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07 雹次の想い

「ほらッ! 早く行くわよ!」

「待てってぇぇ!」


 雹次ひょうじは〈蹴壁ケルペイ〉の顎から二束伸びた〈操毛そうもう〉と呼ばれる毛束けたばを両手に握って、ケルペイに進行方向の指示を出しながら叫んだ。


 ケルペイは雹次の言うことを半分聞いて、また半分は気ままな様子で、あっちこっちとうねって進んだ。街道を外れたケルペイの足跡が土の上にデタラメについていた。


「何やってんのよ」


 私は雹次相手だから憎まれ口をきいてはいるけれど、しかしまあ、操毛はケルペイが心を許している相手にしか見せないと言われている毛で、これが出ているということは、雹次とケルペイの間に信頼関係が構築され始めていることを意味している。

獣化連携じゅうかれんけい〉の進展はまったくない雹次も、別の部分では頑張っているのだった。


「あんたねぇ。操毛が握れても、操舵しながらじゃあ、私たちの任務は務まらないわよ」

「んなこといったってよぅ。まだ二日じゃねぇか。また雪花せっかのお小言が始まったよ」

「雹次! 今なんて言った!?」


 私が怒気を放つと、その雰囲気に押された雹次は、


「……。あの、つまりだなぁ。雪花さん(・・)のお小言がですね……」


 雹次は言葉遣いだけ変えて話の内容そのままに返して来たので、私は雹次が喋っている途中で平手打ちを繰り出した。


 シュッ


 その平手打ちが空を切った。私は勿論のこと雹次もはっとした。


「おいっ! 今ッ!」


 雹次が私の顔を見たのが気配でわかった。私も閉じた瞼で雹次の方を向いた。それからケルペイの様子を窺った。

 今私の平手打ちを躱したのは確実にケルペイだったからだ。


「……、あんたも私に盾突こうってぇの?」


 私はケルペイに向かって優しく微笑んだ。そうすると何故なのかはわからないけれど、ケルペイがぶるぶると震え出した。


「おいぃ、やめろよぅ」


 雹次はケルペイを庇うようにして抱きしめた。ケルペイに乗ったままなので、ケルペイの頭に雹次の体が覆いかぶさるような格好だ。

 ケルペイも雹次の腕や体に隠れるようにした。


「盾突く気はないってことね!?」


 私が可愛く問いかけると、


「おい、バウ。早く返事しとけ。謝っとけぇ」


 雹次が小声でケルペイに言い聞かせ始めた。

 バウというのが名前らしい。勝手につけたのだろう。

 雹次が何度もケルペイに話しかけると、


きゅぅぅぅるぅ


 とケルペイが悲しいような謝るような声で鳴いた。その場に伏せて、小さな両前足で自分の頭を挟むポーズをした。それがどうやら服従の仕草らしい。


「まあ。こう言ってることだしさぁ」


 雹次がり成すように言った。

 二人の姿を見て、なんだか私が悪者みたいに思えてきた。


「ふぅ。まあいいわ」


 私がそう言うと、雹次とケルペイは安堵の溜息をついた。そこから雹次とケルペイの親密度が増して、ケルペイは真っすぐに歩くようになった。

 私の中に何かモヤモヤするものが残った。



◇ ◇ ◇



「いたわッ!」


 私は小声で叫んだ。咄嗟に雹次の頭を草むらの中に抑え込んだ。いつもは煩い雹次も今は黙って私に従った。


 私はハックした雀の目で、木々や草の間から、丘の上に立つ男の姿を見つけていた。


 私はここ数日、この男を〈獣化連携じゅうかれんけい〉した雀で尾行し続けていた。

 とは言っても、雀に四六時中私の意識を入れておくことも出来ないので、奴の位置はぼんやりとしか把握していなかった。

 鶴田側の軍師であろうこの男が、街道を逸れた丘の上の林にいることだけはわかっていた。それを今発見したのだった。

 略奪兵たちには源信げんしんと呼ばれていた気がする。


 源信は丘の上から亀山の城下町を見下ろしていた。

 ギョロギョロと大きく開いた目が特徴的で、あだ名をつけるならギョロね、と私は一人心の中で考えた。


 男はがっしりとした骨格で、背は低いが筋肉質だった。特に脹脛が太かった。無理な山歩きをしている人間だとすぐにわかった。

 

 格好は山伏を装い手に金剛杖こんごうづえを持ち、肩から下げた水袋が半分に萎んで、いかにも旅慣れた様子だった。頭巾や鈴懸すずかけ法螺ほらなどが適度に汚れているのもそれらしい。


 源信は額の汗をぬぐいながら、懐から地図と木炭とを取り出した。その動きに迷いはなく、今までも幾度と繰り返された動作のようだ。


 山伏を纏って〈無縁むえん〉の者として世俗から超脱した扱いを受ける僧侶どもの真似をしても、この男の体つきや所作を見れば偽装はバレバレだ。


 私は笑いそうになった。

 そのとき雹次が無言で合図を寄こした。

 私は雹次の髪毛を握っていた指の力を抜いて、


「静かにね」

「わかってる」


 雹次は草の中をそろそろと進んで行った。男がギリギリ見えるところで停止した。私もついて行った。雹次は男の後ろ姿を真っすぐに見つめた。目がギラついていた。


 私は数日ハックされ続けた雀が疲れ果てているのを感じていた。雀を逃がしてやった。それから燕に新しく意識を入れ直した。虹色の束の中を通って燕の目と繋がった。

 燕は早速山伏姿の男の上を飛んだ。羽が鋭く風を切る感触が伝わって来た。


「地図に何か書いてるわね」


 私は雹次に小声で教えた。燕がもう一度山伏の男の上を飛んだ。


「今回の亀山城、つまり〈遺物〉が通った経路と、武将たちの経路とを記しているらしいわ。それに毒霧の流れ方、火事への対処と領民たちの反応の仕方。騒動が起こった時の全体の人の動き。細々とかなり詳しく書いてるみたい」

「そうかよ。あの火事も実験かよ」


 今の話を聞いて、雹次がケルペイの操毛に指示を入れ立ち上がろうとした。私はそれを咄嗟に抑え込み押し殺した声で、


「あんたさっきまでは平然としてたじゃない!」

「実験であいつらの家まで燃やしてくれたんじゃぁ、落とし前をつけないといけないだろッ!」


 雹次の怒気に釣られてケルペイまで興奮してきた。

 私は話を逸らそうとして、


「あいつらって誰よ?」

「俺に石を投げてたガキどもだよ」


 私が問うと雹次は一度黙って、それからぼそりと言った。


「なんであんな奴らのために……」

「あいつらは俺の弟分たちだ」

「じゃあ、なんで……」


「あいつらが石を投げていたのは俺にじゃない。あいつらが投げていたのは自分の未来に向かってだ。親もなくて、家もなくした。そんな自分たちはどうなる。自分たちはあそこに転がっている奴と違って脚があるだけまだマシだ。あんな人間にはならない。そうやってあいつらが馬鹿にしていたのは、自分がなるかもしれない未来の自分だ。目の前に転がっている奴と今の自分は別物なんだってさ。そういう叫びが石を投げさせたんだ。俺にはそれがよくわかる」


「そんなの歪んでるわ」


「その通りだ。でも、それが人の心で起こってることだ。だから、俺はあいつらに見せなきゃいけなかったんだ。お前らがもし俺のようになっても、それでもできるんだって。人間はお前らが考えているようなもんじゃないんだって。それを示してやらなきゃならなかった」


「そんなの……」

「だから雪花は雪花なんだよ。俺たちはもっと違う場所で生きてきたんだ」


 小声だったが、雹次の言葉には力が籠っていた。


 私だって目が見えない! 

 私はそう言いかけて止めた。白さんに拾われてからは苦労という苦労もないのだから。


「実験であいつらの未来を壊されてたまるかよ!」


 そう言う雹次に、私はすぐには言葉を継げなかった。それでも雹次の腕を捕まえて、


「今は耐えなさい! 奴の狙いをもっともっと探り出すのよ。そうしないと鶴田はきっとまたやるわ。奴を捕まえても二の矢三の矢は降るのよ」


 雹次はケルペイの頭の毛をぐっと掴んだ。それから指の力が抜けていった。


「わかったよ。白心はくしんの指示だろ?」

「そうよ。あの人がいればきっと上手くいくわ」


 私は論理で雹次を押さえた。でも、論理で勝って真理で負けた気がした。私は自分の無力さをまた痛感した。


「雹次。尾行を学ぶのよ」


 そう言って、私は白さんから預かったはかまを渡した。


「これは〈認識阻害〉の術式が掛かっている袴よ。ケルペイに乗ってることがバレないらしいわ。雹次がケルペイを鎮められたら渡せって」


 雹次は黙って袴を受け取った。静かに装着した。するとケルペイの脚が人間の脚に見えてくるのだった。

 もっと正確に言うと、袴が人の注意を逸らすようで、それによって雹次の脚が当たり前に人間の脚だと思えてしまうらしかった。人間の思い込みを利用しているのだろう。


「白さんが言うには、ケルペイの脚で歩けば、人間の脚よりも音が出ないって。それに急な加減速が出来るって。だから、逆に違和感が出る。それに気をつけろってさ」

「よくわかんねぇけど、俺は命がけでやるよ」


 雹次が私の瞼を真っすぐに見てきたらしい。私は雹次の熱を感じた。


「あんなことされても? あんたも変わってるわね」

「俺は俺に優しくしてくれた奴を守るんじゃねぇ。俺が守りたい奴を守るんだ」


 雹次が山伏の格好の男に視線を戻して呟いた。


「生意気言うんじゃないわよっ。力もないくせに!」


 私は口ではぞんざいに答えたけれど、雹次を見直していた。

 行く場所がなくてうちに来たわけじゃなかったのだ。こんな考え方もあるのかと驚いた。


 私は鳥たちで雹次の尾行を出来る限り補助してやろうと思った。だけど同時に、自分自身を可哀相だと思い込んでいる人間が好きではないとも考えていた。

 あの子どもたちを助けようとは思わない。


 私ははっと思い出した。

 雹次が白さんに脚を切られた日を。あの日、「白心お前を殺す」と叫んでいた雹次はどこへ行ったのだろうか。


 燕の目がもう一度山伏の男を捉えた。私自身の瞼は閉じたままだった。

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