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ドラゴンマスターの結界師  作者: 幸一
第二章 箱の中身
14/27

13 過大評価?

 魔族の淫魔(サキュバス)が指先で呪印を刻むと、リアンナは口角に白い泡を吹いて身を捩らす。


「いやっ、そんな激しくされたら私ッ!」

「ごめんなさい……、でも安心してくださいシスター。苦痛は、いずれ快楽に変わります」


 淫魔が何かを抉るように二本指を垂直に立てると、何かに潜らせるように指をくねらせている。


「さあシスター、ゆっくりと(こころ)を開いて、(ゆび)を受け入れてください。処女(ヴァージン)は狭くてきついので、シスターが抵抗すれば痛みが激しくなるだけです」

「あっ、ああ……や、やめて」


「シスターの初めては、私がもらいます」


 淫魔が指を突き上げようとした瞬間、背を大きく反らしたリアンナは『あぁ』と、小さく呻いて強張っていた身体を弛緩させる。


「シスターは絶頂していないのに、なぜ脱力したの? 私の淫夢は、指を挿入(いれ)てから本番なのに?」

「い、今の夢は、貴女の仕業で……しょうか」


 地面に倒れたままのリアンナは、目を開けて淫魔を視線で追っており、まだ意識が朦朧としているものの、淫夢の呪いから醒めてしまったようだ。


「リアンナさんを僕の結界領域に取り込んだので、淫夢の呪いから解放されたのです」

「ラインゼル様……、もっと早く助けてください」


「つい見惚れてしまって、結界を貼るのが遅れました」

「嘘でしょう?」


「ええ、まあ冗談です」


 ラインゼルが後ろ髪を掻くと、リアンナは安堵した表情を浮かべる。

 淫魔が顔を上げると、呪詛で眠らせたはずのラインゼルは手を翳しており、サラは薄ら笑いで立っていた。


「お前は、なぜ淫夢の眠りに()ちなかった? 私が淫魔と解っても、呪印を刻んで結界を張る余裕はなかったわ」

「僕の周囲には、常に結界領域を展開しているのです。結界領域は拡張するとき、呪いに対しても無防備になるので、リアンナさんを取り込むのが遅れましたが」


 結界領域では、別の術式が発動できない。

 ラインゼルが結界領域を拡張して、淫夢の呪いに侵されたリアンナを取り込めば、結界は呪いより上位の術式なので、淫魔の術式が弾かれてしまう。


「女も結界師なの?」

「私は、人化した炎龍(サラマンドラ)だぞ。貴様は、大型龍(ドラゴン)を淫夢の呪いで墜とせる思うのか」


「人化した大型龍!? 暗黒魔界の門番である大型龍が、なぜ下等生物の人族と行動を共にしているの」

「面白いからだ」


「え?」

紫色(ししょく)迷宮の統治者よりッ、魔王やモンスターと戦う方が面白いからだ!」


 人化した炎龍サラは、面白いから人族の冒険者パーティーに参加していると言い放ち、有ろう事か敬うべき魔王と戦うと公言した。

 魔界の住人にとって魔王は、絶対の権力者であり、信仰の対象である。

 魔界の裏切り者である獣人族ならいざ知らず、人間界からの侵攻を阻止する暗黒魔界の門番、ダンジョンキーパーの大型龍が、感情に流されて魔王を裏切るなんて、そんな馬鹿な話はない。


「高潔である大型龍の炎龍が、私が淫魔というだけで()()()()()()()()()()()に味方するなんて、きっと人族に飼い慣らされた貴女は、大型龍の役目を忘れています」

「なんだと? 私が、誰に飼い慣らされているのだ」


「貴女の首輪は、術者の呪詛で生死を自由にできる結界札ですね。貴女の主人は、そこにいる結界師の男ではないの?」

「べつに命が惜しくて、ラインゼルに従っているわけではないぞ」


 淫魔の首にも、サラと同じ結界札の首枷があり、彼女の首枷は、届け先の貴族ネスキス卿が雇う結界師が、サンバード家に送って付けさせたものだった。


「サンバード家の主人は、私たちに首輪を付けてペットのように扱っているわ。私には戦う意思がないと言っても、彼らは聞き入れなかったの」

「そんなことはありません。人語を解する知性体は、ゴブリンの上位種でも人権が尊重されているのです。現にサンバード家には、ゴブリンの使用人だっています」


「私が閉じ込められたサンバード家の地下牢には、首輪を付けた小鬼姫(こきひ)も監禁されていたわ。サンバード家の冒険者は、迷宮や人間界で魔界の女を拉致しています」

「政府は、人間界に寝返る魔界の住人を増やすために、戦闘の意思がない知性体との交戦を禁止しているのです。もちろん、拉致監禁や拷問だって禁止です」


 ラインゼルは『犯罪者でなければ』と、付け加えた。

 淫魔が冒険者を襲っていたり、罪を犯した犯罪者だったりすれば、サンバード家の冒険者に討伐されても、捕獲されても文句を言える立場ではない。


「ラインゼル様? 貴方はサンバード家の上辺しか知らないの。私は、人間界で音信不通になった同胞(なかま)を探していただけなのに、この首輪を付けられて人族に飼われているわ」

「嘘をついても駄目です。貴女は、僕らを攻撃したではありませんか」

 

「結界を解かれた今が、逃げるチャンスだと思いました。また箱に戻されたら、今度は貴族の玩具にされるわ」

「淫魔は、人を謀るのが上手いですね。貴女は、僕の情に訴えれば、見逃すと考えているのです」


 ラインゼルが結界札で作られた帯を手にすると、淫魔が手を合わせて涙目になる。


「こ、殺す気はなかったわ。私が逃げる間、しばらく寝てもらいたかっただけなの。私が嘘をついているのか、ちゃんと調べてほしいの!」


「サンバード家は、貴女を捕えてどうするのでしょうか?」

「シスター、私たち淫魔をペットにしている人族は、淫夢の呪いを使って快楽を得たり、見た目の美しさを鑑賞したりしています」


 ラインゼルは『そうなのですか』と、男を惑わす淫魔が美しさを自覚しているのかと思った。


「シスター、サンバード家は地位のある者に、私を献上して、爵位を得る根回しをしています。どうか信じてください」


挿絵(By みてみん)

「酷い……」


 ラインゼルに抱き起こされたリアンナは、壁際に追い込まれて冷や汗をかく淫魔が、嘘をついているように見えなかった。


「ラインゼル様、彼女を助けましょう」

「え、リアンナさんは、淫魔に廃人にされるところだったのですよ?」


「彼女の言うとおりなら、私を殺す気はなかったのでしょう」

「いやいやいやっ、淫夢の呪いは調整可能ですが、一歩間違えば犠牲者を精神崩壊さてしまうのです」


「でも彼女は、夢の中で肌を優しく撫でただけでしょう。彼女の指先からは、殺意を感じませんでした」

「淫夢は、人間を快楽で虜にする呪いです」


「ラインゼル様が魔王を討伐して、人族だけではなく、魔界の住人やモンスターも解放すると言うのならば、事件の真相を確かめましょう」

「そう来ますか」


「私は、世界を救うと言ったラインゼルの言葉に感銘を受けて、この冒険者パーティーに参加しています。ラインゼル様が彼女を無視して、宅配クエストを達成して満足するなら、口だけの男だったと見損なうでしょう」


 ラインゼルは淫魔が嘘をついていると説得するのだが、リアンナとの付き合いは短いものの、素直に応じる性格ではないと解っている。


「ではパーティーで意見が割れたときは、多数決で決めることにします。淫魔の陰謀論を信じて、事の真相を調べたいメンバーは挙手してください」


 ラインゼルが言うと、リアンナと、なぜか淫魔が挙手したのだが、淫魔はメンバーではないので1対2で否決と思われたが、少し間を置いてからサラが小さく手を挙げた。


「私は、リアンナの意見に賛成するぞ」

「サラも、リアンナさんに同意ですか?」


「淫魔が同胞とは思わないが、人族が首枷(チョーカー)を利用して()()()()()()()()()なら他人事ではないからな」

「ああ、確かにそうですね」


「ラインゼルに襲われたら困るのだ」

「僕は、大型龍を襲うような酔狂な真似しないです」


 リアンナは『サラさん、ありがとうございます!』と、同意したサラが小さく挙げた手を握り締める。

 ラインゼルが、リアンナに押し切られて箱の中身を確認しなければ、ダンジョンワープで宅配するだけのクエストだったのに、淫魔の登場で話が大事になってきた。

 しかし仲違いしているサラとリアンナが手を握っているのだから、陰謀論の調査を進めるのは、ラインゼルも吝かではなかった。


「ラインゼル様は、どうやって証言の真相を確かめるの?」


 淫魔はパーティーメンバーでもないのに、ラインゼルに気軽に話し掛けてくる。

 ラインゼルは、淫魔の図々しさに呆れてしまう。


「貴女には、名前があるのですか?」

「名前? ああ、魔界では、純血の魔族しか名前がありません。魔界の淫魔(サキュバス)は、みんな淫魔です」


「そうなのですか? では名前がないのも不便だし、淫魔サキュバス……サキだとサラと二文字で頭文字が被るし、リリと呼びましょう」

「リリは、私の名前?」

 

「淫魔の始祖リリスから名付けましたが、まあ気に入らないのであれば−−」


挿絵(By みてみん)

「淫魔リリ、私は純血の魔族ではないのに、ラインゼル様は名前を付けてくれたのですね!」


 リリは満面の笑みで、ラインゼルを見つめている。

 ラインゼルは、炎龍サラのときも、とくに気にすることなく名付け親になっているのだが、個体名を持たない魔界で生まれ育った彼女たちにとっては、名前をもらった彼には、親子のような特別な情が湧くようだ。

 それは魔界の慣習で、純粋な魔族以外には名前を付けてはならないし、個体名を名乗ってはならない社会で育った淫魔リリには、衝撃的であり、何より心を打つ出来事だったのである。


「気に入ってもらえたなら、嬉しいのですが」

「リリは今より、ラインゼル様を()()()()として生涯尽くしますわ」


 またラインゼルも、卑しい身分の魔族の亜種モンスターに名付けするのが、自らを貶める()()()()()()だと知らなかった。

 そもそもラインゼルは、魔族の血統である魔族の亜種モンスターが、自分たちに劣る存在だと考えたことがないのである。


「サラさん、ラインゼル様の博愛主義は素晴らしいと思いませんか。彼こそ世界を救う、本当の勇者かもしれません。私は、ラインゼル様のような人間になりたいです」


 リアンナの目には、モンスターである炎龍サラや、先程まで敵だった淫魔リリを受け入れただけでなく、相手の身分を気にせず、名前まで付けたラインゼルが聖人のように見えていた。

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