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01 上がる火の手

「体が痺れて動けねぇ」

「やつら、やりやがったんだ」

「くそッ! こんなことってあるかよ」

「だれか、だれか早く町に、町に知らせを……」


 霧深い早朝の山間に兵士たちは倒れていった。

 私の目も霞んで来る。羽に風を感じていた私の意識は途切れて、気づくと頬にひんやりとした地面の感触があった。露に濡れた体がじっとりと冷たかった。


 私は視界をハックしていた雀から意識を抜いた。虹色の空間を渡って地下室に戻った。周りを囲んでいた〈法印紙ほういんし〉が術を終えてはらりと舞い落ちるのが感じ取れた。


「ハクさぁーん!」


 私はすぐに叫んだ。

 すると地下室の扉の前に気配がした。扉が開いた。


「どうだった?」

「とうとう使いましたよ」


 私がそう言うと、はくさんが苦い顔をしたのが伝わってきた。


「行ってくるよ」


 白さんの声が静かに響いた。


「はい……」


 私は努めて陽気に返そうとしたのだけれど、それは失敗に終わったようだった。


「禁忌を破ったのなら仕方がないんだ。同じことが繰り返されないためにはな」

「そうですね」


 私は力を込めて答えた。白さんの視線を感じた。そしてすぐに白さんの気配はすうと消えた。


 これで役目は終えた。

 そう思ったのだけれど、私はもう一度〈獣化連携じゅうかれんけい〉を発動させて、子飼いのとびに意識を入れた。鳶は二階の窓辺で外を眺めていた。その視界が私の脳裏にぱっと飛び込んできた。


 外はどんよりとした曇り空だ。きっと数時間後には雨が降るだろう。

 ぼんやりと鳶の心が伝わってくる。飛びたくないと言っている。

 私はぐずる鳶に喝を入れて、くちばしで羽の間を軽く掻いた。鳶は仕方がないというように羽を開いた。そこに丁度風が吹き込んだ。羽毛の間をひんやりとした空気が抜けていった。

  

 私は鳶と一体になって飛び立った。

 人里離れたこの秘密の地下室から、新しく発見された〈八門はちもん〉の一つ〈黒浮城こくふじょう〉のある町へ向かって羽ばたいた。



◇ ◇ ◇



 城下町は燃えていた。町中央の小城は炎に下から照らされて、浮き上がって見えた。逃げ惑う人々の影が蠢いていた。


 そこから少し離れた町の外、北側に山を背負った〈黒浮城こくふじょう〉が異様に巨大な体で、光も受け付けず黒いヴェールを纏ったままに浮かんでいた。

 私がハックしたとびの目からは、黒浮城の黒に城下町も小城も、今まさに燃えている炎までも、すべてが包まれているかのように見えた。


 町々は焼かれ、人々は逃げ惑い、大騒ぎが起きている。それなのに、私の目は黒浮城の異常さに惹きつけられていた。

 黒浮城から立ち上る黒い〈アウラ〉がこの場のすべてを圧倒して、それこそが眺めるべきもののように思われた。


 私ははっとして、城下町の惨劇に目を移した。

 町を囲む柵は三か所で破られていた。その破られた柵の近辺と町の中央に火が付いている。


 私に軍略の知識はないが、火元から離れる心理と火元に近づく心理とを利用して、敵と味方の流動を狙っているらしい。町の民は火から離れ、強襲した兵たちは火で町の入り口や中央を知る。

 毒で敵の自由を奪い、奇襲で先手を取り、火で味方に合図を送っている。手際のいいことだ……。


 空から見ている限りでは、強襲した兵士たちは精鋭には見えないが、指揮官は出来合いの兵士を扱うすべを心得ているようだ。

 規律の緩い兵士たちの略奪が始まって、戦闘の目的はブレている。それでもこの程度の城下町や小城を落とすには十分なのかもしれない。今この小城に兵が殆どいないことも見抜いているのだ。


 私は上空から白さんを探した。

 もし白さんが毒霧を吸ってしまっていたのなら、私が助けなければと使命感が湧いていた。

 白さんは町中央の燃え盛る炎の中にいた。



 ◇ ◇ ◇



「脚がおかしいんだ。脚が……。俺の脚を見てくれ」


 少年が倒壊した家の下敷きになって叫んでいた。

 白さんは少年を見下ろして立っていた。白さんが手で何かの印を結ぶと、手も触れないのに、少年の上の倒壊した家は取り除かれた。

 少年は一瞬痛むような顔をしたが、それから仰向けになって白さんを見上げた。


「俺の、俺の脚はどうなってる!?」


 上空から見下ろす私には、少年の脚はおかしな方向に曲がっているように見えた。


「俺の脚は……」


 少年は自分の脚に手を伸ばした。おかしな曲がり方をした自分の脚に触れた。少年の口が開いて、目も大きく見開いた。


「潰れている」


 少年の代わりに白さんが呟いた。呆然としている少年を真っすぐに見つめていた。


 白さんの左手が動いた。少年の脚が切れ飛んだ。

 少年は宙に舞う自分の脚をあっけにとられて見ていた。私もあまりのことに声が出た。鳶の口から鳴き声が漏れた。


 痛みも感じない少年は、地面にぼとりと落ちた自分の脚を見つめて、


「脚がぁ、俺のあしがぁぁ」

「腐る前に切った。傷口も治した」

「おれの、俺の脚を……。おれの脚を返せぇ!」

「俺の術では不可能だった」

「俺の俺の脚を……。俺の夢を……」


 そう叫ぶ少年を白さんは道の隅に寄せた。建物の倒壊の危険のないところへ移動させたのだった。


「脚のない子どもの命まで取る者はいないだろう」


 そう言われた少年は、白さんを睨んでいた。


「名前は!? お前の名前はなんだ!?」

「……、白心はくしん

「ハクシン、お前を忘れない。必ず殺してやる! 俺のすべてを奪ったお前を必ず殺してやる!」


 少年の言葉を悲しそうに聞いて、白さんは跳躍した。他の人間の救出に向かったようだった。



 ◇ ◇ ◇



「おい、来やがったぞ!」

「聞いてねぇぞ。罠なのか!?」


 略奪を開始していた兵士たちの叫ぶ声が聞こえた。兵士たちが指さす方を見ると、丘の上に大旗おおばたが幾本も翻っていた。そして法螺貝ほらがいの音が鳴り響く。それと同時に、町の真ん中にある小城がぐらぐらと動いた。


「くそっ、これも〈遺物いぶつ〉だったのかっ! 嵌められた!」

源斎げんさいのヤロウ!」

「俺らは征伐せいばつに来ただけじゃなかったのかよっ!」


 兵士たちは罵り声を上げながら、略奪した品々をまとめていく。


「早く逃げるぞ」

「あの兵もやっちまえばいいじゃねぇか」

「馬鹿っ! そんなんじゃねぇ。しかも、遺物まで動き出したら俺たちの出番はねえよ! とにかく逃げるぞ!」

「源斎のやろうに一発かましてやらねぇと気が済まねぇ!」


 略奪兵たちが揉めている間にも、小城は揺らめき続けていた。

 そして、ついに城が立ち上がった。


「これが遺物……。初めて見た……」


 私は驚きのあまり呟いた。それが鳶の声になって空に響いた。

 眼下では城が宙に浮いていた。正確には城の下部に巨大な脚や毛、爪などが生えて、それが城を支えていた。それらが顫動せんどうするかのように蠢くことで、城は三、四メートルほど地上から離れて移動して行く。


「これは……」

「だから言っただろ! これに勝てるわけがねえ!」

「城が飛んでる……。こんなことがあっていいのかよッ!」


 略奪兵たちには城の下部に生える脚や毛や爪が見えないようだった。


「あっ、なんだ……。ちからが……」

「馬鹿ッ! 城の下に行くんじゃねぇ! 魂を取られちまう! 鬼の脚が見えねぇのか!」


 城の下に入った略奪兵たちは脚に踏まれたり、毛に絡みつかれたり、爪に刺し貫かれたりしていた。兵士たちは次々に倒れていった。


 その時、丘の上で銅鑼どらが鳴らされた。すると丘上の兵士たちが城下町に入った略奪兵たちに向かって突撃を開始した。整然と並び連携し、訓練された動きで押し寄せた。数は全部で五百ほどだろうけれど、兵の質が全く違っていた。略奪兵たちは戦意も統制もなくして、背中を向けて逃げだした。その逃走の途中で次々に討たれていった。


 そんな中で私は〈法印術ほういんじゅつ〉が使われた気配を感知した。はっとそちらを見ると、法印紙がはらりと舞って、今まさに術が発動されたところだった。その法印術は地中に空間を作り出したようで、術者はさっと地中へ潜り込んだ。潜った後の地面には殆ど痕跡という痕跡もなくなった。


「あれが指揮官かしら」


 私はそう思った。軍師がよく使う術で、戦場を視察するのにも、敗戦から帰還するのにも重宝するのだと聞いたことがある。


 私はあの地面の上を遺物が通ったらどうなるかと考えたが、この術者にとっては幸いなことに、大勢が決したことで遺物は元居た場所に戻り始めていた。地中に隠れた術者は事態が収まるまで数日はあの穴の中に潜んでいるはずだ。


 私は見失った白さんの姿を探した。報告することが一つ出来たと思った。

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