12 箱の中身はなんだろな②
ラインゼルの向かった脇道は、構造図と照らし合わせれば最短ルートから大きく外れているものの、傾斜の少ない登り坂になっており、一日遅れで目的の出口に辿り着けそうだった。
「ラインゼル、ゴブリンが待伏せしていたから、退屈しのぎに駆除してきたが、こちらの道は結界で塞いで良いぞ」
サラは、ラインゼルの足元に引き摺っていたゴブリンの遺体を投げると、赤色ダンジョン最深部に通じる新道ができていると言った。
赤色ダンジョンの統治者であるゴブリンは、ゴブリンキングを頂点に群れで行動しており、冒険者が討伐したところで、数ヶ月すれば新しいゴブリンの群れが湧いてくる。
「妖精系のゴブリンや精霊系のスライムは、討伐しても土塊から湧いてきます。深部と繋がる新道があるなら、サラの魔素を消費したくないので迂回した方が無難ですね」
「ゴブリンの遺体は、見せしめに晒しておくのだな?」
「はい。倒したモンスターを目立つところに置いておけば、そこから先まで同種のモンスターが追い掛けてこないのです。その逆もあるので、倒されたメンバーは放置しません。これは、ダンジョン探索の基本です」
ラインゼルは、サラの向かった道に結界札を貼ると、ゴブリンの遺体を残したまま野営地に戻った。
野営地では、リアンナが手押し車の荷台から積荷を降ろして、真剣な顔で錫杖を構えている。
「リアンナさん、どうしたのですか?」
「ラインゼル様、この箱の中身はモンスターかもしれません。二人が離れたとき、積荷から物音が聞こえました」
箱の中身は、ラインゼルとサラの気配が遠退くと、ガサガサと木屑の上で寝返りを打つような音を立てた。
リアンナが箱の中身に問い掛けた後は沈黙しているが、酒場の獣人族から預かった積荷は、魔力を秘めた武具ではなく、結界札で封印しなければならない生き物である。
「リアンナさん、箱の中身がモンスターだと決め付けるのは早計です」
「でも貴族様への貢物が魔法道具だとしたら、封印中に動くでしょうか?」
「う〜ん、僕は積荷が『高価な品』と言ったけど、魔力を秘めた武具だと言っていないのです。箱の外側に貼られた結界札の術式を見れば、中身の予想がつくのですが、宅配クエストと無関係なので詮索したくないのですよね」
「ラインゼル様は、箱の中身を存じているのでしょうか?」
「箱に貼られた結界札の術式は、結界に閉じ込めた者の視界や聴覚などの五感を奪うもので、魔界出身の亜人だけでなく人族にも有効なのです。いわゆる呪詛の類ですね」
「呪い?」
生死を問わない犯罪者の移送は、人族であれ亜人であれ人権を考慮せず貨物扱いであり、結界師のラインゼルは、犯罪者を移送する宅配クエストを受注したことがあった。
だからラインゼルには、座棺のような箱の大きさから中身に心当たりがあったものの、教会は犯罪者の貨物扱いを人権問題として反対しており、敬虔な信徒であるリアンナには、箱の中身が犯罪者だと伏せていたのである。
「はい。犯罪者の移送などに用いられる結界札で、箱の中身は犯罪者だと思うのです。それに−−」
ラインゼルは箱の結界札に手を当てて、術式を詳しく読み取ると、魔界の住人やモンスターを閉じ込めるための術式も書き加えられていた。
「箱の中身は、魔界の住人ですね」
「でも反体制派の亜人が、貴族の屋敷にモンスターを送り付ける事件もあるでしょう? 荷物を集荷した酒場では、結界札で梱包された箱の中身を確認できません」
「ああ、確かにダンジョンからモンスターを連れ出すのは重罪なので、テロの可能性を見落としていました」
「でしょう!」
「しかしハミルさんが集荷したので、荷主の身元はしっかりしているのです。町の名士であるサンバード家が、貴族にテロを企てるものですかね」
「積荷をすり替えたのではないでしょうか」
「誰がです?」
「反体制派のテロリストは、魔界の住人の排斥運動に加担している人族の役人や貴族を恨んでいる亜人でしょう」
「サンバード家は、多くの亜人を雇用する人族の家系で、届け先の貴族様も、魔界の住人たちとの宥和政策を推進している人物なので、テロリストが介在できるとも、テロの標的になるとも思えません」
「反体制派の亜人は、無差別にモンスターを送り付けているかも知れないでしょう?」
リアンナが引き下がらないので、サラはうんざりした顔で肩を竦める。
「つまり貴様は、獣人族の酒場にテロリストがいると言いたいのだな?」
「可能性はゼロではありません」
「ラインゼル、この女に箱の中身を見せてやれ。この女は、自分の目で確かめなければ納得できないのだ」
「ラインゼル様、お願いできますか?」
結界師のラインゼルには、結界札を剥がしても再封印ができるので、積荷が崩れたと言い訳すれば、箱を開封して再封印すれば大きな問題にならない。
そもそも万が一結界が破られたとしても、再封印が可能だから、結界師のラインゼルにお鉢が回ってくる宅配クエストである。
「気が進みませんが、少しだけ覗いてみますか」
箱の中身は、ラインゼルの想像どおり罪を犯した魔界の住人だとして、問題は箱を中身を確認したところで、リアンナが非人道的だと騒ぐかもしれないことだ。
もっとも犯罪者が魔界の住人だった亜人ならば、リアンナが騒がないかも知れないとの公算もある。
「結界札の結界は、人族に無効なのでしょうか?」
ラインゼルが、あっさり結界札の貼られた箱を開けるので、リアンナは興味深く聞いてきた。
「結界札は、箱を物理的に封印していませんので開封可能です。うっかり落として開封したら大事故なので、この手の宅配クエストには、荷主なり役人が雇った結界師が同行するのです」
「だからラインゼル様は、箱の中身を存じていたのですね」
「まあ、なんとなく」
箱の中には膝を抱えた少女が顔の一部だけ出して、包帯のような帯状の結界札に全身を巻かれて鎮座していた。
「んーッ、んーッ!」
全身を拘束された少女は、小さな口に革紐を通した玉口枷を押し込められており、ラインゼルと目が合うと涙を浮かべて身を捩らせている。
ラインゼルが結界札の呪詛を解除したので、視力と聴覚の戻った少女が、助けを求めて騒いでいるようだった。
「箱の中身は、モンスターではなかったようですね」
「んーッ! んーッ!」
「では中身を確認したから、箱を元に戻して結界を張ります」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ラインゼルは箱を閉めようとしたが、リアンナが背後から羽交い締めにした。
「リ、リアンナさん、何をするのですか!?」
「積荷は、まだ幼い少女ではないですか!?」
「く、苦しい……」
ラインゼルが必死に抵抗しているが、攻撃魔法の少ない白魔道士リアンナは、モンスターとの肉弾戦を想定して棒術の鍛錬も怠らないので、腕力で敵わなかったのである。
「リアンナさん、は、離してください……。僕は確認するだけだと言ったではないですか」
「だから、彼女に事情を確認しましょう!」
「リアンナさん、見た目に騙されてはいけません……。ただの女の子が、こんな厳重な結界を施されて移送されるはずがない……です」
「ラインゼル様は、何を根拠に彼女が犯罪者だと決めつけているのでしょうか!」
「根拠なんかありませんけど、僕らの受注したクエストは宅配クエストですが……」
「ラインゼル様、せめて事情を確認しましょう」
「だが……ま……」
リアンナの前裸絞で意識の飛んだラインゼルが倒れると、サラは指を指して爆笑している。
「ぶはははッ、ラインゼルは弱い弱いと思っていたがッ、白魔道士の女に絞め落とされるほど弱いとは! 愉快だ! 痛快だ!」
サラは、命を握られているラインゼルを傷付けることができないので、彼が攻撃されると異常なほど喜ぶ。
「げほっ、げほ……ここは何処? 僕は誰?」
「ラインゼル様っ、申し訳ございませんでした!」
「リアンナさんは、事情を確認したら納得してくれるのですか?」
「はいッ、神に誓いましょう!」
目を覚ましたラインゼルは『話を聞くだけですよ』と、リアンナの強引な主張に根負けした。
ラインゼルは玉口枷だけ外そうとしたのだが、許可を得たリアンナは玉口枷を外したと思うと、全身を拘束していた帯状の結界札まで解いている。
「あ、ありがとうございます……シスター」
箱から転がるように出てきた少女は、リアンナに感謝すると、再封印しようとしたラインゼルを睨みつけた。
「貴女に何があって、こんな目に合っているのでしょう?」
「はい……、私は音信不通になった友人を探していたとき、サンバード家の雇った冒険者に捕らえられてしまいました」
「サンバード家は、ラインゼル様の言うとおり亜人に理解ある方です。サンバード家が、なぜ貴女を捕らえたのでしょうか?」
「それは−−」
リアンナは箱から出てきた少女の背中に蝙蝠のような翼、臀部から尻尾が生えているのに、なぜサンバード家に全身を拘束されていたのか理由が解らないようだ。
「リアンナさん、箱の中身は魔族の淫魔です」
「サキュバス?」
「魔界の住人と言うか、呪術を使う魔族の亜種モンスターです」
「え、モンスター!?」
「魔族の亜種である淫魔は、魔王の精神支配を受けませんが、知性体でありながら魔王に心酔しているので、むしろカルト教団の信者のように厄介です」
淫魔とは、魔王に心酔している魔族に類するモンスターであり、人間界における亜人と同様に、魔界における魔族と別種の交雑種である。
「シスター、結界を解いてくれてありがとうございます」
「貴女は、本当にモンスターなのですか!?」
立ち上がった淫魔は後退りしつつ、ラインゼルたちと距離を取りながら指先で呪印を刻むと、箱を開けてしまった彼らに呪詛をかけるつもりだ。
「私の呪詛は、誰も殺さないので安心してください。ただ精根尽き果てるまで、足腰が立たなくなるまで淫夢を見ることになります」
「淫夢って何でしょうか?」
「ごめんなさい、シスター」
「お眠り」
淫魔が呪印を刻んだ手を振り抜けば、リアンナが白目を剥いて膝から崩れ落ちる。
「あ…、ああ……い、いや……な、何でしょう…こ、こんなの、こんな凄いのッ、初めてです!!」
地面に横になったリアンナは、尿意を我慢しているのか手を股間に挟んで内股になると、身悶えるように仰向けになって腰を浮かせた。




