10 ダンジョン宅配便
勇者アルフォートは、女剣士フランシアがパーティーを辞めて故郷に帰ってしまったので、黒魔道士ルルカと二人きりで旅を続けていた。
「フランシアのやつ、スライムに一度苦戦したくらいでパーティーを辞めるとは、ラインゼルくんの言っていたとおり腰掛け剣士だったじゃないか!」
赤色ダンジョンでスライムに苦戦したフランシアは、一人娘の身を案じた騎士公爵の父親に呼び出されて、アルフォートのパーティーを辞めて実家に戻ってしまう。
しかも貴族の御令嬢フランシアと結婚して爵位と財産を狙っていたアルフォートだったが、彼女には男爵の婚約者がおり、そもそも勇者パーティーに所属していた肩書きほしさに勇者に近付いただけで、本気で魔王討伐を目指しているわけでもなかったらしい。
「フランシアは、俺を利用して『勇者パーティーのメンバーだった騎士公爵の娘』という響きの良い肩書きを手に入れたかっただけだし、白魔道士リアンナは力量を測ろうとしたら、俺を小馬鹿にして逃げやがった」
「アルフォート様には、大大大〜黒魔道士のあたしがいるじゃありませんか♪」
ルルカは小走りに、先を歩いていたアルフォートの背中に飛びつくと、胸を押し付けるように抱き着いた。
アルフォートが足を止めて、ルルカの顔をじっと見つめる。
ルルカは容姿のほども悪くないし、彼女以上に火属性魔法を使いこなす魔法使いを知らなければ、腰掛け剣士や、融通が利かない白魔道士が抜けたところで問題はない。
ルルカの唯一欠点は、火属性魔法の火力調整ができず常に最大火力のために、ダンジョン内で攻撃魔法が使えないので、人間界に湧き出たフィールドのモンスター討伐しか活躍できないことだ。
「クソッ、ルルカと二人のパーティーでは楽園と呼べない! 俺はッ、いったい何処で間違ったんだ!」
ルルカは『初めからじゃないですか♪』と、這いつくばって地面を殴るアルフォートの背中を擦った。
「そうだ……、ケチの付き始めは、ラインゼルくんがパーティーを辞めてからだ。ラインゼルくんがいなくなったから、フランシア嬢がスライムと戦わなければならなかったし、俺は生意気な白魔道士を雇う羽目になった」
「ラインゼルちゃんを追い出したのは、アルフォート様だと思うけどね」
「ルルカは、ラインゼルくんをパーティーに戻すのが反対なのか?」
「あたしは、アルフォート様に他の女とのいちゃいちゃ見せつけられるより、彼とのやり取りを見ている方が好きだったわ♪」
ルルカの本音だった。
御令嬢フランシアが応募してくるまでは、もともとアルフォート、ラインゼル、ルルカの三人で冒険していたのである。
リーダーのアルフォートが、騎士公爵の御令嬢フランシアに色気を出さなければ、ダンジョンやフィールドを問わず攻守に優れた勇者パーティーだった。
「ルルカが、そこまで言うのならば、ラインゼルくんが土下座するなら、俺のパーティーに復帰させてやろう!」
ラインゼルとルルカは、ラインゼルを追い出した町に戻ることにしたのだが、町に戻れば、勇者パーティーを見限ったリアンナとも再会してしまうのである。
◇◆◇
ゴロゴロ……
結界師ラインゼルは今、赤色ダンジョン内で大きな箱を乗せた手押し車を押しており、白魔道士リアンナと炎龍サラが周囲を警戒しながらついてくる。
リアンナは、ラインゼルのパーティーが魔王討伐を目指すと聞いて応募したのだが、酒場のハミルが『パーティーとしての実績を積んでください』と、宅配クエストを発注してきた。
「ハミルさんは、ラインゼル様とサラさんの実力を知っているのでしょう。それなのにダンジョンの宅配クエストを発注するなんて、私たちのパーティーを見縊っているのでしょうか?」
一つのダンジョンの出入り口は複数あり、それぞれの出入り口が物理的な距離と無関係に繋がっているので、探索済みの赤色ダンジョンなどでは、その仕組みを町から町への移動手段に利用している。
ラインゼルのいる町から、遠くの町に移動するとき、人間界を移動するよりも、魔界に繋がる近くのダンジョン入口から入って、目的地付近から出た方が早く到着できるからだ。
↗B町
A町→【ダンジョン】→C町
↘D町
ダンジョンの空間転移を利用した移動手段は『ダンジョンワープ』と呼ばれており、郵便や宅配便などの物流手段であり、冒険者を護衛に雇って移動する旅人もいる。
各町の酒場では、目的地までの最短ルートを記した構造図を販売しており、購入者にはモンスターの遭遇情報や、護衛用の冒険者を紹介してもらえる。
「リアンナさんが憤るのも解りますが、サラの素性を心得たハミルさんには、色々と便宜を図ってもらっているのです。サラの職業『大型龍』が周知されるまでは、クエストの受注発注をハミルさんに専属してもらうしかないのですよ」
ハミルは、ラインゼルのパーティーに探索済みの赤色ダンジョンを利用して、彼らの町の富豪から預かった荷物を、遠くの町の貴族の屋敷まで運ぶ宅配クエストを発注した。
「ええ、サラさんが炎龍だと気付かれないように、ハミルさんの発注する仕事しか受注できない事情は理解しています」
サラは紫色ダンジョンの大型龍だったが、ハミルの働き掛けで酒場の獣人族と役人には、ラインゼルの身分保証により人間界で暮らす特例を認められた。
しかしサラの職業は、モンスターに分類されている大型龍なので、町の住人やクエストを発注する依頼主が騒動にならないように、職業が伏せられており、酒場のハミルが、ラインゼルの受注するクエストを一括管理している。
「町中に紫色ダンジョンの主がいると解かれば、サラの排斥運動が起こりかねません。ハミルさんの言うとおり、パーティーとして実績を積んで信用を得るしかないのです」
「でもハミルさんが私たちの実力を疑わないのなら、荷物運びなんてクエストを発注しないと思いませんか?」
リアンナは、アルフォートたちの強さも見極めず勇者パーティーを飛び出しており、ラインゼルのパーティーでも手緩いと憤るのだから、ずいぶんと勝ち気な性格のようだ。
「雌猫が荷物運びを発注したのは、リアンナの実力を疑っているのだ。私とラインゼルだけなら、もっと高難度のクエストを発注しただろう」
「サラさんは、私を愚弄しているのでしょうか?」
「事実を言ったまでだ」
「そうでしょうか? サラさんが魔界の住人だから、ラインゼル様は結界を張れないのです。実力を試されているのは、私だけじゃないでしょう」
「ふふ、結界の張れないラインゼルでは、単独のダンジョン攻略が不可能だからな」
「いいえ。サラさんは、紫色ダンジョンから町に戻るとき、体内に取り込んでいた千年分の魔素を使い果たしているのでしょう? サラさんが適切な魔力配分できないから、ハミルさんに足元を見られたのです」
「なんだと? 貴様を焼き尽くすには、十分な魔力が残っているぞ」
絶大な戦闘力を誇るサラだが、魔力の源になっている魔素は、一部のフィールドとダンジョン内でしか蓄積できないのに、リアンナの指摘どおり、彼女は紫色ダンジョンから出るまでに、ほとんどの魔素を消費していた。
サラの魔力の源である魔素は今、先日のモンスターとの戦いでガス欠状態なのである。
「二人ともケンカは止めてください!」
ラインゼルは、手を赫灼たる赤に染めたサラを、錫杖を構えたリアンナから引き剥がした。
「ハミルさんは、サラの魔素補充にも配慮しているのです。サラは、スライムとの戦闘で大技を繰り出したばかりなのに、内輪揉めして、せっかく溜めている魔素を無駄にしないでください」
「解っている」
モンスターは実力差を理解すると、襲わずに敗走するので、サラが赤色ダンジョン入口付近で大技を繰り出してから、雑魚モンスターの襲撃がなかった。
結界を張れないラインゼルは戦闘力が皆無、リアンナの実力は未知数、サラは魔素の補充が必要があり、ハミルは、それら諸事情を考慮して宅配クエストを発注している。
「ハミルさんは、僕らの活躍に期待しているのです」
ラインゼルは、まだクエスト内容に納得していないリアンナを見て、ヤレヤレといった様子で腰に手を当てた。
「リアンナさん、荷物の箱には結界札が貼られているので、結界師が配達しないと危険な代物かもしれないのです。つまり僕らのパーティーでなければ、達成できない難易度の高いクエストかもしれないのですよ」
「この荷物運びは 私たちでなければ達成が難しいクエストなのですか!?」
ラインゼルの説明を聞いたリアンナは、この宅配クエストが、自分たちのパーティーでなければ難易度が高いクエストだと言われて、使命感が湧いてきたらしい。
「荷主のサンバード家は、町で一番の富豪です。届け先が貴族様の屋敷で、箱が結界で守られているなら、中身は貴族様に献上する高価な品です。まあ中身の詮索は止しますが、それだけ高価な品の宅配クエストということです」
「そういう事情であれば、ハミルさんが私たちに発注した理由も頷けます。結界札に封印された高価な品の配達は、まさにラインゼル様のパーティーでなければ、達成が難しいでしょう」
「はいはい、そういうわけだから先を急ぎますよ」
「了解しました!」
リアンナは、ダンジョンの暗がりに向かって錫杖の石突や穂先を向けるなど、万全の警戒態勢で挑んでいるのだが、張り切りすぎて燃え尽きないかと、ラインゼルは心配になった。
リアンナは教会で育った敬虔な信徒のせいなのか、それとも生まれ持った性格なのか、自分や周囲の妥協を許せないようだ。
「サラさんも、ちゃんと警戒してください! この荷物は、とても高価な品なのですよ」
「ふふ、赤色迷宮のモンスター如き、私が睨みを効かせれば逃げていくぞ」
ラインゼルは、冒険者パーティーの運営が、こんなに気を遣うものだと思わなかった。
ハミルは、ラインゼルがパーティー運営に困難すると見越して、手始めに簡単なクエストから発注していた。