04 雪花の不安
その話も前回の投稿内容から微修正が入っています。
私は鳶からも雀からも意識を抜いた。虹色の光の中を通り、地下室に座る肉体に戻った。そのままで少し考え事をしていた。床に散らばった〈法印紙〉には、まだ微かに熱が残っていた。
まったくぅ。白さんはどこ行ったんだろ。白さんがいないときにここが襲われでもしたら私は……。
なんてあり得ないことを考えたりした。
でも、そうなったら白さんは必ず助けに来てくれる。私は白さんに救われる自分自身の姿を想像した。その想像の中の私は姫様が着るような絢爛豪華な着物を身につけているのだった。
ふぅ……。
私は自分の妄想を押さえるために現実的なことを考えた。
今回〈獣化連携〉を使っても、白さんを見つけられなかった。任務中に「俺を見つけてみろ」というのが白さんの毎度の暗黙の指示だった。強要はされていないので、探しても探さなくてもいいのだけれど、いつも白さんが心配で、結局探してしまうのだった。
白さんは毎回一度は見つけさせてくれる。でも、それは私の術が進展していることや、向上心が途切れないようにするためにワザと見つかってくれているだけのことだった。私にはそれが分かっている。それを悟らせてしまう白さんの抜けているところがいつも憎らしい。
「どうせならもっと上手くやりなさいよ」と毎度思うのだけれど、私を想ってやってくれているということも同時に悟らせるので、本気で憎むこともできない。それでもっと上達しなければと思わされるのだ。
この思わされている自分がまた腹立たしくて、やっぱり白さんのことが憎らしい。
とにかく、今回も自分の未熟さを再認識した。
それに今後の亀山とその周辺国の動きも気になった。
亀山の武将たちの話や、唐木十坐の話を聞く限り、この亀山はかなり危うい状態にあるようだ。
白さんが何をするのか。未熟な私に何ができるのか。それらのことが脳裏に順繰りにやって来て、どちらにしろ悶々とした。溜息が漏れた。
私は床に散らばった〈法印紙〉を拾うおうとして、〈光糸〉を伸ばした。まだ使えそうなものもあったからだ。
そのとき突然扉の前に気配が出現した。白いエネルギーが感じられた。白さんが帰って来たのだとわかった。白さんは外から部屋の内部の様子を窺って、私に動きがないことを悟ると、ノックもせずに入ってきた。
「白さん、どこ行ってたんですか!?」
私は扉が開き掛けた時にはもう声を上げていた。
女の子がいる部屋に合図なしに入って来たことを咎めるような声音を出した。
本当は自分だけが一人勝手に心配していることが腹立たしいのだ。
こんな気持ちを込めても、白さんには伝わらないことはわかっているけれど、一応の抗議だ。
「禁忌を犯した経緯を掴む必要があった」
白さんは静かに答えた。珍しく内から漏れる怒りを抑えられていない。
私はなんだか気圧されてしまって、
「で、結果はどうだったんですか?」
小さな声で聞いた。
白さんは私の質問に答えずに、足元にエネルギー体を作り出した。それは影にエネルギーを吹き込んだものらしい。エネルギー体が椅子の形になったことが察せられた。
白さんはその黒椅子に座って、少しの間自分の腰が上手く収まるところを探していた。
今は私の質問より何よりも目の前の快適さに集中している。白さんはそういう人だから、私はじっと待った。
白さんは沈黙を恐れない。私は目が見えない分だけ、沈黙が怖い時があるのだけれど、まあ、それも白さん相手なら気にならない。
どうせ白さんは私を害するようなことは考えていない。考えていなさ過ぎることが腹立たしいけれど、そういう人なのだ。
ようやく腰を落ち着けた白さんが、
「毒霧を使ったのは確かに鶴田の兵士だった。しかし、それは鶴田の殿様からの指令ではないらしい。一部の兵士の独断だ。しかも……」
そこまで言って、白さんは何か考え事をし始めた。
「しかも、ってなんなんですかぁ!? 気になるじゃないですか。いつもそんな言い方でぇ」
私は少しでもこの場が明るくなればと思って、大袈裟に抗議した。
白さんが仕方がないという風に顎に手をやったのが感じられた。
「……、毒霧を鶴田の一部の兵士に使わせたのは、寺社の関係筋らしいんだ。〈黒浮城〉が出来てから動きが活発になっていたのはわかっていたが、どうやら黒浮城から採れる〈鬼石〉の採掘量を増やしたいようだ。寺社は元々鬼石の取り分の問題で幕府に対して不満がある。だから、鶴田の一部の兵士、つまり〈天廷〉と関係のある方の勢力と繋がって、〈八門〉の管理に対する幕府の力を弱め、自分たちの取り分を増やす魂胆だ」
「どういうことです!? つまりは寺社が亀山を攻撃させたってことですか?」
「表向きは鶴田だが、裏では寺社が利権を拡大するために動いている」
それを聞いて私ははっとした。
「私、さっきまで唐木十坐のところに忍び込んでたんです。それで寺社がこの亀山の地を守って来たって……」
「八門がこの地に出現することは予想されていたんだ。だから、寺社はこの地を確保していたにすぎない」
私が言いかけた言葉に白さんが被せた。
「何十年も前からですか?」
「そうだよ」
私の問いかけに白さんはさも当然という風に頷いた。それが空気の動きと気配とで感じられた。
「寺社が亀山を裏切ったとなると、これから合戦が起こるんじゃないでしょうか!?」
「そうだよ。八門が出現した地はどこも争いが起こる。それに出現予想が実際に的中したことで、他の予想地でもこれから争いが起こってくるだろう」
「〈三記〉にあるような戦国時代に入るってことでしょうか?」
私が首を巡らして閉じている瞼を白さんの方へ向けると、白さんは私を見返したまま黙った。それから溜息をついて、
「禁忌を犯させないようにしないとなぁ」
白さんは疲れたとでもいうように、上着を一枚脱ぎ捨てた。
上着の下は裸体で、私の脳裏には白さんの引き締まった体が生々しく思い浮かんだ。肌の上にじんわりと汗が浮かび上がり光って見える様な気がした。
私は思わず手を差し伸ばして触るような仕草をしていた。はっとして手を引っ込めた。
「私たちはどうするんですぅ!?」
自分の行動を誤魔化すために咄嗟に質問を重ねた。声が裏返った。
我ながら不自然な挙動だとは思ったけれど、白さんの心肺や気配に私を怪しむような動きはなかった。こういうところもまったく憎らしい。
白さんは新しい上着に着替えながら、
「まずは、毒霧の使用を指示した人間を抹殺する。それから合戦がなるべく最少となるように干渉する。それと黒浮城内の妖魔に細工をして、城内の〈遺物〉や鬼石を入手しづらくしようと思う。そうすれば、黒浮城の価値は下るだろうからね」
「妖魔!? またあの作業ですかぁ」
私は口ではボヤいて見せながら、自分の態度が大袈裟になっているのが恥ずかしかった。
「それに八門の出現が予想されている他の二地点の下見だな。忙しくなるぞ。特にお前はな」
「私はいつだって忙しいですよぅ」
「いや、雪花、お前には〈義団〉を作ってもらいたいんだ。亀山や隣国で何かが起きた時に、いち早く動ける集団を用意して置きたい。それを作る役目をお前に与える」
「与えるってそんな突然にぃ……」
「実害が出た今が作り時だ。家を焼かれた者や、今回のことで危機感を持った者たちの中から信頼できる人間を見極めるんだ。その人間が亀山の今後に大きく影響を与えることになるだろう」
「そんなに重大なことを私が決めるんですかぁ」
私は服を着替え終えた白さんの方にまた瞼を向けた。目は見えないが、顔をそちらに向けると、瞼の皮膚の上に白さんのぬくもりを感じられる気がした。
「俺は他の地点やそれぞれの関係筋を探るのに手一杯になるかもしれないからな。それにお前の能力は特別なものなんだぞ。鳥瞰で物が見られれば、どんな軍師にも優れて戦略が立てられる。お前に勝る者はいない」
白さんが優しい声で言ってくれた。私はその声を耳元で聞くような気がした。
私はこの声に何度も励まされてきた。正直、言葉の内容は嘘も多い。だって、軍師は視界以上のものを見通さなければらないのだから。兵の配置だけで戦場は語れない。そんなことは私も白さんもわかっている。わかっているけれど、白さんがそう言うのだから、私はそういう人間にならなければならないのだ。
私は意識を白さんの声の波長に同調させた。それが私をいつでも支えてくれているのだから。
「わかりましたよぅ。やりますけど、失敗しても文句は言わないでくださいね!」
「失敗は亀山の……」
「わかりました、わかりましたよぅ。もうそれ以上圧を掛けないないでください」
私は同意した。
それから、今日見てきた亀山の情報を白さんに伝えた。
白さんは口数は少ないが、私の話に一々驚いたり褒めたりして聞いてくれた。
私はさっきまで感じていた不安が消えていくのを感じた。今後のことも白さんがいれば大丈夫だと思えた。