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ドラゴンマスターの結界師  作者: 幸一
第二章 箱の中身
16/27

15 調教

 ラインゼルのパーティーは、目的地付近のダンジョン出口から人間界に戻ると、その日のうちに届け先の男爵家がある町に到着した。

 宅配クエストは、リリを封印していた箱を届け先に送り、受領証にサインをもらえば達成となる。


「ラインゼル様の作戦は、上手くいくのでしょうか?」


 リアンナは、箱を乗せた手押し車を押しているラインゼルに聞いた。

 ラインゼルたちはダンジョン内で話し合った結果、町に引き返してサンバード家に乗り込むより、届け先である貴族に箱の中身を確認させてから、真相を問い詰めることにした。


「僕らみたいな一介の冒険者が、五等爵のネスキス様に不正を問い質すのは危険なのです。ネスキス様の行為に不正がないのに疑えば不敬罪で裁かれるし、あるいは真実だったとして口封じされるかもしれないのです」


 サンバード家がリリを送った貴族は、魔王討伐が主流派の議会において、ダンジョンを緩衝地帯とした宥和政策を主張しているネスキス男爵である。

 ネスキス卿は、魔界の住人の受け入れにも積極的で、移住者の人間界での地位向上にも一役買っており、多くの魔界の住人に慕われていた。


「ネスキス様が噂通りの人物なら、魔界の住人の人身売買に関与するはずがないのです」

「でも首枷(チョーカー)による生殺与奪の権利は、呪力を流して結界を発動した術者にしかないのでしょう? リリの生殺与奪は、ネスキス卿に雇われている術者が握っているのでしょう」


「ええ、リリは呪術を使うので、安全装置はネスキス様の手元にあると思います。だから万が一に備えて、リリの首枷は交換しています」

「リリの言うとおり、サンバード家が爵位ほしさに、違法に集めた魔界の住人を奴隷として貴族様に献上しているのであれば、リリを受取る貴族様は、表で魔界の住人に理解あるふりして、裏で食い物にする最低な男です。私が、この手で問い詰めてやりたい」


「リアンナさん、僕らが貴族様を問い詰められないから、箱の中身に真相を聞き出してもらうのです」

「ですが、ラインゼル様は−−」


 ネスキス卿の屋敷に到着したラインゼルは、唇に人差し指を当てて、浮き足立つリアンナに、余計なことを口走らないように忠告した。

 ラインゼルが呼び鈴を押すと、屋敷のドアが開いて身なりの整った執事が出てきたので、荷物の配達で屋敷を訪ねたと告げる。


「サンバード家からの荷物は、主人のネスキス卿が直接受取るとのことです」

「荷物には結界が張られているので、僕らが邸内まで運び入れます」


「ご案内いたしますので、こちらにどうぞ」


 ラインゼルとリアンナは、手押し車から降ろした箱の持ち手を掴むと、玄関から入ってすぐの階段を下りて、地下にある部屋に運んだ。

 窓のない地下室はかび臭く、ラインゼルが荷物を降ろした部屋の中央から、明かりの届かない隅に目を凝らせば、天蓋付きのベッドが置かれている。


「余計なことを詮索しない方が、貴方たちのためかと存じます」

「あ、はい……。それでネスキス様は、どちらに?」


「メイドを呼びに行かせましたので、こちらに向かっております」


 ラインゼルとリアンナが廊下に戻ると、地下室の階段を赤いローブマントを羽織った男が下りてきた。


「主人のネスキス卿です」


 ネスキス卿は腹が突き出た背の低い壮年の男性で、小さな手足のついた達磨のようによちよちと、ラインゼルとリアンナに向かって歩いている。


「君たちが遠路はるばる、サンバード家からの荷物を届けてくれた冒険者かね。長旅で疲れたであろうから、私が荷物を確認するまで応接室でくつろぎなさい」

「結界師は、開封に立ち会わなくても良いのですか?」


「荷物は、サンバード家から献上された呪われた彫像(マジックアイテム)だ。結界を解かずとも、目で見れば確認できる」

「解りました」


 ラインゼルとリアンナは執事の案内で、屋敷の応接間に通されると、箱の中身を確認しているネスキス卿が戻るまで待つように言われた。


「ラインゼル様、ネスキス卿は箱の中身を知って人払いしたのに、私たちに嘘をついています」


 リアンナは、部屋で控えている執事に聞かれないように小声で、出されたお茶を口に運ぶラインゼルに話し掛ける。

 ネスキス卿は、サンバード家からの献上の品が、人に知られると困る淫魔だと解っているから、魔力を秘めた彫像だと偽った。


「本当に危険はないのでしょうか?」

「彼女は危険を承知の上、僕らと無関係を装ってネスキス様と対峙するのです。箱の中身のしでかしたことは、配達員の僕らに関係ないのです」


「いいえ、私はネスキス卿を心配しています」

「ああ……確かに」


 部屋に入ってきたメイドが、茶請けのケーキをテーブルに並べたので、ラインゼルとリアンナは話を切り上げた。


 ◇◆◇


 ネスキス卿は地下室のドアを施錠してから、部屋の燭台に火を灯した。

 蝋燭の明かりに照らされた室内には、少女を模した棘付きの棺桶『鉄の処女(アイアンメイデン)』、目をひん剥いた馬の頭が付いた『三角木馬』のほか、手錠や足枷が四隅に設置された天蓋付きのベッドが置かれている。


「私が()()()()()()だと知ったサンバードのやつ、王族との口利きの代償に淫魔を献上するとは、爵位のためなら賄賂も辞さない殊勝な心がけだ」


 ネスキス卿が手揉みしながら箱に近付くと、結界札の貼られた箱の蓋に手を掛けた。

 移送された淫魔は、帯状の結界札で封印されているので、顔を覗くだけなら結界師がいなくても大丈夫だろう。

 ネスキス卿が箱を開けると、赤髪の少女と目が合った。


「この淫魔、なかなか気の強そうな顔をしておるではないか。サンバードのやつは、私のツボよく心得ておるようだ」

 

 ネスキス卿が箱を開け放つと、膝を抱えて座っていた赫灼たる赤髪の少女サラは、背筋を伸ばして立ち上がった。


挿絵(By みてみん)

「喜べ男子、私が献上の品だぞ」

「この淫魔は、封印されていないではないか?」


 ラインゼルは、戦闘向きではない淫魔リリの代わりに、武闘派の炎龍サラを箱に詰めて、ネスキス卿に届けたのである。

 ネスキス卿は、サンバード家から送られたリリの容姿を知らなければ、箱から出てきたサラが狼藉を働いても、それは彼とサンバード家の問題であり、送り届けただけのラインゼルたちに責任を問えない。


「貴様も男なら、細かい事を気にするな」


 もちろん、ラインゼルは町に到着したとき、リリに人殺しの経験がなく、人間界に亡命する意思があることを既に酒場の獣人族に確かめてもらい、彼らに保護をお願いしている。

 あとはネスキス卿が、どの程度サンバード家の人身売買に関わっているのか。

 淫魔リリが非合法に拉致された魔界の住人だと知らなければ、疚しいことのないネスキス卿から、サンバード家の秘密を聞き出せる可能性が高い。


「まあ当家の結界師が送った首枷をしているのなら、()()()()()()前に逃げられる心配はなかろう」


 箱から出てきたサラは、ネスキス卿が事前にサンバード家に送っていた首枷を付けているので、逃げ出したり抵抗したりするなら、雇っている結界師が苦痛を与えることも、殺すことだってできる。

 ネスキス卿は、箱から出てきたサラの周囲を回りながら、ビキニのような軽鎧から露出する肌を見ていた。


「観賞用としては、まずまずの淫魔だな。しかしサンバード家には、胸が大きくセクシーな淫魔の(メス)要望(リクエスト)したのだが、ちょっと物足りないのぉ」


 サラは『返品不可だぞ』と、胸に手を伸ばしたネスキスに、ぴしゃりと言った。


「見た目はともかく、気の強さは要望どおりだ。セクシーな女にも飽きてきたし、子供に(なじ)られるのも悪くない」

「子供に詰られて喜ぶとは、貴様は変態なのか?」


「その傲慢な態度、ますます気に入ったぞ」


 一本鞭を手にしたネスキス卿は、生意気なサラを調教するかのように、目の前で振り降ろして風切り音で威嚇した。


 ヒュンッ、ヒュンッ!


「お前には、これの使い方がわかるか?」

「貴様のような無礼者に、礼儀を教えるための道具だ」


「な、なんだと!?」

「しかし貴様は変な臭いするし、キモいデブだな〜」


 サラは香水臭いネスキス卿を手で仰ぐと、汚物を見るような目で眉根を寄せる。


「お、お前は五等爵の貴族を、いきなり罵倒するのか? 私は、お前の命を握っておるのだぞ」

「貴様はブタのようだし、貴族の屋敷だと聞いていたが、カビ臭い部屋も豚小屋と変わらぬではないか。私は、ブタに豚小屋で飼われるのか? それとも、この部屋は貴様の部屋なのか?」


「お、お前は、自分が何を言っているのか解っておるのか? 私は五等爵の貴族で、お前をいつでも殺せるのだぞ」


 サラは、肩を震わせるネスキス卿の胸ぐらを掴むと、顔を近付けて不敵に笑った。


「ブタはブタらしく、ブヒブヒ鳴いてみろよ」

「いや……、そうではない。私がサンバード家に要望したのは、そういうのを現実にプレイすると危ないから……、その淫夢とやらでお願いできないかと」


「うん?」

「だから、私がベッドに横になるので、お前に淫夢とやらで責めてほいしいのだ」


 サラに一本鞭を手渡したネスキス卿は、天蓋付きのベッドに腰掛けると、頬を上気して期待に胸踊らせているようだ。


「そうか、そうだったのか。貴様は、この部屋の拷問具を自分に使う勇気がないから、淫魔の呪術で夢の中で愉しむつもりだったな」

「ブ……ブ……ブヒ……ブヒィ」


「貴様ッ、なかなか面白いやつだな!」

「あ、ありがとうございます!」


「返事はブヒブヒだろう!」

「ブヒィー! ブヒィー!」


 サラが一本鞭を振り降ろすと、ネスキス卿は感涙を流した。


 ピシッ!


「ブヒ!」

「貴様は、運が良いぞ。私は呪術を使えぬが、森羅万象ありとあらゆる知識を心得ておる。この部屋の道具を使っても身体を傷付けず、快楽だけを高める知識も持ち合わせているのだ」


「お、おお、それは本当に……、ぶひぃ〜」

「ああ、本当だ。私も聞き出す手間が省けるし、双方の合意があれば、手荒な真似をしてもラインゼルに怒られないだろう」


 サラは、ベッドに座るネスキス卿の顎を指で引き寄せる。


「ブタ野郎、さっそくだが這いつくばって尻を向けろ」

「ブヒィー!」


 サラが燭台の灯りを吹き消すと、真っ暗な部屋に赫灼とした髪と瞳が浮かび上がった。

 暗い部屋で燃え盛る炎のように逆巻くツインテール、獲物を狙い定めた蛇のような縦瞳孔、変貌したサラの姿を見た魔界の女好きのネスキス卿は『美しい』と、息を漏らすように呟いたのである。

 ネスキス卿はサンバード家の秘密について、サラに包み隠さず話すことになった。

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