09 面接
ラインゼルは、メンバー募集に応募してきた魔法使いが待っている個室の前に立つと、ハミルから受け取った経歴書に目を通している。
「白魔道士リアンナ19歳、教会関連のボランティアでパーティー経験あり。称号は『イエローの探窟家』『グレートチャーチの盾』、覚醒済み魔法は−−、まあ面接で確認すれば良いですね」
リアンナは、アルフォートの勇者パーティーに参加していたものの、初仕事のとき辞めてしまったので、経歴書に記載していなかった。
「リアンナさんの名前、どこかで聞いた覚えがあるのですが、ちょっと思い出せないですね」
ハミルが用意した面接室のドアを開けたラインゼルだったが、リアンナの淡いブルーの瞳と目が合うと、部屋に入らずにドアを閉めてしまう。
淡いブルーの髪と瞳をした白魔道士は、アルフォートが投げて寄越した手切れ金を拾っていたとき、ラインゼルと入れ替わりで歓送迎会にやってきたリアンナだった。
「彼女は、アルフォートさんの勇者パーティーに参加しているはずなのに、なぜ僕のパーティーに応募してきたのですか? ま、まさかアルフォートさんの嫌がらせ!?」
美少女の白魔道士を切望していたアルフォートは、リアンナの採用とともに、結界師のラインゼルをリストラしている。
だからアルフォートがリアンナを手放すはずがなければ、冒険者パーティーを旗揚げしたラインゼルに、何かしらの嫌がらせ目的で送り込んだ可能性があった。
リアンナの職業や経歴も、行き倒れていた見ず知らずのラインゼルに手を差し伸べた気性も良ければ、ぜひパーティーに採用したい人材なのだが、彼女を雇った後、アルフォートが難癖をつけて、パーティーに乗り込んでくる事態は避けたい。
「惜しい人材ですが、断った方が無難ですね」
ラインゼルは、アルフォートとの軋轢を回避したいのである。
なぜならアルフォートは名ばかりでも勇者であり、勇者と揉め事を起こせば、役人や町の人々が、一介の結界師より彼の味方につくことが明白だからだ。
ラインゼルが顎に手を当てて悩んでいると、面接室のドアが開いた。
「ラインゼル様は、まだ酒場に戻らないのでしょうか?」
部屋から顔を覗かせたリアンナは、廊下で立ち竦んでいるラインゼルに話し掛ける。
隙かさず人相を隠したラインゼルだったが、リアンナと出会ったとき、気恥ずかしさで顔を伏せたままだと思い出した。
「お体の具合が悪いのでしょうか?」
身を屈めたリアンナが、顔を手で隠したラインゼルを下から見上げる。
「体調は良いのですが、間が悪いと言うか、バツが悪いと言うか……。僕が、パーティーリーダーのラインゼルです」
「あ、そうだったのですね」
「リアンナさんは、勇者パーティーに参加していませんでしたか?」
「ええ……。面接は、もう始まっているのでしょうか?」
「あ、すみません! 部屋に戻って話しましょう」
「はい」
ラインゼルは後ろ頭を掻き上げながら、男芸者のように腰を低くしてリアンナを面接室に先導する。
ラインゼルが正面に座って顔を上げると、リアンナは白い法衣の襟元を整えて背筋を伸ばした。
リアンナとは、一度出会っているのだが、どうやら記憶にないらしいので、ラインゼルは愁眉を開いて、大きなため息をもらす。
「先程の質問ですが、勇者パーティーは、メンバーの魔力配分も考慮しない、自ら戦おうとなさらない勇者アルフォート様と、反りが合わなくて辞めてました」
「リアンナさんは、自分からアルフォートさんの勇者パーティーを辞めたのですか?」
「魔王討伐を目指す勇者パーティーだと聞いて、教会のボランティアを辞めて参加したのに、メンバーの実力が伴わなければ、足並みも揃わないし、赤色ダンジョン入口付近のスライムを倒すのがやっとだったのです」
「アルフォートさんたちが、赤色ダンジョンのスライムに苦戦したのですか?」
「はい。アルフォート様の二つ名は『インディゴブルーの探窟家』でしたが、高位の結界師がいなければ、藍色ダンジョン最深部に到達できなかったと思います」
「いいえ、そんなことはないですよ」
リアンナは、アルフォートの勇者パーティーが弱いと見切りをつけたらしいが、赤色ダンジョンのスライムに苦戦する勇者パーティーだとしたら、本気で魔王討伐を誓っているラインゼルが、在籍に固執したはずがない。
「アルフォートさんは人間性がクズですが、単独で大型龍を討伐して『ドラゴンスレイヤー』の称号もあるし、モンスターの襲撃から王国を救った『キングダムガーディアン』の称号もあります」
「そうなのですか?」
「黒魔道士ルルカさんは人格破綻者だし、攻撃魔法の火力が強すぎてダンジョンでは活躍できないけど、フィールド上のモンスターなら無敵なのです」
「ルルカさんは、スライムとの戦闘中に服を脱いで遊んでいただけでしたが」
「興奮すると服を脱ぐのは、いつものことです。本人は、火属性に特化した魔法使いなので、ダンジョンだと欲求不満で体が火照ると言うのですが、あれは単なる見せたがりです」
……。
「アルフォートさんとルルカさんの実力は確かなので、彼が本気で魔王討伐を目指しているなら、僕を残して、家柄だけで採用したフランシアさんをリストラするべきだったのですよ」
ラインゼルが本音を呟くと、リアンナは彼が自分の前任者だったと確信した。
「ラインゼル様は、そこまでメンバーを理解していたのに、なぜ独立して冒険者パーティーを立ち上げたのでしょう。ラインゼル様も、勇者パーティーが魔王討伐に真剣ではないと、勇者に三行半を叩きつけたのではありませんか?」
「魔王討伐に対する熱量の違いで、僕が追い出されただけです」
「私も同じ理由で、勇者パーティーを辞めました」
弱った顔のラインゼルは、リアンナが少なからず事情を踏まえた上で、メンバー募集に応募してきたと理解した。
リアンナが辞めた理由は、ラインゼルと同じだと言いたいのであれば、彼女も本気で魔王討伐を目指しているのだろう。
「両親は、モンスターから私を庇って亡くなりました」
「よくある話です。僕もモンスターの襲撃で、故郷と家族を失いました」
「ラインゼル様は、ご家族を失って冒険者になったのでしょうか?」
「冒険者になった理由は、そのとおりですが、僕が魔王討伐を目指す理由ではありません」
ラインゼルは故郷を失ったことで、結界師でありながら魔王討伐を目指したのだから、リアンナが両親の恨みを晴らしたい気持ちは理解できる。
「リアンナさんが、両親の敵討ちのためにモンスターと戦いたいのなら、他のパーティーをオススメします。僕は、本気で魔王討伐を目指すつもりなので、復讐だけが目的なら挫折します」
しかしラインゼルには、魔王討伐することで成し遂げたい目的が明確にあり、それは故郷と家族を奪われた復讐心だけではなかった。
「教会に引き取られた私は、過疎地でモンスター討伐に無報酬で参加していたのですが、奉仕活動を止めるように騒ぐ冒険者たちがいました。彼らは、教会が無報酬でモンスターを討伐すれば、自分たちの稼ぎが減ると言うのです。実力があるのに魔王討伐を目指さない冒険者は、モンスターがいなくなると稼ぎならないので、前向きにならないのでしょう」
「クエストを生業とする冒険者にとっては、モンスターが必要悪なのです。人間を襲うモンスターがいなければ、冒険者は収入を維持できないからです」
「私は、モンスターのいない世界を作りたい」
ラインゼルはテーブルに手を付いて前のめりになると、神妙な面持ちのリアンナを見据えた。
「リアンナさんは、モンスターのいない世界を作ることが、僕のパーティーに応募した動機なのですか?」
「はい」
多くの冒険者は、生活のためにクエストを受注しており、世界を救うためにモンスターと戦っているわけではないので、リアンナが世界を救いたいなら冒険者パーティーではなく、勇者パーティーに応募するべきだ。
なぜなら人並み以上の戦闘力を備えた勇者は、魔王討伐が期待されているので、勇者パーティーのメンバーになれば、勇者同様に政府からの支援や待遇面が優遇されて、暗黒魔界に関連する極秘事項も開示されるからだ。
アルフォートは勇者にも拘わらず、魔王討伐の目的を見失って実力不足のフランシアを選択したので、ラインゼルは見切りをつけたのである。
ラインゼルは、リアンナがアルフォートたちを弱いと決め付けて勇者パーティーを飛び出しただけなら、志を違えると思ったが−−
「僕のパーティーの最終目標は、暗黒魔界に攻め込んで魔王を倒すことです。その目的は、冒険者のいない世界を作ることなのです」
「冒険者のいない世界?」
「魔王に操られたモンスターがいなくなれば、クエスト中に命を落とす冒険者もいなくなります。僕はモンスターだけではなく、冒険者だって魔王の犠牲者だと考えているのです」
リアンナは、拝むような仕草でラインゼルを見つめると、彼は『一緒に頑張りましょう』と、手を伸ばしてきたので指を解いて握手する。
ラインゼルは魔王討伐を目指しており、この世界を救うのが目的だった。