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03 唐木十坐

 私は唐木十坐からきじゅうざに興味が湧いて、雀にあとをつけさせた。


 唐木十坐は屋敷に入って一室に落ち着くと、人払いをして青兜の青年と合議を始めた。


「龍姫の乱波らっぱごときは好きにさせておけばいいではないか」


 青年が開口一番そう言うのを聞いた唐木十坐はため息をついて、


「若もそうお考えですか。若、これは必ず覚えておかなければなりません。戦において情報とは最も大切なものなのですぞ。それは槍働きよりもはるかに合戦を左右するのですじゃ」

「それならば何故、殿はそのような大切な役目を龍姫に任せた?」

「龍姫を過小評価しておられるのです。殿はあの小娘ごときに動かれても、後からどうとでもなると考えておいでなのです」

「殿がそうお考えならそうなのであろう」

「残念ながら、それは違っております」


 唐木十坐がはっきり言うと、青年ははっとした顔で唐木十坐を見つめて、


「殿のお考えに間違いがあるなどと……」

「国の大事のためには、殿のお考えを超えて我々が動くことも必要なのですじゃ」


 青年は辺りを見回した。人払いした部屋の周囲に人の気配を探ろうとした。何もないのが分かると、薄く開いた障子の外を片目で覗いて渋い顔になった。

 その間、唐木十坐は落ち着かない青年をじっと見つめていた。そうして正座を胡坐に崩し襟を引いて着物を整えてから、


「龍姫は母親が下賤の出とはいえ、亀山の血を引いております。もしことが起これば味方になる者も出るでしょう。龍姫に目立った功績の一つも出来れば、周りの人間の思惑も動き出すのです」


「そんなことで龍姫が力を得ても、あやつを認めない者も多数出るであろうが」


「幕府の力が強かった十数年前までであれば、ことは収まるところに収まったでしょう。しかし、今の不安定な情勢では、人々はこの世を渡ってゆくために何らかの判断を下します。風見鶏の群れの動きは気まぐれで、幕府の抑止も僅かなものでしかありません」


「鶴田が攻めて来て、最後には幕府の調停が入る。それが落としどころであろう。じいはそうならないと踏んでおるのか?」


「鶴田が攻めてきたと報告すれば、幕府は兵を派遣するでしょう。その兵は当然我々の側につき、鶴田を攻撃するでしょう。しかし、その兵力が少なければ我々にとっては殆ど無意味な派遣であり、多ければこの〈黒浮城こくふじょう〉に近い亀山の地は幕府に狙われているということでしょう」


「まさか、幕府が……」


「じいに乱波はおりません。ですが昔ながらの知り合いはいるのです。幕府は今、鹿沼かぬま派と桐平きりだいら派とで揉めております。特に桐平は何としてでも勢力を拡大しようと画策しております。新しく見つかった八門の一つである黒浮城は喉から手が出るほど欲しいものでしょう。それに幕府内の争いとは別に、〈天廷てんてい〉でも怪しい動きがあるようです。鶴田の背後にあるものを辿っていくと、天廷にまで通じることをじいは恐れているのです」


 唐木十坐が一度息を切った。膝に手を置いてまた話し出した。


「若、そもそもこの亀山より以北は、大昔から征伐せいばつの対象地なのです。天下が治まった今も、征夷大将軍の冠位があることを忘れてはなりません。天廷も幕府も我々の味方ではないと知っておくことです」


「北の都の〈泉〉の叔父上に連絡を取っておいた方がよくはないか?」


 青年の声は上擦っていた。


「その通りです。しかし、気を付けてください。泉の兄弟も一枚岩ではありません。天廷と通じている者がいるとの噂です。それを見極めなければならないのです。それに……」


「それに、なんだ?」


「この亀山の地は、幕府からすれば、以北への防備の地でもあります。その地が北の泉と親密に連絡を取っていると悟られれば、幕府の防備の地は隣国の鶴田であると位置づけられるでしょう。そうなれば幕府はこの亀山に逆臣の疑いありとして、黒浮城を手に入れようとするでしょう。我々は幕府とも以北とも均衡を保って関係しなければならないのです」


「なぜ、そのような危うい地に乱波がいないのだ……」


 青年が最もなことを言った。私は青年がただの馬鹿ではないことに驚いた。

 唐木十坐は深いため息をつきながら、


「〈法印紙ほういんし〉の権利を一手に握っている寺社の長である〈三宮五社さんぐうごしゃ〉のうちの一つがこの亀山の地にあるからです。寺社がこの地の均衡を暗黙のうちに保って来たのです。しかし、寺社は法印紙の流通と質を管理するという外交手法と、〈法印術ほういんじゅつ〉を使って戦闘に直接参加するという武力とで本当に厄介な存在です。もし寺社が他の勢力と関係を持ったとすれば、この亀山は一気に火の海となるでしょう。寺社内でも抗争があると聞きます。寺社の関係者との付き合いでは慎重に人を見極めることです」


 唐木十坐はそこまで言い終えると、手元のぬるくなったお茶を一啜りした。その音が障子を微かに震わせた。


 私は雀をハックして、初めは庭に降りていたのだが、今は縁側に上がって二人の話を聞いていた。障子の隙間から二人を覗いていた。


 唐木十坐は一息ついた。少し考えを巡らせているようだった。

 その姿にヤキモキした青年が、


「それでは、龍姫に乱波の任を任せてしまうと、この亀山の情勢が一気に変わりそうではないか!?」


 唐木十坐は茶のついた唇をぎゅっと横に拭いて、


「そうです。龍姫がこの茶碗を盗み出すなどということになれば、亀山の運命は大きく動き出すのでしょう。それも今までと全く別の方向へ」


 唐木十坐が漆塗りに黄土色の線が一筋引かれた茶碗を持ち上げて言った。


 私は茶碗よりも、それを持つ唐木十坐の太い指に目を奪われた。それは老人のものとは思われない。手に深い刻印のような影を感じた。今唐木の手に槍があれば、私は一瞬で突かれてしまうだろうと思った。


 私のその怯えを察知したのか、唐木十坐が障子の隙間から外を覗いた。雀の私と目が合った。私はすぐに雀らしくちゅんちゅんと鳴いて跳ねた。


 唐木十坐が雀の私をじっと見つめてきた。眉がひくひくと動いていた。それは長い時間に思えた。

 唐木十坐は私から視線を外し、もう一口お茶を啜った。


 私は唐木の殺気を感じた小動物を演じて空に飛び立った。屋敷の土塀を越え飛んで、ほっと息がつけた。


 唐木十坐が武芸一本鎗の武将ではないことはわかった。これは白さんへの報告案件のように思われた。

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