21 名探偵
サンバード家に雇われた冒険者は、太陽に向かって飛ぶ鳥の家紋が銀糸で刺繍された黒い腕章を付けているので、ラインゼルが彼らを探すのは容易かった。
しかしサンバード家に雇われる冒険者のほとんどが、他の町から出稼ぎにきた余所者であり、獣人族の酒場にも出入りしないので、ラインゼルたちには、彼らと接触する機会が作れないのである。
「サンバード家の冒険者は、私たちの酒場でクエストを受注しないので、ラインゼルさんに紹介できる方はいませんね」
「そうですか」
ラインゼルは駄目元で、酒場のハミルにサンバード家の事情に詳しい人物を紹介できないか尋ねたが、やはり無駄足だったようだ。
「じつはクエストの依頼やガイドブックの購入で、酒場に顔を出す冒険者がいるのですが、ラインゼルさんが達成した宅配クエストの依頼者なので、紹介しても大丈夫ですか?」
「ハミルさんは、密命のクエストを受注したとご存知ですよね」
「クエストに関する情報は、酒場同士で共有しています。ラインゼルさんのパーティーは、届け先のネスキス卿からのクエストを受注したと伺っていますが、酒場で預かっている依頼内容は、パーティーに万が一の事態がなければ封蝋を開封しないから読めません」
酒場で働く獣人族には守秘義務があり、当人の許可なく、冒険者が受注しているクエストを他人に明かさないが、秘匿性の高い依頼の場合、封蝋された依頼書を預かるだけで、彼ら獣人族にもクエスト内容が開示されない。
そうは言っても、サンバード家の荷物をネスキス卿に届けたラインゼルが、ネスキス卿からの密命でサンバード家を調べているのだから、ハミルにも依頼内容に察しがついている。
「配達した荷物の件で、こっそり事情を聞ける方が良いのです」
「私が話せるサンバード家の冒険者は、死霊使いのグァラ様くらいしか知らないので、お役に立てません」
「サンバード家には、死霊使いの冒険者がいるのですか!?」
「死霊使いは、魔法系の最高職『勇者』に匹敵する呪術者だから、個人に雇われているなんて驚きますよね」
「ええ、暗黒魔界の魔王城に辿り着いた冒険者は過去、百体以上の不死系モンスターを従えた死霊使いと、光属性魔法が使える勇者だけです。そんな凄い職業なのに、なぜサンバード家の雇われ冒険者なんですか?」
「グァラ様には、ラインゼルさんの達成した紫色ダンジョンの盗掘クエストをオススメしたのですが、お金や地位に興味がないと断られました」
「勇者なのに魔王討伐を目指さないアルフォートさんみたいな人は、どこにでもいるのですね」
「あ、そう言えば、アルフォート様の勇者パーティーが、メンバー募集していますよ」
「ああ、白魔道士のリアンナさんにも逃げられたし、アルフォートさんのパーティーは今、後衛職が不在なのです」
「いいえ。募集要項を見ると、ラインゼルさんにメンバーに復帰してほしいみたい」
「うん?」
「アルフォート様は、結界を張ったまま、結界の外に移動できる結界師を募集しています。そんな結界師は、ラインゼルさんしかいないのだから、素直に『戻ってほしい』と、言えないのでメンバー募集していると思います」
結界師は通常、術者を中心に結界領域を展開するので、中心から動いて結界の外に出れないし、結界領域を保ったまま中心から離れることもできない。
高位の術者になれば、結界領域を保ったまま動けるが、それでも結界領域の中心から外れることができないので、結界の外に出られない。
結界領域の中心から離れるラインゼルは、文字通り離れ業ができる稀有な結界師なのだ。
「僕がパーティーを立ち上げた今、勇者パーティーに戻るつもりはないです」
「でもラインゼルさんが暗黒魔界を目指すなら、勇者パーティーのメンバーにしか開示されない、禁書の閲覧が必要ではありませんか?」
暗黒魔界には、魔界の住人や大型モンスターが蔓延る不浄の地であり、そこに人族が踏込む方法は、特定の場所で儀式を行う必要がある。
場所は紫色ダンジョンと検討がつくものの、政府や教会が禁書扱いしている儀式の書かれた魔導書を閲覧しなければ、人族のラインゼルは暗黒魔界に辿り着けない。
「アルフォートさんは、魔王討伐する気がなかったので、メンバーだった僕も禁書を閲覧する機会がなかったのです。彼は魔王討伐を目指していないから、禁書の閲覧を理由に戻るつもりもないです」
「人族が暗黒魔界に行く方法は、獣人族も知らないので、重ね重ねお役に立てなくて申し訳ありません」
「ハミルさんからは、なかなか面白い話が聞けたのです」
ハミルが気付いていないだけで、ラインゼルは貴重な情報を得ている。
酒場の獣人族に宅配クエストを依頼した死霊使いグァラは、淫魔リリを拉致監禁したサンバード家の冒険者の一人であり、ネスキス卿に献上した品が淫魔だと心得ているだろう。
サンバード家の企みは解らなくても、呪術者の最高職の死霊使いが主導的な立場で、今回の事件に関与しているのは明らかだった。
◇◆◇
リアンナとサラはカフェのテラス席で、サンバード家の屋敷を監視している。
サンバード家の屋敷は、門番の詰め所がある大きな門扉の先にあり、母屋まで続く道に石畳が敷かれており、玄関アプローチには客室を引く馬車が停められていた。
「町中で、こんな豪邸に暮らしているのだから、きっと悪い事で儲けているのでしょう」
「リアンナ、このマリオットツ、マツトッツォ、マトリックツォ……、このパンに生クリームを詰めたシュークリームみたいなやつ、おかわりして良いか!」
「マリトッツォでしょう」
「そのマリオットツ!」
「私たちは、サンバード家の屋敷に出入りする者で、事情を聞き出せそうな人物を探しているのでしょう? サラもお菓子ばかり食べないで、ちゃんと見張ってください」
サラは、注文していたミルフィーユを給仕から受取ると、手で掴んで口に運んでいる。
「しかし貴様みたいに、しかめっ面で睨んでいては、サンバードの門番に怪しまれるぞ。私みたいに監視しながら、ただ甘味を食べている風を装わないとな」
テーブルの上には、サラの注文したケーキやジュースで溢れかえっており、リアンナがムッとしてても、それなり言い訳が立つ。
実際にリアンナはダイエット中なので、目の前で指に残ったクリームを舐めているサラを見ていると、ムカムカするのである。
「サラは、ただケーキを食べているだけでしょう?」
「そんなことはないぞ。例えば、屋敷の玄関前に立っているゴブリンみたいなやつは、目隠しした冒険者と別れてから、もう一時間以上も立ち続けているが、ハエが目に止まっても瞬き一つしてないとかな」
「こんな遠く離れているのに、サラにはハエが飛んでいるのが見えるのでしょうか?」
「私は目が良いのだ」
リアンナは、サラに指摘されて若草色の肌の少女を凝視してみれば、確かに人形のようにピクリとも動いていなかった。
「リリと同じ魔族の亜種モンスターだと思うけど、いったい何者かしら?」
「やつは小鬼姫、魔族とゴブリンの娘で魔力も高いし、肉弾戦も得意な手強いモンスターだぞ。しかし小鬼姫は繁殖能力がないので、一代限りの希少種だ」
「彼女も、ダンジョンで拉致されたのでしょうか?」
「やつは器量良し、夜の玩具にするなら最適だろうな」
「では、やはりサンバード家は、魔界の女を集めて女衒のような商売をしているのでしょう」
「どうかな?」
サラはテーブルに肘をついて顔を乗せると、小鬼姫に真剣な眼差しを向けている。
「サラは、何が気になるのですか?」
「小鬼姫はゴブリンに似て気性が荒く、辱めを受けるくらいなら死を選ぶ。小鬼姫を拉致できても、首枷の呪詛で飼い慣らすなんて不可能なのだ」
肩の力が抜いたサラは、リアンナの顔にフォークの先を向けた。
「小鬼姫が人族に脅されたくらいで、あんな場所に何時間も立っているはずがなければ、リリとは別の目的で拉致られて、何かしらの呪詛で操られていると考えるのが定石だな」
「リリの淫夢のように、人を虜にして操る呪詛でしょうか?」
「淫夢の呪いは、対象者の性分まで変えられないので、あんな木偶人形のように操れない。それに多くの被害者がいても、淫夢で虜にきるのは一度に一人だけだ」
「博識のサラでも、解らないことがあるのですね」
「私は、現時点で『解らない』という事なら解ったぞ」
「屁理屈ですよ」
「まあ呪術は、魔導書で覚える魔術と違って同じ術式を用いても、ラインゼルの結界のように術者の才能や技量で変化するから、特定するのが難しいのだ。それに呪詛の類は、術者の強い負の感情に呼応して変化もする」
「私は呪術系に詳しくないし、ラインゼル様に確認した方が早いでしょう」
リアンナは席を立つのだが、サラはおかわりしたマリトッツォを食べてから帰宅すると告げた。