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02 亀山の武将たち

 オゥー オォー オゥー


 上空を旋回していた私の耳に勝利の雄たけびが聞こえてきた。

 襲撃を退けた亀山の兵士たちが勝ちどきを上げたのだった。


 私はハックしているとびで上空から白さんを捜索していたが、それを一時中断して、城下の動きを探ることにした。町を走る幾つかの大道が見渡せる交路の上で旋回した。


 まず初めに町の東端にある寺院へ向かう兵士たちの流れが目についた。この集団の主と思われる人物の兜には、刀を扇状に幾本も並べたような飾りがついて、ギラギラと光り輝いているので、これが総大将に間違いないだろうと思った。城下町での戦闘に参加した様子もなく、ゆっくりと進んでいる。


 この総大将が向かうらしい寺院に目をやると、そこでは簡単な陣幕が張られ、小姓に指図された小坊主たちが場を整えている最中だった。


 それからそれぞれの地で戦いを終えた他の集団も寺院へと向かって集まるらしいのが見て取れた。それら兵士の流れは徐々に三つの塊になっていった。


 一つは赤い兜をかぶった中年の男を棟梁とするらしい百五十ほどの集団で、これはよく訓練され統制された兵士たちだった。堂々として、それを見送る町民たちも圧倒されているのが伝わって来た。


 もう一つは青い兜をかぶった青年を棟梁にして、それを補佐するように脇に控える老人がいる集団だった。

 これは人数は百十ほどだろうか。青年はまだどこか頼りない様子だが、隣の老人は歴戦の猛者らしく、どっしりとした甲冑を身につけて威光を放っている。白髭が見事に伸びて、兵士たちはこの老人を慕っているように見える。


 最後の一つは黄色の頭巾を被った華奢な少年が先頭に立っている八十ほどの集団。

 この集団は無頼者が多いようで、周りの町人たちを脅かし揶揄からかいながら進んでいる。それを先頭の少年は止めようともしない。


 とにかく、三つの集団はそれぞれに町の北、西、南から東の寺院に向かっているところだった。



 ◇ ◇ ◇



「うちは三つだぜ!」


 黄色い頭巾をかぶった少年がニヤついた顔で赤兜の男と青兜の青年を見た。

 青兜の青年は頭巾の少年を睨み返したが赤兜の男は、


「首という首もないいくさでしたな。合戦とも呼べないようなものですな」

「それよりも、これから殿が打って出るかどうかだが……。静姫しずひめのこともあるしのぅ」


 赤兜の男の発言に青兜の青年の横にいた白髭の老人が応じた。


「もし本当の戦になれば存分に働きますわい」


 赤兜が片眉を上げて白髭の老人の方を見た。老人はそれをぎゅっと睨み返した。

 その場が一瞬凍りついた。

 人々の間に緊張が走った。しかしそれはすぐにほどけて、二人は楽しそうに笑い出した。

 黄頭巾の少年は顔をしかめながら、


「オレたちがもっとも首を……」


 それを聞いた青兜の青年が、白髭の老人と赤兜の男の威をりたように笑って、


「女のわりによくやったじゃないか!」

「なにぉッ! このおりつきの役たたず……」


 黄頭巾の子が言いかけた時、


「殿のおなぁりぃぃ」


 小姓の声が響いた。一同はさっと居住まいを正した。

 黄頭巾は頭を下げたまま青兜の青年の方を睨んでいた。青兜の青年も頭を下げながら睨み返していた。


 私は寺院の中にある神木と思われる大樹の枝にとまった。枝葉の隙間から寺院の庭を見下ろしていた。


 トットットット

 カチカチ サリトゥ


 古い寺院の廊下の床が鳴る。甲冑の当たる音と衣擦れの音が聞こえてくる。

 寺院の中から総大将が出てきた。刀が扇状に開いた飾りのついた兜は脱いで、頭には巻き布だけが残っていた。甲冑も胸と腰回りの簡単なものだけ残し、他は外していた。

 寛いだ格好に思われるが、胸や腰の甲冑には〈法印術ほういんじゅつ〉が細かに施され、〈法印糸ほういんし〉で縫い付けられた文字が煌めいていた。それらが力を発揮すれば、並みの甲冑以上の防御力があるだろう。


「よっほっほっ。うまくいったのぅ。なあ、じいよ」


 総大将は柔らかに言った。

 突然に領主が口を開くのは、礼儀作法に外れているようで、私は変な気がした。


「そうでございますね。すべては静姫様の知らせがあればこそでございます」


 白髭の老人が頭を下げたまま答えた。

 それを見た領主が小姓に合図をする。それを受けて小姓が、


「表をあげぇぇ」


 その声で一同が顔を上げた。上げたといっても視線は斜め下に向かって、領主を直接に見ることはない。


「主だった首は?」

「はっ、読み上げますれば」

「いやいい、主だったものだけだ」

「はっ、杉首すぎくび一人。陣屋門左衛門じんやもんざえもんにございます」

くわ椿(つばき)はなしか?」

「はっ、杉首が五名にございます」

「それで、陣屋門左衛門とは何者だ?」

「はっ、鶴田つるた領の陣屋を納めまする陣屋家の次男と思われます」

「わかった。では運べ」

「はっ、これへッ!」


 小姓が叫ぶと陣屋門左衛門の首が杉の首板の上に載せられ運ばれてきた。その隣に首を取った青兜の青年の配下らしい男が一緒について来た。その男は奏者そうしゃより前に出ることはなく、一歩引き膝をついて控えた。


 首を持った者と取った者とが歩くことで、寺院の庭の玉石の音が妙に澄んで聞こえる気がした。


 首を運んで来た奏者は進み出て、寺院の庭の中央に膝まづいた。領主の方へ首の右側の顔が見えるようにした。首は片眼をつぶっていた。


「不吉よのぅ」


 領主は太刀の柄に手を掛け左目で首を見ると、誰に言うともなく漏らした。

 首が飛んでくることを警戒した近習たちが領主の周りを囲んで刀や槍、弓を構えていた。


「これは陣屋門左衛門。町娘を襲っているところをその供の者諸共に、そこに控える真壁清十まかべせいじゅうが槍にて討ち取りました。我らが駆け付けるとは予想もしていなかったようで、殆ど抵抗することもなく、あっけない最後でした」

「確かか?」

「はっ、間違いないものと思われます」

「そうか。鶴田には静姫がいる。首は返してやれ」

「はっ」


 そのあとにも四人の首が出てきたけれど、それらの処理はさらに簡単なものだった。

 私は初めて首実験を見て、あっと声が出たけれど、それは鳶の鳴き声だったので、こちらを見たのは白髭の老人だけだった。それもちらりと瞥見しただけで、何の問題も起こらなかった。



 ◇ ◇ ◇



 首実験と論功行賞の差配を終えると、その場で簡単な合議になった。

 私はその様子を寺院の庭にいた蛙をハックして聞くことにした。鳶には白さんを探させた。


「じいよ。今後どうなるものと考える?」


 領主はざっくばらんに聞いた。私は何か珍しいものを見ている気がした。


「〈黒浮城こくふじょう〉の〈遺物〉をどの国も狙ってくることでしょうなぁ。鶴田が攻めてくるのは想定内でしたが、時期が早過ぎました。裏に誰かついたものと思われますな。それに今回のことは……」


 白髭の老人が言い掛けたのを赤兜の男が遮って、


「我が亀山城が〈遺物〉かどうかを探るためだけの奇襲だったのでしょうなぁ」


 そう言って腕を組んだ。それを聞いて白髭の老人は頷いた。


 合議は首実験や論功行賞よりも砕けた調子で行われるらしかった。それぞれが意見を言ってもよいような空気が漂っているのを感じた。


「動かしたのは失敗だったか」


 領主が呟いた。


「そうとも言えませんな。この城が遺物だとわかればそう簡単には攻め込んでこられないでしょう。少なくとも今冬を越すまでは時間が稼げたと思われます」

「そうとも言えない。相手にも遺物があれば、冬にも侵攻の可能性はある」


 黄頭巾の少年、いや少女が口を挟んだ。


「むこうに遺物があるわけはない。あったとしてもそれで攻め込んで来られる兵はたがが知れている」


 青兜の青年が黄頭巾の少女の説を否定した。それを聞いていた白髭の老人が、


「遺物は恐らく持っていないでしょうし、秋や冬の侵攻もないとは思われます。しかし、可能性がまったくないと考えるのも危険でしょう」


 領主に向かって進言した。

 白髭の老人の言葉を聞いて、黄頭巾の少女は自分の勝ちだとでも言うように、青兜の青年を見た。


「それに秋や冬の間、鶴田からの諜報活動には特に気をつけなければなりません。逆にこちらからは鶴田の秋の収穫の情報を集めることと、収穫が減るような細工が必要です。鶴田と裏で繋がっている国を突き留め、そちらにも諜報や工作をするとなると大仕事になるでしょう」

「我が領内には乱波らっぱはいない。痛いところだ……」


 亀山の領主が呟くと、皆が黙った。

 赤兜の男も、白髭の老人も、諜報には長けていないようだ。

 その様子を見て黄頭巾の少女がニヤリと笑った。


「オレのところに乱波の真似事ができる連中がわんさといます!」


 少女は領主を見つめた。はっと悟って目を伏せた。


龍姫たつひめ、おぬしがやってくれるか?」

「殿っ! 真似事ではかえって災いを招きますぞ!」


 白髭の老人が思わずいさめた。


「いや、じいよ。亀山の龍姫といえば、そう侮ったものでもない。しかし、じいがそんなに心配ならば、龍姫の乱波でじいの家の茶碗を盗み出せるか試してみよ。それが出来れば、この乱波の件、龍姫に任せるわ。どうじゃ、龍姫やってみるか?」


 領主は龍姫と呼ばれた少女の方を見た。

 龍姫は目線を斜め下に向けたまま、


「ははっ、この龍めが、必ずや唐木十坐からきじゅうざどの茶碗を運び出してみせまする」


 そう言うと深く頭を下げた。

 白髭の老人、唐木十坐はそれを見て「しまった」という顔をした。


 合議が一応の決着をみたようなので、私は蛙との〈獣化連携じゅうかれんけい〉を解いた。虹色の光の中を通り、地下の一室に戻った。周りに舞い落ちる法印紙の気配を感じた。

 疲れがどっとやって来るのを感じた。肩が重かった。


 私は瞼の上から目玉を擦った。ゴロゴロとした感触があった。目の奥が痛んだ。もう開かない瞳だけれど、それでも痛みが走るのだ。


 私は瞼を擦りながら、鳶がちゃんと白さんを探してくれていたらいいな、と考えたりした。

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