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ドラゴンマスターの結界師  作者: 幸一
第三章 サンバード家の陰謀
25/27

24 称号に相応しい待遇

 ラインゼルは翌朝、サラとリアンナを連れて市街地に出ると、冒険者を募集しているサンバード家の屋敷の前で二人と別れた。

 ローブマントを羽織って錫杖をついたラインゼルは、募集広告を見て訪ねた応募者だと名乗り、屋敷の門番に声をかける。

 サンバード家に雇われた冒険者は、ほとんどが他の町から出稼ぎにきた余所者であり、敷地内にある宿舎で生活していた。

 門番に連れられたラインゼルが、レンガ積みの三階建て宿舎に入れば、黒い腕章を巻いた雇われ冒険者が、昼日中から酒臭い呼気で談笑している。


「担当者が来るまで、この部屋で待っていろ」

「はい」


 ぶっきら棒な門番にラインゼルが通されたのは、そんな雇われ冒険者の宿舎一階の応接間であった。

 部屋には向かい合わせに置かれたソファとテーブル、壁にはサンバード家代々の当主が描かれた肖像画が飾られている。

 しかし本来飾られるべき、現当主である第14代サンバードの肖像画だけが空白となっていた。


「当主の肖像画は、家業を引継いだときか、成人を迎えたときに描かれるのです」


 部屋に入ってきた冒険者の採用担当者シィシアは、壁の肖像画を眺めているラインゼルに話しかける。

 黒装束のシィシアは、雇われ冒険者を取り仕切る死霊使い(ネクロマンサー)グァラの右腕と呼ばれる女で、目が丸く縦瞳孔の特徴は獣人族のそれだが、人耳なので獣人族の血統を継いだ亜人なのだろう。


「サンバード様は、まだ未成年なのですか」

「ええ、ご当主様は来年、16歳になられます」


「ずいぶんと、お若いのですね」

「先代が年を取ってからの子どもなのですが、各部門長が仕事を引継いでいますので、ご当主様の年齢を気にする必要はありません」


「なるほど」


 シィシアは、ラインゼルに席を勧めると、向かいのソファに浅く腰掛けて、酒場で発行される職業(ジョブ)や称号の書かれた彼の履歴書に目を通している。

 しかし冒険者の採用担当シィシアが獣人族の亜人であれば、見通す目(シースルー・アイ)が使えるので誤魔化しが通用しないから、わざわざ履歴書を確認する必要がなかった。


「ラインゼルさんは、結界師なのに面白い称号がありますね」

「僕は、勇者パーティーに所属していたことがあるので、そのときに得た称号が多いのです」


「ではラインゼルさんは、当家でも冒険者パーティーの所属を希望していますか?」

「ええ、まあ……でも内容次第です。ご存知のとおり、結界師の仕事はモンスターを寄せ付けないことなので、パーティーに不向きな職業です」


 シィシアは上目遣いに、ラインゼルの顔と経歴書を見比べると、確かにダンジョン攻略に関する称号が多く、冒険者パーティーで活躍していた経歴に間違いなさそうだ。

 結界師の称号は、得てして結界によるモンスターの襲撃から人々を守る『鉄壁の盾』や墓地を管理する『闇祓いの墓守』などが一般的であり、ダンジョン攻略系の称号は珍しい。


「うん?」

「どうかしましたか」


 シィシアは称号の中でも、一際異彩を放つ称号が目に止まる。


「この『()()()()()()()()』の称号は、どんなクエスト達成で得たものでしょう。猛獣を操る猛獣使い(ビーストテイマー)の称号に似ていますが、初めて見る称号です」


 ラインゼルは、シィシアの質問が狙いどおりだと思った。

 なぜならサンバード家がダンジョン内でモンスターを拉致しているなら、大型龍(ドラゴン)の炎龍サラを捕獲して得た『ドラゴンマスター』の称号に興味を示すと解っていたからだ。

 ラインゼルは、既に酒場のメンバー募集広告を取り下げており、彼が炎龍サラを従者にした事実は現状、酒場のスタッフである獣人族と一部の役人しか知り得なければ、『ドラゴンマスター』の称号から素性に繋がることはない。


「勇者パーティーに所属していたとき、大型龍を()()()()()()()()たことがあったのです。たぶん閉じ込められた大型龍が、僕に敗北を認めたのでしょう」

「大型龍を結界札で閉じ込めた? 結界札なら、結界内の大型龍の物理攻撃で破壊できますよね」


「大型龍の蜥蜴もどき(サラマンダー)は、勇者の攻撃で瀕死でした。視力も失っていれば、反撃する余力もなかったです」


 ただの結界師でも、勇者の攻撃で風前の灯だった火蜥蜴(サラマンダー)を捕獲したなら説得力がある。

 サンバード家が多くのモンスターを監禁しているのならば、結界師の需要は高く、彼らがダンジョン内でモンスターを拉致しているなら、大型龍の捕獲経験のある応募者が魅力的に見えた。


「シィシア、俺が彼を面接しよう」

「グァラ様!?」


 死霊使いグァラは、どうやら隣の部屋から応募してきたラインゼルと、シィシアの会話に聞き耳を立てていたようだ。

 部屋に入ってきたグァラは、シィシアの隣に座ると、彼に従っている若草色の少女を背後に立たせる。


挿絵(By みてみん)

 ラインゼルは、グァラの後ろに立った若草色の少女が、サラたちが見た小鬼姫(こきひ)だと直感した。

 サラたちの報告どおり、小鬼姫の足取りはしっかりして、死霊使いに操られたゾンビに見えなければ、表情の乏しさは淫魔(サキュバス)の呪詛で操られている様子もない。

 それにしてもゴブリンは、赤色(せきしょく)の深部から紫色(ししょく)ダンジョンに棲息する雑兵で、土塊から生まれる悪臭を放つ醜悪な妖精である。

 しかしゴブリンと魔族の交雑種、着飾った小鬼姫は、若草色の肌色を除けば、醜悪どころか見惚れるほどの美少女だった。


「君は結界師だったね?」

「あ、は、はい……初めまして、僕はラインゼルです」


 グァラに職業を問われるまで、小鬼姫に目を奪われていたラインゼルは、しどろもどろに答えると、背筋を伸ばして姿勢を正す。

 黒革の目隠しで視界を塞いだグァラは、モンスターの拉致監禁を現場で主導している黒幕の一人であり、たかが一介の冒険者の面接に、顔を出すとは考えていなかった。


「ラインゼルの経歴は、なかなか個性的(ユニーク)だ。結界師なのに、冒険者パーティーに所属していれば、モンスターを結界札で捕獲するなんて、普通の結界師にできることではない」

「恐縮です」


 グァラは目を塞いでいれば、シィシアのように見通す目を使っているわけではないのに、ラインゼルは計略を見透かすような視線を感じて顔を伏せる。


「死体を操る死霊使いを前にして、緊張しているのはわかるのだが、俺に人間の魂を操る能力(スキル)はない。人と話すときは、真っ直ぐ相手を見るのが礼儀ではないかね?」

「は、はい……申し訳ありません」


 死霊使いは、周囲の状況や対面する相手の魂を気配で察知しており、普段から視力に頼らず生活していた。

 だからグァラには、自分を前にしたラインゼルの魂が萎縮しており、緊張していることが手に取るようにわかる。


「何かに怯えているね」

「え?」


「ラインゼルは、俺が自己紹介しなくても、当家の冒険者パーティーを率いていると理解している。それを踏まえた上で、屋敷に乗り込んできたのなら、別の要件があるのではないかな?」

「いいえ、無礼を指摘されて緊張しているだけです。次に粗相があれば、サンバード家に雇って頂けません」


 グァラは、ラインゼルの魂が平静を取り戻したのを確認すると、真実を口にしたせいなのか、それとも度胸のある男なのか、はかりかねた。

 ラインゼルが本当にサンバード家に雇われたいのであれば、グァラの物言いに萎縮したのかもしれないが、何かしらを嗅ぎ付けてきた中央政府の回し者の可能性がある。


「まあ、良いだろう」


 グァラは含み笑いで、ラインゼルの言い分を認める。

 大型龍を捕獲したラインゼルの経歴は、魔界の住人を集めているグァラにとって有望な人材であり、問題がなければ雇っても良いと考えたからだ。


「俺の後ろにいる小鬼姫を見て、ラインゼルはどう思う? いいや、どう感じるかね」

「小鬼姫は、ゴブリンと魔族の交雑種で気性が荒く、人間界に亡命するとは思えません。ですが、彼女が何者かに操られているようにも見えないです」


 ラインゼルは、腹を決めて正直に答える。

 グァラはラインゼルの動揺を誘っているのだから、下手に隠すより、感じたままを答えるのが正解だと考えた。


「そうだな」

「クスリでしょうか?」


「良い答えだが、このモンスターは自らの意思で服従している。誰かが操ったり、クスリを使ったりする必要がない」

「そうなのですか?」


 グァラが手招きすると、小鬼姫はソファの背凭れに手を着いて顔を寄せる。


「このモンスターは心の底から、俺に服従している。俺が死ぬまで敵と戦えと命じれば、命を賭して戦うし、死ねと言えば死ぬだろうね」

「呪いの類? いや……死霊使いの能力(スキル)には、生者の魂を操る術がないはずです」


 前屈みにラインゼルを見詰める小鬼姫は、死んでいないし、グァラの服従しているが、暗示や催眠術で操られている気配はない。

 小鬼姫は子どもが親を慕うように、飼い慣らされた忠犬が主人の言い付けを守るように、極自然にグァラの言われるがまま行動していた。


「モンスターを自在に操る。そんな真似が出来るのは、モンスターの絶対支配者である魔王しかできない」

「しかし小鬼姫には、魔族の血が流れているので、魔王ですら精神支配できないです」


「そのとおりだ」


 グァラは、顔を寄せている小鬼姫の頬を撫ぜると、再び背後に控えさせる。

 ラインゼルは、グァラに撫でられた小鬼姫が一瞬だけ微笑んだのを見逃さなかった。

 小鬼姫が呪いで操られていると考えていたラインゼルだったが、小鬼姫はグァラの言うとおり、魔王に従うモンスターのように心底から服従して見える。


「ラインゼル、なぜサンバード家が多くの冒険者を雇って、独自にダンジョンやフィールドのモンスターを討伐している理由が解るか?」

「サンバード家が、獣人族が独占しているクエスト管理業務に進出するためだと聞いています」


「もちろん、それは間違いじゃない。しかしサンバード家の冒険者は、もともと結界の外で働く従業員や、ダンジョンワープの護衛として雇用されている。つまり当家の冒険者は、モンスターと戦う私的兵力なのだよ」

「爵位のない者が、私兵を持つことは禁止です」


「ああ、だから当家で雇っているのは、モンスターを討伐する冒険者であり、その切先を人間界の住人に向けることはしない。しかしモンスター討伐のために集められた彼らは、魔界との戦争を目的として集められた私兵なのが、紛れもない事実なのだ」

「魔界との戦争ですか」


「ラインゼルの戦っている敵は、そこらにいるモンスターなのか? それとも人間界に宣戦布告して、ダンジョンを通じて魔界からモンスターを送り込んでくる魔族なのか? 中央政府の連中は、枝葉末節にとらわれて大局を見失っている」


 ラインゼルは、モンスター討伐を戦争行為だと意識したことがなかったものの、グァラに指摘されれば、それが人間界と魔界の戦争だったことに気付かされた。


「サンバード家は、冒険者や小鬼姫のような強いモンスターを集めて、魔界との最終決戦を計画している。俺は不毛な戦争に終止符を打ち、魔族を駆逐した新世界を創造するつもりだ」


 グァラはテーブルに身を乗り出すと、ラインゼルに手を伸ばしている。


「ドラゴンマスターの結界師ラインゼル、俺の部下として新世界の創造に携わるのなら、その称号に相応しい待遇で迎え入れてやろう」


 ラインゼルは差し出されたグァラの手を見ながら、ごくりと生唾を飲む。

 ラインゼルは、サンバード家がダンジョンでモンスターを拉致している目的の一端を知ることができたものの、グァラの目的は、ただ魔界との戦争に勝つことではないはずだ。

 それでは、ネスキス卿に淫魔を送り付ける理由に説明が付かない。


「自ら売り込んできたのに、雇用契約書にサインせずに帰るなんて、ラインゼルという男は、いったい何者なのでしょう」


 シィシアは、差し出された手を握り返さなかったラインゼルを宿舎の外まで見送ると、部屋に戻ってグァラに問いかける。

 グァラは口元に手を当てており、何やら難しい顔で思案していた。


「ラインゼルは、ネスキス卿に雇われた冒険者だろう。あの五等爵は、サンバード家が淫魔を送り付けた意図を探っている。そんなところではないかな」

「ラインゼルがネスキス卿の雇った冒険者なら、新世界構想を聞かせても大丈夫だったのですか?」


 シィシアは、グァラが硬い表情を崩さないので、話しが過ぎたのではないかと不安を口にする。


「冒険者がモンスターと戦うのは、当たり前だ。それに魔王討伐を目指すのは、魔族と戦争するのと同義だ。俺の作る新世界は、その先にある」

「しかし小鬼姫を見られたのは、やはり問題ではありませんか。必要があれば−−」


 シィシアが『殺す』と言いかけたところで、グァラが人差し指を唇に当てた。


「ラインゼルは大型龍の主人(ドラゴンマスター)だ。あの称号は、知性のない蜥蜴を捕獲して得られるものではない。彼が主従関係を構築したのは、魔界の住人である竜族ということだ」

「結界師なのに、どうやって服従させたのですか」


「呪術は術者の技量で変質するから、彼にも裏ワザが使えるのだろう。ラインゼルは、余人をもって替えがたい個性的(ユニーク)な男ということだ」


 窓際に立ったグァラは、屋敷を出ていくラインゼルの背中を見送ると、大型龍を捕獲したドラゴンマスターの結界師を、どうにか仲間に引き込めないかと思案していたのである。

次回から新章『呪王』編になります!

続きが気になる方は、ぜひブクマしてくださいね♪

作者が泣いて喜びますよ。

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