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ドラゴンマスターの結界師  作者: 幸一
第二章 箱の中身
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16 高貴なるブタ野郎

 ラインゼルとリアンナは日暮れが近いというのに、箱の中身を確認しているネスキス卿が戻らないので、屋敷の応接室で待たされている。


「ラインゼル様、サラは上手くやっているのでしょうか?」

「僕らが帰る前に、サラが騒ぎを起こすと巻き込まれそうですね」


 ラインゼルの作戦では、屋敷に魔界の住人サラを残したまま宿に戻り、彼女がネスキス卿から事情を聞き出すのを待つ。

 ネスキス卿がサンバード家の違法行為に加担しているのならば、酒場を通じて訴えて出るべき公的な場所に報告するし、彼が違法行為を知らなかったのなら、ラインゼルたちと無関係を装ったサラは、屋敷を抜け出して宿で待機しているパーティーに合流する。


「荷物の確認にしては、さすがに遅くありませんか?」


 ラインゼルは心配になり、ドアの側に立っている執事に問い掛けた。


「ネスキス卿からは、荷物の確認が済むまで『誰も地下室に近付くな』と、命じられております」

「しかし様子を確かめた方が−−」


「ネスキス卿が地下室に籠もられたときは、我々家の者も余計な詮索をしない方が良いのです。()()()()……ネスキス卿は、私のような凡人に理解できない高尚な趣味をお持ちなのです」

「ネスキス様を『ブタ』と、呼びませんでしたか?」


「いいえ、申しておりません。私は『あの(かた)』と言ったので、貴方が聞き間違えたのでしょう」

「そうかな?」


「私は十年以上、あのブタにお(つか)えしております。あのブタを『ブタ』などと呼ぶはずがありません」

「僕の耳が遠いのかな」


 ラインゼルが耳を指でほじったが、部屋に入ってきたメイドも『ブタがお戻りです』と言っているように聞こえた。

 応接室に戻ってきたネスキス卿は、素肌に赤いローブマントだけ羽織った半裸で、血色が良く火照った顔は、憑き物が落ちたように晴れ晴れとしている。


「皆の者、長らく待たせたな」


 ネスキス卿は、まるで赤いマントを羽織ったブタのようだ。


挿絵(By みてみん)

「ネスキス様!?」


 ラインゼルが、ネスキス卿の変貌ぶりにソファーから立ち上がり、素っ頓狂な声を出すと、執事が目を丸くして主人を見た。


「ネ、ネスキス卿っ、その姿はどうなさったのですか!? それではっ、まるでブタではないですか!?」


 慌てた執事がネスキス卿に駆け寄ると、主人は遠い目をして執事の肩に手を置いたのである。


「私は長年、皆に隠しておったが、この姿こそが本当の私なのだ」

「ネスキス卿が、ブタなのは知っておりましたが、なぜ突然カミングアウトされたのですか?」


「うむ。サラ様のおかげで、代々引継いだ貴族の地位のために自分を偽って生きることが、いかに重圧だったのか思い知らされた。屋敷の者には、今まで色々と気を使わせて迷惑を掛けたな」

「ネスキス卿!」


 ネスキス卿の背後には、不敵な笑みを浮かべるサラが立っていた。

 ネスキス卿は地下室で、サラに()()()()()をされた結果、抑圧から解放されて心が洗われてしまったらしい。


「ラインゼル君、サラ様から事情は全て聞いておる。サラ様が拉致監禁された淫魔の身代わりに、私の屋敷に送り込まれたことも、私が魔界の住人を虐げている疑惑を掛けられていることもな」


 ネスキス卿に睨まれたラインゼルは、視線を逸して唇を噛み締めた。

 なぜサラは、貴族であるネスキス卿にラインゼルの作戦を漏らしたのか、自分たちが魔族の亜種モンスターの証言を信じて、絶大な権力のある貴族を疑ったと知られれば、不敬罪を問われると説明している。


「ネスキス様を疑うような真似して、申し訳ございません。ですが、魔界の住人に理解あるネスキス様が、どうして魔界の住人を献上の品として受け取られるのか、僕には理解できなかったのです」


 ネスキス卿はサラに目配せすると、彼女が顎をしゃくるので、彼女の許可を得てラインゼルの疑問に答え始めた。


「多くの魔界の住人を雇うサンバード家には、罪を犯す者がおり、更生し難い魔界の住人が殺処分されていると聞いておった。私は魔界の住人と親しいので、サンバード家の行為に憂慮していたところ、そのサンバード家から『罪を犯した淫魔を献上する』との申し出があり、私が断れば殺処分されるならと申し出を受けた。私が()()()()()て、更生させて屋敷の使用人として雇うつもりでな」

「そうだったのですね。しかしサンバード家は、献上されたリリ……淫魔から真相が漏れると思わなかったのですか」


「サンバード家には『淫魔は人を謀るので、どんな言い訳にも耳を貸すな』と、言われた。サンバード家が不正に関与しているのであれば、淫魔を献上された私に不正の追求を躊躇わせると考えたのであろう」

「なぜ躊躇うのです?」


「サンバード家は、私の高尚な趣味を知っていたのだろう。私が献上された淫魔に、どのような関係を迫るのか。それを見通したサンバード家は、私が醜聞を恐れると考えたのだ」

「え……」


「ご、誤解するな。サラ様みたいに、あくまで双方の合意を得た場合、そういう関係を迫るのだけだ!」


 ネスキス卿も壮年の男性であれば、下心がなかったわけではないが、あくまで合意を得た関係を望んでいた。


「公私混同は否めませんが、執事さんやメイドさんの言動を見れば、嘘ではなさそうですね」


 ラインゼルは、ネスキス卿の屋敷の者が普段から主人を()()()()しており、主人が屋敷の者から蔑まれることを是としているから、執事が『カミングアウトされた?』と、驚いたと思った。

 つまりネスキス卿の高尚な趣味は、公然の秘密だったのだろう。


「ラインゼル、私が()()()()()()()()()から、ネスキス卿の言葉に偽りはないぞ」


 サラが勝ち誇った顔で、ラインゼルに言ったが、どうやって念入りに聞き出したのか、詳細を知りたくなかった。


「ネスキス卿は、サンバード家が魔界の住人を人身売買している噂を知らなかったのですね」

「サンバード家が人身売買に関与していると知っていたいたなら、献上の品を受取るわけがない。私は魔界の女好きだが、彼女たちの味方でフェミニストなのだ!」


 ラインゼルは、ネスキス卿が口角泡を飛ばして潔白を主張するので、そうなのだろうと思った。

 と言うか、ネスキス卿は、人として最も晒してはいけない高尚な趣味を告白しており、初対面の冒険者を前にした赤いマントのブタが、今さら嘘をつくはずもない。

 ネスキス卿は、人としてのプライドを捨てた今、逆に真実を赤裸々に語ることで悦に入っていた。


「僕は、ネスキス様の言葉を信じます」

「ラインゼル君は、この(ブタ)の言葉を信じてくれるのか」


「僕は、ネスキス様が魔界の住人を想う気持ちに偽りがないと思います。ネスキス様は噂通りの……、まあ趣味の方は如何なものかと思いますが、だいたい噂通りの人物で安心しました」

「うむ、しかしそうなると、サンバード家が違法な人身売買に関与しているのか否か、ラインゼル君は、明らかにする必要があるぞ」


 ラインゼルと向い合せにソファーに座ったネスキス卿は、神妙な面持ちで言った。

 ネスキス卿は、曲がりなりにも五等爵の貴族であり、貴族の犯罪を疑ったラインゼルたちが、不敬罪に問われる可能性がある。


「確かにそうですね。僕らには、ネスキス様の疑惑を晴らす義務があると思います」

「私が、サラ様の下僕に成り下っても、これはこれ、それはそれ、一介の冒険者が手前勝手に貴族を疑えば、この世界の権力構造や秩序が失われる。私を疑ったと政府や役人に知られたら、ラインゼル君たちは、どのような処罰を受けても仕方がないのだ」


「僕らが、サンバード家の不正を明らかに出来なければ、淫魔の証言だけでネスキス様を疑ったことになりますからね」

「そこでラインゼル君には、私から提案がある。今回の件は、私から君たちに調査クエストを依頼したことにしよう」


「え?」

「今回の騒動は、私の脇の甘さが招いたので、虫が良すぎる提案なのだが、ラインゼル君のパーティーは、サンバード家の不正を疑った私の調査クエストを受注して、サンバード家が拉致監禁していた淫魔を届けた。被害者の淫魔からの証言を得た私は、改めて君にサンバード家から証言を裏付ける証拠を集めてくるように依頼した−−という筋書きだ」


「僕らとネスキス様は、サンバード家の陰謀を暴くために一芝居打ったことにするのですね」

「私の依頼であれば、役人もラインゼル君の行動を不敬罪に問えないからな」


「なるほど」

「ラインゼル君が、被害者の証言を裏付ける証拠を集められるのなら、サンバード家の人身売買を止めることが出来るし、私が献上の品を受け取ったのも、調査クエストの一環として明るみにならん」


 宅配クエストの追加クエストとして、酒場のハミルを通さずにネスキス卿の調査クエストを受注しても、依頼主が貴族であれば、ハミルも反対できないだろう。

 それに五等爵であるネスキス卿に貸しを作れば、サラやリリなど保護観察にある魔界の住人にとって、心強い後ろ盾を得ることもできる。


「解りました。サンバード家の調査クエストは、僕のパーティーで受注させてもらいます」


 ラインゼルが二つ返事で了解すると、着手金として金の棒貨10本と、酒場の獣人族に宛てた依頼書を受け取った。

 ネスキス卿からの依頼書を酒場の獣人族に預けておけば、サンバード家の人身売買の調査が不発に終わったとしても、ラインゼルたちは、依頼者の指示で調査していたと言い訳ができる。


「私は、サラ様のおかげで目が覚めました。また町に立寄ったときは、ぜひ当家を訪ねてください」

「貴様が従順な下僕であるなら、私以外の主人に仕えるのではないぞ」


「もちろんでございますッ、今後はサラ様の下僕として生きることを誓います!」

「では、いってくる」


 ラインゼルたちを屋敷を見送るネスキス卿は、サラの後ろ姿を名残惜しく見ているので、彼らは振り返ることなく宿に向かった。

 しばらくすると、放心していたリアンナの目に生気が戻り、帰路についているラインゼルに話し掛ける。


「ラインゼル様、私は夢を見ていたのでしょうか?」

「まさか宅配クエストの結末が、こんな展開になるとは夢にも思わなかったですね」


「私は、ネスキス卿が応接室に戻ってからの記憶が曖昧なのですが、ラインゼル様が、ブタと話していた気がします。あれは、私の夢でしょうか?」

「ああ……それは、きっとリアンナさんの見ていた夢ですよ。貴族様の屋敷に、ブタがいるわけないではないですか」


「そうですよね」


 ラインゼルの冒険者パーティーは、酒場に預けていた淫魔リリと合流すると、ネスキス卿から渡された調査クエストの依頼書を封蝋(ふうろう)して預けた。

 サンバード家が、魔界の住人を非合法に拉致監禁して人身売買しているのか、ネスキス卿の調査クエストを受注したラインゼルたちは、数日のうちにハミルのいる町に戻り、リリの証言を裏付ける証拠を集めることになる。

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