモンスターや大型龍と戦っており、魔法は人族に備わった神の恩恵ということになっていた。
教会は、魔王軍と戦うための魔法が、魔界からもたらされた歴史を隠している。
「魔法は神の与えた御業である。神話であれば、誰も真偽を問わない。それが信徒で、教典に書かれた教義であれば尚更だ。しかし魔法が、魔界の住人だったエルフが与えたものだとしたら? 人族は、魔界の争い事に巻き込まれただけになる。エルフ族の功罪は、人間界に魔法を広めたことにあるが、俺は利己的な考えで、戦争を長引かせたエルフ族を罪深い存在だと思う」
グァラが口元を歪めて笑うと、ダークエルフの少女は首を縦に振って頷いた。
自分を捕らえたグァラが、戦争が長引くより魔王の統治による独裁であっても、平和を望んでいると解釈したからだ。
「君は、何かを勘違いしていないか? 俺は、魔法なんて広めたエルフ族がいなければ、人族は、呪術をもって魔界を制圧できたと言っている」
腰を屈めたグァラは、表情を緩めたダークエルフの顔を覗き込んだ。
「なぜ魔界の住人たちが、人族の軍門に下って人間界に移住したと思う? 魔王による独裁を嫌った側面より、人族には魔力を拒絶して魔法攻撃で倒せない呪術者がいたからだ。人族には、魔王の精神支配を拒むばかりか、自分たち魔界の住人を拒絶する力が備わっている。そんな呪術者が、この戦争に勝ったら、自分たちの居場所がなくなる。
そうだ。
彼らは、俺のような人族の呪術者が、世界の支配者になると考えたから軍門に下った。
魔界との繋がりがなかった人間界には、そもそも魔素が存在せず、人族に魔力が備わっていなかった。人族が魔力を得たのは、ダンジョンやフィールドから漏れ出した魔素に犯されたことに原因がある。地上は魔界との接触により、知らぬ間に魔界に侵食されていた。近年は、魔界の住人との混血も人間界の魔界化に拍車をかけている。
俺には、現状こそが魔王の思惑通りだと思えてならない。人族を魔力で犯して呪力を奪い、呪術者の地位を魔法使いたちに取って代わらせる。だってそうだろう? エルフたちの魔法攻撃が、魔王や魔族に通用するなら、黙って支配されているわけがない」
グァラは『つまりだね』と、一呼吸置いてから立ち上がり、困惑するダークエルフの少女を魂に手を伸ばした。
青白い肌の少女は、心臓を鷲掴みにされたような悪寒に身を捩らせる。
「魔王は、自分と対を成す存在が勇者ではなく、呪術者の王だと知っているのさ。だから魔王は、魔界の住人が人間界に亡命しても、エルフ族が人族に魔法を伝授しても、人間界の魔界化を促進するので黙認している。それに魔界の住人は、魔王と呪術者の王、呪王を天秤にかけて、人間界に移住を決めたにすぎない」
ダークエルフが見上げると、グァラは握りこぶしを解いて手を下ろした。
グァラの目に映る少女の魂は、先程より輝きを失っている。
「拷問官は、お前を殺さないから安心しろ。ただし死を懇願するような恐怖が、お前の魂を殺す」
少女は魂を覗かれないように魔力で抵抗していたものの、グァラの呪術が魔法でなければ無意味であり、魔力で防げない相手と対峙した彼女は、本能的に恐れをなしたらしい。
「グァラ様、サンバード様がお呼びです」
地下牢の階段を下りてきたシィシァが、ダークエルフの独房の前に立っていたグァラに声をかけると、彼は少女を残して地下牢を立ち去る。
そしてグァラとすれ違いに拷問官が、脱力しているダークエルフの独房に近付いていた。
 




