01 単独クエスト
ラインゼルは、アルフォートが旅立った町に残り、新しい冒険者パーティーを探しているのだが、やはり結界師の募集がなくて途方に暮れていた。
「ラインゼルさんは結界師なんだから、冒険者パーティーを探すより、貴族様の屋敷に雇ってもらった方が良いと思いますよ」
グラスを磨いていた猫耳の少女ハミルが、酒場のカウンターで突っ伏していたラインゼルに話しかけてくる。
どこの町にもある酒場には、冒険者パーティーのメンバー募集広告や、発注されているクエストの内容が掲示されており、酒場で働いているスタッフが、冒険者パーティーと応募者の仲介や、クエストの受付と報酬の支払いなどを行っていた。
「僕は、この町全体に結界を張れれば、どんな小さな気配のモンスターも侵入させない結界師で、こう見えても故郷では、千年に一人の逸材だと言われていたのです」
「ラインゼルさんが凄い結界師なら、冒険者なんてならないで、町や城を守る方が稼げるじゃありませんか? 町外れの貴族様が、専属の結界師を募集しているので、応募してみませんか?」
ラインゼルが顔を横に振るので、ハミルは肩を竦めている。
「僕のような優秀な結界師が、魔王と戦わずに結界札を二束三文で売り歩いたり、お貴族様の屋敷に閉じこもって結界を張ったりするのは、この世界にとって大きな損失だと思いませんか?」
「でもラインゼルさんはモンスターを追い払うだけで、剣も魔法も使えないから、魔王どころかスライムとも戦えませんよね」
「僕は、モンスターと戦えませんよ。しかし戦わずして勝っても良いじゃありませんか! そんな冒険者パーティーがあっても良いじゃありませんか!」
ラインゼルが握り拳を掲げて、カウンターの席から立ち上がると、グラスを拭き終えたハミルは、肘をついて顔を乗せて、鼻息の荒い彼に向き合った。
「戦わないと勝てないから、結界師のメンバー募集が無いんじゃないですか?」
ハミルは尻尾をゆらゆらさせながら、振り上げた拳のやり場に困っているラインゼルに、クエスト内容の書かれた羊皮紙を差し出した。
「何ですか?」
「ラインゼルさん、勇者パーティーでダンジョン探索したとき、モンスターに遭遇しないで最深部まで行きましたよね」
「そのせいでメンバーに嫌われたので、苦い思い出ですけど−−」
「でも、それなら単独でもダンジョン探索ができるのでしょう? このクエストは、魔界に繋がったばかりのダンジョン探索で、この町の入口から潜入した冒険者は、まだいないのです」
世界各地に入口ができるダンジョンは、魔界と繋がっており、人間を襲うモンスターは、ダンジョンを通って現れる。
発注される様々なクエストだが、最も依頼が多いのがダンジョンに棲むモンスターの種類や、規模を調べるダンジョン探索であり、役人や統治者たちは、ダンジョン探索の結果を考慮して、モンスター討伐やアイテム発掘などのクエストを発注していた。
「ハミルさん、僕はモンスターと戦えないから、メンバー募集を探しているのです。単独でダンジョン探索しても、結界を展開していればモンスターと遭遇しないので種類も調べられないし、アイテムを見つけても呪われたら怖いので持ち帰れません」
「ダンジョンを歩き回れば、構造図の作成くらいならできるでしょう。報酬は少ないけど、単独でクエストに挑んで名前を売れば、メンバーを募集できるかもしれません」
「うん?」
「結界師のメンバー募集がないなら、ラインゼルさんが冒険者パーティーを立ち上げて、メンバーを募集したら良いのではありませんか?」
「なるほど、逆転の発想ですか」
「はい。無名の結界師がリーダーでは、メンバー募集しても応募者が集まりませんが、単独でクエストを達成できる結界師なら、物好きな冒険者が応募してくるかもしれません」
ラインゼルは、ハミルからクエスト内容を書いた羊皮紙を受取ると、探索するダンジョンの入口は紫色に発光しており、三日前に町の近く現れたらしい。
「探索するのは、魔界の深層にある紫色のダンジョンなんですね」
魔界と繋がっているダンジョンは、入口の発光色により7ランクがあり、浅い順に赤色、橙色、黄色、緑色、青色、藍色、紫色で、ハミルが勧めてきた紫色のダンジョンは、魔界の最も深い階層に繋がっている。
「ダンジョンの行けるところまで行って歩き回れば、描いた構造図を酒場で買い取ります」
「でもダンジョンの入口は一つじゃないし、この町のクエストは未達成でも、他の入口から潜入した冒険者に先行されていたら、骨折り損のくたびれ儲けなんですよね」
「まあ、腕試しだと思って受注しなさいよ。誰だって、初めての冒険で成功する人はいません」
「ここで愚痴をこぼしても、メンバー募集は無さそうだし、どうしようかな−−」
「ラインゼルさんは、千年に一人の逸材なんでしょう?」
後髪を掻きあげたラインゼルが『じゃあ行けるところまで』と、冴えない顔で酒場を出ていくので、ハミルはため息混じりに、彼の背中を見送った。
「結界師に、紫色ダンジョンのクエストを発注したの? 青色ダンジョンより深層には大型龍が棲んでいるし、最深部の紫色ダンジョンには、数十体の大型龍が潜んでいるのだから単独でクエスト達成なんて不可能よ」
ハミルの同僚シンシアは、ラインゼルに紫色ダンジョン探索のクエスト達成ができないと解っているのに、なぜ発注したのかと問い掛ける。
「ラインゼルさんのような少年は、魔界の怖さを知らないから魔王討伐なんて息巻いているわ。紫色ダンジョンで現実を知れば、魔王討伐を諦めて貴族様の仕事を受けてくれると思う」
「ハミルは、少年の夢を壊して貴族様の仕事を斡旋するなんて、人が悪いのね」
「あら? 結界師の仕事は、結界を張ってモンスターから人々を守る重要な仕事なのよ。ラインゼルさんには、早く自分に与えられた使命に気付いてほしいだけ。そのための通過儀礼が必要なら、そうするしかないでしょう?」
「冒険者に引き際を教えるのも、私たちの仕事だもんね」
「ラインゼルさんの場合、勇者アルフォート様のパーティーでぬるま湯に漬かっていたから、自分の手に負えないモンスターに遭遇すれば、きっと私のところに帰ってくる」
ハミルが遠い目で呟くと、シンシアは得心して頷いた。
「ハミルは、そんなにラインゼル坊やが気に入っているのか」
「え、いや、ラインゼルさんが、逃げてくるって意味だからね!」
「はいはい。でもラインゼル坊やは人間だから、亜人の私たちと見た目が同じ年頃でも、もっとずっと若いのよ」
「だからっ、そういう意味じゃないって!」
「はいはい、そういうことにしておきます」
「私が、人間を好きになるわけないでしょう。人間と子作りして人耳の赤ちゃんが産まれたら、ご先祖様に顔向けできないわ」
「ハミルと坊やの赤ちゃんなら、人耳でも可愛いわよ」
「そうかしら?」
ハミルとシンシアの猫耳と尻尾は、アクセサリーではなく、魔界を捨てて人間界で暮らしている獣人族の証だった。